第三話 傭兵のイメージ

 トーマスは、強い魔術の発動を感じて足を止めた。


「? どうしました、坊ちゃん。お腹痛いんですか? 食べすぎましたか?」

「違うわ馬鹿! さっきま――」


 じゅつ。

 と、言いかけたトーマスの口をむんずと塞ぎ、フロンはにっこりと笑みを深くして、トーマスの腕を掴んで耳元で囁く。


「ここでは魔術は禁忌だと、そう言いましたよね? 関わってもダメです。ここで行われるものなんてロクでもないものに決まってます」


 こくこくと肯くトーマスに満足げに肯いて、フロンは彼を解放した。

 二人の会話が聞こえなかったロイは、怪訝な顔で歩みを止めた二人を見た。


「おい、何をしている。急に止まるな、はぐれるだろう」

 

 聖誕祭のためか、街は人で溢れている。

 とりあえず、フロンの知り合いであるというリーンバルム公国の者の家に向かっている。連絡は予め取りあっていて、しばらくはそこに泊る予定だ。


「そうですね、詳しい話は家に着いてからにしましょう。船の中でも、散々お勉強したつもりだったんですけけどねぇ……」

「お前の話は無駄が多いんだよ」


 やれやれ、と肩をすくめるフロンに、トーマスは他人事のようにそっぽを向いて言った。


「んまあ、それが人に物を教わる態度ですか? そんな可愛くない事を言う口はこうです」


 ぷにぷにぷに。

 フロンはトーマスの両頬を交互につねった。


「や、やぁめぇおぉ」

「おいお前ら、遊んでいないで行くぞ」 


 うんざりして、ロイは先を促す。

 この二人はいつもこうだ。とても主従関係にあるとは思えない。主人であるトーマスは、フロンの舐め切った態度に怒っても良いと思うが、怒らない。かといって、姉弟のように親し気かと言われれば全くそんな事はなく。


「前から思ってたんですけど、ロイさんは傭兵さんにしては真面目ですねぇ。大丈夫ですか、生き辛くないですか? 色々溜め込みそうなタイプですよね、上手く発散出来てたらいいんですけど。ロイさんはずっとストレス溜め込んで爆発するか気絶するか真っ白に腑抜けるか、どれもありそうで、ちょっと心配です」


 トーマスの頬をつねったまま、フロンは笑った。

 可愛い笑顔なのに、吐いている言葉は辛辣で意地が悪い。

 心配だなんて、絶対嘘だとロイは思った。面白がっているだけだ、絶対に。

 

「……俺はお前の、付き人にしてはそのふざけた態度に吃驚だよ」

 

 溜息交じりに返すと、フロンはますます笑みを深くした。

 

「あはは、褒め言葉として受け取っておきましょう」


 素直に、フロンの心配だという言葉。これを拾えないのは多分、ロイがフロンの性格が歪んでいるせいだろう。

 傭兵にしては真面目って、失礼な言い様だ。確かに職業柄乱暴者が多いかもしれないが、傭兵だって立派な職業の一つ……とは、やはり言い難いか。


「実はおれも思ってた。傭兵ってさ、金に汚くて、髭がぼうぼうのごついおっさんのイメージがあったからさー」

「ねー」


 無邪気で素直なトーマスの言葉に、うなずくフロンは満面の笑みだ。面白がっているのが、良く分かる。

 腕っぷしにものを言わせ、金でなんでもする荒くれもの。

 世間の傭兵のイメージとはそんなものだろう。事実、とある傭兵団は金次第で、同じ戦場でも翌日には昨日と違う陣営に寝返る事で有名だ。


「はは、褒め言葉として受け取っておくよ……」


 自分が、ついさっきフロンが言った言葉と同じ返しを言ったと気付き、ロイは少し凹んだ。


「ふふ」


 凹んだロイを見て、嬉しそうにフロンは微笑む。それがますます、ロイを落ち込ませた。







 中心街から離れた、静かな住宅街。

 フロンは古い家の前で立ち止まった。


「ここです。ボロ宿ですけど、我慢してくださいね」


 こんこん、とノックしながらフロンが言うと、


「お前が言うな」

「本当、失礼な子ね~」

 

 家の中から夫婦が現れた。二人はフロンと知り合いらしく、しかも仲良しらしい。

 フロンの軽口を、フロンの頭を軽くはたきながら笑って流した。 


「初めましてトーマス様。お会いするのを楽しみにしておりました。私はセオドア。こっちは妻のルーズです」

「狭い所ですけど、ご自分の家だと思って、寛いで下さいね」

「ああ、ありがとう。よろしく頼むな」

 

 少し、トーマスの纏う空気が変わった――気が、ロイはした。

 初めて会った時から、トーマスとフロンは包み隠さずに身分を明かしたし、旅の事情をロイに説明した。

 しかし、ぶっちゃけ金さえ貰えればなんでもどうでもいいロイは、二人の事情に興味がなかった。

 なので、神の怒りに触れ、一晩で焼き落ちたとされるリーンバルム公国の王子だとか、悪魔に魂を売った外道の魔獣使いだとか言われても、信じる信じない以前に興味がなかった。 

 特に魔獣使い。

 魔獣を体内に飼うと言われる、人あらざる者。魔獣の力を借りて、炎を吐いたり空を飛んだり、姿を魔獣そのものに変化し、人を切り裂いて喰らうとか。また彼らには角が生え、蜥蜴のような尾を持つという。

 馬鹿々々しいにも程がある。

 どうみてもトーマスとフロンはごく普通の、少しばかり見目麗しい人だ。

 しかし、確かにどうやらトーマスはただの少年ではないようだと、ロイは認識を改めた。

 宿の夫婦と握手を交わすトーマスには、確かに王族らしい気品と風格がある。


「さて、感動のご対面が終わった所で、さっそく復習と参りましょうか」

 

 ぱたん、と玄関の戸を閉じながら、フロンは言った。

 

「世界と魔術について。この聖都では、魔術は禁忌ですからねー、不用意な発言は騒ぎの元です。しっかり危機管理しましょうねぇ~」


 微笑んでいるが、眼は笑っていなかった。

 

「えー、おれ腹減った~」

「さっき串焼き食べたでしょ、それよりも復習です。本当に、大事な事ですから」


 いつになく真剣なフロンの様子に、トーマスはうなだれた。


「……分かったよ」


 話が一段落した所で、


「では、私たちは食事の用意と、部屋の準備をしてきます」

「頑張ってくださいね、王子」


 セオドア夫婦はそれぞれの仕事へと戻っていく。

 手持ち無沙汰なロイは、なんとなくフロンの講義に付き合う事にした。フロンの初めてみる、真剣な表情が面白かったから。

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