第六話 補修の時間
トーマスとロイは、3階に移動した。
3階の客室の窓からは神殿が見える。
いくつも重なりあうようにそびえ立つ尖塔、日の光を浴びて煌く白い城壁。
「きれい、だなぁ」
「世界最高の城、だからな」
「神様が作った城なんだろ? すげーな」
正確には、神の啓示を受けた聖人達とその信者達が何十年もかけて建造した神の城である。
惚れ惚れとした顔で、トーマスは城を見つめている。何がそんなに夢中にさせるのか、ロイにはさっぱり分からなかった。
神の城。
世界で最も美しい神殿。
そうは言われるが、ロイにとってはただの白い城。今のトーマスのように、人々が熱狂するような価値は見いだせなかった。
と。
「……」
無言で熱に浮かれたかのように、城を見つめるトーマスの瞳は輝いていた。
比喩表現ではなく、まさしくトーマスの瞳は発光している。魔法陣が幾重にも重なって、瞳の前に現れる。
魔法陣はトーマスを囲むように展開していく。どんどんと、何重にも重なっていき。魔法陣の輝きも強くなっていく。
こんな魔法は見た事がない。
人の身体から魔法陣が発生するなんて、そんなものは見た事がない。
呆気に取られたロイだったが、自分の仕事を思い出して、ぺしっとトーマスの頭をはたいた。
「いたっ」
はたいた反動でトーマスの頭は大げなぐらいに揺れたが、魔法陣は消えない。
「おい、なんか出てるぞ?」
「うー、止めてくれぇー。フロンにまた馬鹿にされるぅー」
ぶんぶんと自分で頭を振り回しながら、トーマスは懇願した。目をこすったりしているが、一向に魔法陣が消える様子はなく、むしろ徐々に増えている。
放っておいても良さそうな緊張感の無さだが、報酬は既に貰っている。
何度かはたいても効果はなく、トーマスの頭がぶらぶら揺れるだけ。仕方ないので、ロイは最終手段に出た。
「……」
ずしりと重たい、赤い血のような宝石の塊。ほんのりと暖かいのは、魔力が充填されている証。大きさといい、この紅の透明さといい、ロイがこれまで見た魔石の中で、最も美しい。
フロンに貰ったばかりの魔石を、ロイはトーマスの頭にそっと触れさせた。
魔石が熱くなる。魔石に触れる手のひらが、ちりりと焼けるような痛みを感じるほどに。そしてトーマスの周りに展開していた魔法陣は魔石に吸い込まれていき、
「いてぇええええ!!!」
トーマスが目を抑えて絶叫した。
トーマスは両手で目を抑えているが、目は閉じられていない。指の隙間から見開かれた目からは魔法陣が勢いよく噴出している。
閉じようとしても、閉じられないようだった。魔石の熱も持っていられなくなるほどに熱くなり、ロイは魔石から手を離した。魔石から手を離すと同時に、ロイはトーマスの肩を抱いて引き寄せ、トーマスの目を右手で覆った。ぴっちりと指の隙間なく。左手も更に重ねる。
重ねた指の隙間からも、魔法陣は吹き出していく。吹き出す勢いが弱まったように見えるのは、多分気のせいじゃない。
「落ち着け、トーマス。落ち着くんだ」
ロイにはそれしか言えなかった。
魔術と感情は密接な関係がある、らしい。何度か魔術を暴走させた魔術師を見た事があるが、どれもひどく取り乱していた。
だから。
「大丈夫だ、ここは、大丈夫だから」
頭でも優しく撫でてやりたいところだったが、両手は塞がっている。仕方ないので更に身体を密着させて、言い聞かせた。
「いいか、ここは大丈夫だからな、な、だから落ち着け」
「……」
沈黙。トーマスの身体から力が抜ける。寄りかかるトーマスの身体を支え、ロイは膝をついた。
魔法陣は、トーマスの身体から力が抜けると同時にすぅ~っと薄くなり、消えた。ロイが手を離すと、トーマスの手も目から離れる。
トーマスの目はもう光っていなかった。ただし瞳に涙一杯溜め、今にも溢れだしそうだ。いや、溢れた。2、3度瞬きを繰り返すと、トーマスの目から涙が零れた。
「……」
少し気まずい。
かける言葉が見つからず、魔法陣が止まった事にホッとしつつも、ロイはさあどうするかと考える。
練習、とやらの続きをするべきだろうか。夕飯まではまだ時間がある。陽もこんなに高い。今まであんな風に魔法陣がトーマスの目から出てくる事はなかったが、あれはまずいと思う。訓練はするべきだ。
と。
ごしごしと目をこすり、トーマスは無言のまま立ち上がった。
ロイも立ち上がる。
トーマスはごしごしと目をこすりながら、言った。
「フロンを、止めなないと……」
俯く顔は、ひどく暗い。
「フロンが、どうかしたのか?」
ロイが呑気に尋ねると、トーマスは勢いよく顔を上げた。
「あいつ、おれに黙って死のうとしてる!」
「は?」
「あいつ、おれには簡単に死ぬもんじゃない、って言っておいてさ、馬鹿だろうあいつ!!」
意味が分からない。
ぽかんと、ロイはトーマスをまじまじろと見た。
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