その2

 コミュニティの人々は最初から歓迎ムードだった。

 フォレスト・ガンプをチョコレートで肥満させたような男がおれを駐車場まで出迎えてくれて、ロッジに案内してくれた。

 見た目は利発そうに見えないタイプだったが、話すと知的で、国際情勢などにも詳しかった。このフォレスト氏がコミュニティの外部への対応を受けもっている人物だということは、なんとなく察せられた。

 そういった役割分担ができる程度にはこなれた人たちだということだろう。とはいえ、外国からの取材はまだ多くなく、おれの国からは初めてだと言っていた。

 「どの国にも、うちのようなヨーグルトはありませんよ」

 そうフォレストは言った。

 「わがコミュニティの博士が作ったヨーグルト菌は、非常に特別な株なんです」

 「というと?」

 「体質にほんとうに影響を与えるんです。つまり、食べたら身体の調子が良くなって、やめたらもとに戻るような、そういう健康食品のたぐいとはちがうって事です」

 「持続性がある」

 「そのとおりです。乳酸菌がちゃんと食べた人の体内に住みつき、そこで繁殖できるんです。肥満には腸内細菌が大きくかかわっていることは、もう当然ご存じでしょうが……おっと、着きました」

 ロッジでおれは歓迎を受けた。彼らはどうやら、おれの書く記事がいい宣伝になる事を期待しているようだった。たしかに、そのような商業的センスはヒッピー的ではない。

 夕方になると、コミュニティの中心にあるホールで立食パーティが催された。

 パーティのあいだ、ずっとおれのそばにフォレストがくっついていた。そこで会ったコミュニティの人間はおおむね人当たりがよく、たしかに編集長の言っていたとおりの裕福な落ち着いた人ばかりだった。それに堅物ではない。シャンパンも飲ませてもらったし、ふつうに大手メーカーのドリンクもあった。

 食べ物に肉はまったくなかった。豆腐のステーキとか、トマトにオリーブオイルをかけたものとか、そういうものが大半だ。おれにとってはちょっと刺激が足りない。クリームチーズの乗った全粒粉クラッカーの皿が輝いて見えた。

 「ここではクリームチーズは貴重ですよ!」

 フォレストはクラッカーを手に、おどけた調子で言う。

 「ここでは牛が昔ながらのやり方で放牧されているのですよ」

 「なるほどね」

 クリームチーズはたしかに味はよかった。市販のものより脂っ気がなくてさっぱりしていた。とはいえ、不健康な食生活になれたおれはもう少しギトギトしたものが食べたかったが。

 食事で間がもたなくなると、おれは取材用のデジタルカメラで料理や人々の写真をバシャバシャとった。会話をするより写真を撮っていた方が気楽だったので、とにかくカメラを構えて被写体を探しているフリをした。


 「さて、まだ部屋には戻らないでください。これを試食していただかないと」

 白衣を着た初老の男性が、給仕用のカートを押して部屋に入ってきた。カートの上には軍用鍋のように大きなボウルがあり、中には白いものがたぷたぷに入っていた。

 「ヨーグルトです」

 フォレストは言う。

 コミュニティの人間たちはヨーグルトに群がり、とりわけはじめた。他のどんな料理にも彼らはこんな反応は示さなかった。ただのプレーンヨーグルトにこんなに人がわっと群がるなんてあるだろうか? おれは不思議に感じた。

 「あなたも食べたら分かりますよ」

 フォレストがおれのぶんのヨーグルトを用意してくれる。

 小さなプラスチックの皿に盛られたそれは、見たところ普通のヨーグルトとそれほど変わりなかった。いくらか固そうに見えるぐらいしか違いはない。口に入れてみると、独特の酸味とともに、少しビールのような後味がした。

 それと、ざらざらした粒のようなものが入っていた。柔らかい砂のような感じだ。味はなく、舌に残った。

 「健康的な味ですね」

 おれは当たり障りのない感想を言うにとどめた。正直、それほどものすごく美味いとも思わなかった。ただのプレーンヨーグルトだ。なぜみんなこんなに熱狂的になる?

