その4
「開けてください! 中に入れてください! わたしです!」
フォレストが叫びながらドアをノックする。その音で目が覚めた。昼前まで眠っていた。
ドアを開けると、汗だくのフォレストが部屋に飛びこんできた。ワイシャツが汗で張りついている。彼は急いでドアを閉めて、カギをかけた。
「何が起こってるんだ」
「みんなが……みんなが」
フォレストは上手くしゃべれない様子だった。
「みんなああなってしまいました」
「ああって……」
「異常なハイテンションです」
「住民が暴れ出したってことか?」
「一部はそうです」
フォレストはシャツで何度も汗をぬぐっている。
「全部ではありません、あくまで一部です」
「暴れ出したんだろ!」
「事件性はないのですよ。ものを壊しているだけで、大したことないので」
「ふつうものを壊さないだろう」
緊急事態のようだったが、フォレストはあくまで広報としてふるまい、部外者のおれに対して大したことではないと言いはる。
「警察に連絡しよう!」
「だめです!」
「なにか異常なことが起こってるじゃないか!」
おれたちは言い争いをはじめた。
そのとき、ドアが大きな音をたてた。ノックではない。
「誰かがドアを蹴ってる!」
フォレストはそう言って、ドアに背中を押しつけた。
どん、どんと間を開けて音がひびく。
「ドアが壊されます! 早く逃げてください!」
「なんだと!」
ぜんぜん大したことあるじゃないか、そう思いながらも、おれはとにかく手近な荷物をつかんだ。
「窓から逃げるんですよ! 早く!」
さいわいここは一階であった。おれは窓から抜けだす。フォレストも窓枠に身体を引っかけながらどうにか抜け出した。
走り出したおれの背後で、重たい音がひびく。ドアが破られたようだ。走らなくては。
「くそっ、携帯を置いてきた……」
おれは持ち出した荷物を確認していった。ちょうど充電していた端末を、そのまま自分の部屋に置いてきてしまった。持ってきたのはソーセージと着替えや書類ぐらいだ。
「武器になりそうなものもない……」
おれは辺りを見まわす。
「武器ですって? あなた何をするつもりなんですか!」
「異常事態だろう!」
「大きな声を出さないでください!」
「おまえもだよ!」
おれたちは駐車場のそばのプレハブ小屋に隠れていた。
部屋から逃げたおれとフォレストは、とにかく走った。おれは駐車場を目指した。車で逃げることを考えるのは当然だろう。ここは山奥だ。
だが、車は破壊されていた。
「自然に帰ろう! 自然に帰ろう!」
駐車場に近づくと、そんな声が聞こえた。
おれが目にしたのは、おれの車の上に乗って岩を車体に叩きつける全裸の中年女性と、すでにボコボコになった車の回りで踊る全裸の老人二人であった。
いまや、コミュニティの菜食主義者たちは完全な野人となりはてていたのである。彼らは自動車のボンネットをすべてこじ開け、機械に石を叩きつけて破壊していた。
相手は岩を持っている。とてもではないが相手するには危険だ。おれとフォレストはとにかく、駐車場の入り口にある小屋に隠れた。
「くそ、本当になにもないな」
警棒や、せめてメンテナンス用の工具でもあればと思ったが、護身になりそうなものは何もなかった。掃除用具と事務用品がせいぜいだ。
電灯は消えていた。どこかで電線が切断されているようだ。車を壊すぐらいだからそのぐらいやるだろう。
「おい、お前の携帯で警察を呼ぶんだ!」
「ありません、壊されました」
「なんだと!」
「友達に壊されたんです。自然に帰れって……」
「そいつも異常なんだよ!」
息を落ち着けてしばらく経つが、フォレストはまだ汗だくだった。ワイシャツはもう脱いでいるが、まだ汗が止まらないようだ。
そしておれもだ。汗が止まらない。異常に熱い。
「……熱が出てる」
おれは自分のひたいをさわる。
「感染症だ! これは!」
「えっ感染症ですって? 人聞きの悪い!」
「広報のことは忘れろ! これは感染症だ! きっとあのヨーグルトが原因だ! そうに違いない」
「えっヨーグルトが原因ですって! 人聞きの悪い!」
「ヨーグルト菌が生きたまま人間の腸に住むとドクターが言っていただろう!」
「そうです、それによって腸内環境が改善」
「そうだ。だがそれは『感染性がある』ってことなんだ! 眼を覚ませ!」
そのとき、小屋のカベが、ぼこ、と盛りあがった。
「石を叩きつけられているッ!」
おれたちは小屋から逃げ出した。
「ドクターのところへ行きましょう! ドクターならなんとかしてくれる!」
「ドクターはまだ正気なんだろうな?」
「とにかく、ヨーグルト培養施設に行くんです! ヨーグルト培養施設はこの土地にもともとあった洞窟に作られています。予備電源もあります!」
「なぜ洞窟にヨーグルト培養施設が?」
「温度の安定を得るのに最適だったからです!」
おれたちは走り出した。
状況は悪化しつつあった。そこら中に野菜の食べかすが散らばっている。彼らは土がついたまま丸かじりしているようだ。
住人たちはほとんどみな全裸になっていた。股を開いて日光浴していたり、地べたに座ってもしゃもしゃと植物らしきものを食っていた。みな完全に瞳孔が開いており、話は通じそうにない。
「まるでゾンビじゃないか!」
「みんなぴんぴんしてますよ!」
「健康なゾンビだ!」
「ひゃっほう!」
フォレストはなにか楽しそうに叫んだ。この緊急事態なのに。
フォレストも発症しつつある!
身体の芯が灼けるように熱い。
おれもこのままじゃ……。
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