そして取り残された
セオドアの家を出ると、街は騒然としていた。
家出した巫女が兵士たちの目の前で攫われた為だが、トーマスは知る由もない。が、フロンがどこに居るのか、それは良く分かる。
トーマスにとって、フロンは魂を分けた騎士。
何を考えているかは分からないが、その存在は常に感じている。
「どこに行くんだ?」
ロイも街の不穏さを感じ取っていた。が、フロンが巻き起こしたとは微塵も思っていない。祭りで気が緩んだ酔っ払いがあちこちで騒いでいる、ぐらいの認識だ。
「……フロンは、あそこの地下に居るみたいだ」
そう言ってトーマスが指さしたのは、神殿だ。
「神殿の地下?」
トーマスの言葉に、ロイは顎に手をあてて考えた。
何度か仕事で来た事はあるが、神殿の地下施設など聞いた事がない。
「間違いないのか?」
「間違いない。……フロンが死ぬつもりなら、あそこしかない」
「そうか」
「……ロイってさ、おれ達の事あんまし聞かないよな」
「……」
興味がないから、とは言えずにロイは黙ったまま先を促した。
「最初に会った時も、王子だとか魔獣使いだって言っても無反応だったし、もっと興味持ってくれても良いと思うけどな!」
「傭兵、だからな。あまり私情を挟むもんじゃない」
「つまんねーの。ま、無理強いはできないけどさ。……ついでにさ、改めておれの目的を聞いてくれ」
決意を固めるように、トーマスは拳を握った。
「おれの目的は、破壊竜を倒すこと」
「破壊竜?」
「破壊竜リンドブルム。知らないか?」
「おとぎ話だろう?」
「違う、おれの国は、破壊竜によって壊された」
「ほー」
現実味のない話に、ロイは生返事を返した。
聖書に出てくる、世界を滅ぼした破壊竜。五つの頭を持ち、それぞれ炎や水を吐くという。
「破壊竜を使えなくするのは簡単なんだ。でも、それだけじゃなくておれは倒したいんだ」
「そうか」
「そうなんだ。だから、フロンを止める。フロンには、まだまだ手伝ってもらわなきゃ駄目なんだからな!」
ロイの生返事を気にすることもなく、トーマスは宣言した。そして進む。
「……神殿の地下には、どうやって行くんだ?」
前を真っすぐに見て進むトーマスについて行きながら、ロイは尋ねた。
もうすぐ日も暮れる。神殿も一般開放されている時間には、間に合いそうにもない。
「分からない、とりあえず行ってみよう。ここに居たって仕方ないし」
「行き当たりばったりだな」
「しょうがないだろ、そういうのは全部フロンがやってくれてたし、おれは……知らない事ばかりだ」
「王子なのに?」
「もう滅んだ国のだけどな。それに、おれはまだ国を滅ぼされた理由も知らない。きっと何か理由がある筈なんだ」
「……」
「絶対、フロンはその理由を知ってる。だからあいつをそのまま逝かせない!!」
「理由、ねぇ」
なんだかロマンチックな話だ。
国が亡ぶ理由って、そりゃあ金だろうと、ロイは投げやりに考えた。
家庭も金で簡単に壊れる。人が生活する上で、絶対に欠かせないものだ。金以上の物はない。
ざわめく街を、神殿に向かって歩いていると、一人の神官騎士が二人の前に立ちふさがった。
「待って、あなた達公国の人間ですね?」
息を切らせながら、神官騎士はロイの返事を聞く前に、ロイの腕をつかんですがった。
「お願いします、私を連れて行って下さい。あの人の、姉さんの所に」
「待て、なんの話だ? それに俺は公国の人間じゃない。それは、こっち」
息も絶え絶えな神官騎士を容赦なく引き離しながら、ロイはトーマスを引っ張って前に立たせた。
トーマスはじぃーと、神官騎士を凝視しつつ、言った。
「あんたは……フロンの対か?」
「……公国では、そう呼ぶのですか?」
「ああ、魔獣使いは常に双子で生まれるから、って、そんな話をしてる場合じゃないか。いいよ、こっちから頼みたいくらいだ。おれだけじゃあそこには行けない。あんたの力が必要だ」
「そう、なのですか?」
「そう、おれだけじゃ行けない」
苦虫を噛み潰したような顔で、トーマスはうめいた。
「パズルのピースがはまっていく、ってな。ムカつく」
きょとんとする神官騎士に、トーマスは手を差し出した。
「フロンの元へは、あんたの力が必要だ。魔獣使いだけが通れる道があるだろう? それを使えたらすぐにフロンの所へ行ける」
「そんな道は、」
「ある筈だ、絶対に。フロンもそれを通ってあそこに居る筈だから。そうだ、ロイさん、フロンの石貸して」
「どうするんだ?」
「これで辿ってもらう。もうそれしかない」
ロイから受け取った魔石のペンダントを手のひらにのせ、トーマスは神官騎士の手を引いて重ねた。
「これは、フロンのブラッドストーン。あんたなら分かる筈だ。フロンを感じるだろう?」
「……」
目を閉じて、神官騎士は重ねた手に力を込めた。
トーマスの言う通り、目を閉じて集中すると、ぼんやりとした光の道が見えた。
これが魔獣使いの道なのか。
ノインは未知の感覚に震えた。
神殿にはノイン以外に魔獣使いが居ないから、知らなかった。
道を意識した瞬間。
トーマスとノインは、その場から消えた。ぱっと、光の粒になって、消えてしまった。
「……は、」
残されたロイは一人、慌てて周辺を見回し、二人が影も形もなくなっている事を確認して、
「!!??」
慌てた。
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