 ヨーグルトはすぐになくなった。

 会場がふたたび落ち着いたころ、ヨーグルトのカートを押していた白衣の男が話しかけてきた。他の会場の人間は彼のことをドクターと呼んでいた。

 「彼こそがこのヨーグルトの発明者です」

 フォレストに紹介され、おれはドクターと握手をかわす。ドクターは型どおりのあいさつをした。よそよそしい印象を受けたが、もともとそのようなタイプらしかった。

 「乳酸菌の研究をしていると聞きました」

 「正確に言うと、単一の菌を研究しているわけではないんです」

 専門分野の話になると、ドクターは饒舌になった。

 「わたしが研究しているのは、いくつかの種類の違う菌が、グループのようになって、共生しながら繁殖する現象なのです。たとえばケフィアがそうです……」

 そこからある程度専門的な事例の紹介がつづく、あまりこちらの反応を見ずに話すので、しばしばついていくのに苦労した。

 「このヨーグルトは、単一の乳酸菌で発酵させているのではないのです。少なくとも二種類の乳酸菌と、酵母、それから酢酸菌なども含まれています。それらがバランスをとって、小型の核のようなものを形成します」

 ドクターの説明によると、ヨーグルトを食べたときに感じたツブツブは、その菌のグループが作った集合体のようなものなのだという。

 「これはカプセルのような役目を果たします。これによって、菌のグループが人間の消化によって殺されずに、人間の腸に住みつくのです」

 「具体的にどんな効果が?」

 「通常、ヨーグルトを食べて期待される体調の改善はもちろんのこと、精神的にも効果があります」

 「ヨーグルトを食べて精神状態が変わるということですか?」

 「腸は第二の脳という言葉があります。たとえば、神経伝達物質のひとつであるセロトニンはその大部分が腸に存在します。腸のコンディションが……」

 ドクターはそこでいったん言葉を切った。たぶん、論理が飛躍しすぎていると感じたのだろう。

 「……もちろん、まだはっきりとした因果関係はわかっていません。ですが、脳と、身体の他の部分とが、完全に独立してコンディションが決まるという考え方は、個人的には支持できない」

 「実際にヨーグルトを食べて精神状態が変わった人が」

 「ここにいるみながそうですよ!」

 フォレストが横から口をはさんだ。

 「ぼくは、このヨーグルトを食べる前は、どちらかというと内気で心配性な性格だったんです。でも、ヨーグルトを食べ始めて数日でみるみる変化が起こったんですよ!」

 「食事の変更によって、腸内細菌の比率が変化するのはとても早いんです」

 「すぐに効果があります」

 フォレストは目をかがやかせてうなずいている。

 おれが彼の話をいぶかしんだのも無理はあるまい。

 とはいえ、フォレストが嘘をついているようにも見えなかった。たぶん、多少おおげさにとらえているとかそんなところだろう。そう思った。

 「まあ、あなたもいずれ体験しますよ!」

 彼はそう太鼓判を押す。

 思ったより早い時間で会はおひらきになった。みな早寝なようだ。長引くことを心配していたのでありがたい。

 ロッジに用意されていたおれの部屋は申し分なかった。必要な物はすべてあった。シャワーを浴びて、ベッドに寝っ転がる。旅の疲れもあってすぐに眠りに落ちた。


 「ソーセージ!」

 夜中、おれはふいに目が覚めた。

 どうしてもソーセージが食べたくてたまらなくなったのだ。

 みょうな空腹感があった。たぶん、動物性脂肪がほとんど口に入らなかったせいだ。それに食べた量もふだんより少なかった。

 おれは車に戻り、行きがけに買ったソーセージを回収してきた。

 ソーセージの入った袋を下げたまま歩いていると、暗い中でゴソゴソとうごめいている人影が目についた。そこは小さなハーブガーデンになっているエリアだった。

 夜中なのに熱心なことだな。いちおうあいさつした方がいいだろうか? そう思いながら少し近づいてみる。明らかに人影だ。ラベンダーの茂みの中で、なにかごそごそとやっている。

 何だか様子がおかしい、と直感的に思った。

 声をかけようか迷っていると、向こうがおれに気づいた。

 「ヒッッ!」

 そいつは引きつるようなうなり声をあげて、飛びのいた。そして畑の奥へと走り去って行った。明らかに人間だった。

 そいつのいたハーブガーデンを覗いてみると、菜っぱのようなものがいくつも落ちていた。それはぐしゃぐしゃに食い荒らされたビーツだった。まるで畑からひき抜いて、そのままかじったみたいだ。拾いあげてみると、その歯形は人間のそれだった。

 「一体何なんだ……?」

 考えていても仕方がない、おれは自分の部屋に戻った。そしてソーセージをバクバク食べた。残りのソーセージは8本になった。

 すこし不安になる。足りるだろうか。もっと買っておけばよかったと後悔した。だが、なくても死ぬことはあるまい。と思い直す。

 ソーセージで腹がいっぱいになると、神経が静まってきた。

 さっきの人影のことを考えながら眠りにつく。

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