第九話 破壊竜リンドブルム

 世界は、人間という種族はきっと、大多数の幸福の為に動いている。

 最大公約数のように、最小限の犠牲で済むようにと、人類は知恵を絞り合っている。

 人類を導く存在、王。

 誰もが我も我もなれば世界は混乱するから、神から与えられたとして、王が名乗りを上げる。

 人類を守る存在、騎士。

 誰もが鍛えて強くなれる訳じゃない。向き不向きもあるし、非効率でもある。だから王が選んで、与える。

 そんな風に効率化していって、導く者導かれる者。守る者守られる者。どんどんそれぞれ研ぎ澄まされていく。

 研ぎ澄まされ、知恵を絞り合った結果が、この存在。

 なんて理不尽で、醜く、歪なんだろうか。

 こんなにも美しいのに。


「ここは、」

 

 何も知らぬ少女。

 何も知らぬのに、彼らの意のままに育ち、成果を上げた。まさしく最高傑作。


「貴方が、生まれた場所ですよ。覚えてますか?」


 少女――エナは花を見上げながら、ゆっくりと首を振った。

 ここは神殿の最下層。命の生まれる場。


「空を舞う、破壊竜リンドブルム」


 地底湖の真ん中には、真っ白な大輪の花が幾つも咲く大樹が生えている。

 フロンの故郷にも黄金の花が咲く大樹が、同じように王宮の地下深くにあった。


「昔から竜を自由に操る術を、人々は探してました。そうして生まれたのが聖女、貴方だそうですよ。私も王から伝え聞いただけで、そんなに詳しくはないんですが、聞きたいですか?」

 

 花を見上げながら、エナはこっくりと肯いた。

 講義の始まりだ。


「うちの王様が言うには、竜は元々、誰でも操れたそうです。でも、それじゃあ色々まずいから、竜を操る事に制限をかけ始めたんです。誰にでも簡単に操れないように、まずは操作できる人間を決めました。でも、それでもやっぱり制限としては弱くて、更に制限をかける事にしたんです。操作できる人間だけではなく、操作できる人間と別に、竜を使う事を決めれる人間を作りました。でもって、更に使用を制限しようと、その使用が正しいか、判断して許可を出す人間を作りました。おしまい」


 エナの隣に立ち、樹に触れながら、フロンは雑な講義を終えた。


「馬鹿みたいな話ですよね、制限を増やすぐらいなら、壊せばいいのに。その方が簡単だと思いませんか?」

「わたしは、」

「はい?」

「わたしは、操作できる人なの?」

「……私の国と同じだと仮定すると、違います。貴方は、判断して決済する方。竜を操って我が故郷を破壊したのは、私の妹ですよ。ちなみに、使用を決めたのは神官のエライ人、ですかね」

「そう……」

「聞きたいのは、それだけですか?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして」


 フロンは、樹に触れる手に力を込めた。

 

「少し、離れていて下さい」

「?」


 疑問符を浮かべながらも、エナはフロンの言葉に素直に従った。

 フロンが良いという所まで、エナが下がったのを確認して、フロンは手に力を込めた。

 力を込める。

 破壊の意思をもって、触れる。

 それだけで。


 …………ごごごごごごっ


 樹は、根元から崩れていく。

 徐々に樹は崩れていき、最後は花だけが残った。花の中には、蜜がある。


(まだこんなに残ってる......うちの国のは、もう枯れたのに)


 灰の中で咲く花は、可憐だ。

 死に絶えた世界で咲く数輪の花。弱々しい命の結晶。

 フロンの故郷の大樹は、トーマスを産んだ後に枯れた。破壊するまでもなく、自然と。潮時だと、王は判断された。

 

「……巫女様、こちらへ」


 妹には見栄を張ったが、フロンにとっても生きることは苦痛。生まれた時から苦痛しかない。楽しい時も確かにあったが、苦痛は常にあり、慣れても苦痛は苦痛だ。

 終わるなら、それにこしたことはない。


「良かったら、この蜜をどうぞ。美味しいですよ(多分)」

「……」

 

 差し出された蜜を前に、エナは戸惑った。

 

「お腹、壊さない?」

「壊しませんよ(……多分)」

「……わたし、これから死ぬのに、それを食べる意味あるの」

「……まあ、それを言われると意味は無いかもしれませんが、でも、これを継ぐとしたら、貴方しかいませんよ」

「つぐ?」

「あー、継ぐっていうのは、ちょっと変な表現ですかね? でも感覚的には継ぐっていう感じなんですが……まあ、嫌なら良いですよ。無理強いはしません」


 面倒になって、フロンは説明を投げた。


「私も良く分かってないんですけどね、この蜜は、巫女の元というか……ん、ならここで終わらした方が良い気がしてきました。前言撤回、飲まなくて良いですよ」


 飲むな、と言われたら好奇心が刺激される、好奇心旺盛なお年頃。

 狙ってやった訳でないが、フロンは見事にエナの好奇心を刺激した。

 

「やっぱり飲む」

「無理して飲まなくて良いですよ?」

「無理してないわ、頂戴」

「……どうぞ(余計な事言わなきゃ良かった)」


 あまりしつこくすると怒り出しそうだったので、フロンは素直に蜜をたたえた花を渡した。

 

「ありがとう」

「捨てても良いんですよー」

「捨てない! なんなの、急に?」

「いえね、私も完璧超人じゃありませんから、正しい事は分かりませんでして、ね。さっきは良かれと思ったんですが、今はそうでもないかなー、と。分かります? この揺れ動く不安定な乙女心」


 両腕で自分の身体を抱きしめ、悩まし気にフロンは言った。


「分かんない」

「ですよねー」


 はは。

 表情を切り替え、へらへら笑って、フロンは両腕をほどいてくるっと一回転した。


「まあ、やらない後悔よりもやった後悔の方が良い、っていいますもんね。ささ、どうぞ一気に!」

「……」


 心を決めて、エナは花の蜜を口に含んだ。

 やけくそだ。毒を食らわば皿までとも言う。

 見守るフロンも、やけくそだ。ここまで来たら、怖いものなし。

 国は滅んだ。家族はもういない。妹は居るけれど、まあ、彼女の生活基盤はフロンにとって、全くの無関係。

 巫女が居なくなれば、きっと彼女には新しい生活が始まるに違いない。それがどんな生活か、フロンには想像もつかないが、多分大丈夫だ。大丈夫でなければ、死ぬだけ。死ぬのも悪くないと思う、この痛みから解放されるのだから。

 巫女が居る限り、妹には死は許されないが、巫女が居なくなけば死もそれかの人生の選択肢の中に入る。

 姉として、妹の人生の選択肢を増やしてやる事は、とっても素敵な事だと思う。

 だから後悔はない。

 たとえ、恨まれる事だと分かっていても。恨まれる事なぞ、痛くも痒くもない。

 これは誰でもない、自分自身の為に行う事なのだから。

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