第八話 押し付けられた厄介なもの

「どういう事だ?」

「だからフロンが、一人で勝手に、死のうとしている!! 早く止めないと、間に合わなくなる!!」

「落ち着け、死のうとしてるって、フロンが? そんなヤツじゃないだろう、あの女は」

 

 むしろ誰よりも最期まで生き残っていそうだ。いつも人を小馬鹿にしていて、危ない事は他人に丸投げ。高見の見物を決め込み、己の身を危険にさらすなど、有り得ない。

 これまでの旅が走馬灯のように蘇る。

 確かにロイは二人の護衛だ。トーマスを、フロンを守る事が仕事だ。しかし、だからといって野盗の一団の中に置いてけぼりにされたり、馬車の荷台に括り付けられたりするのは違うと思う。今でもちょっと根に持っている。


「違う、あいつは死ぬために生きてる。お前を雇ったのだってそうだ、それに石も貰っただろ? その石の価値は、おれを一生守る分はある筈だ」

「……一生って、お前」

「フロンが死んでみろ、おれはお前を許さないからな! 呪ってやるからな!!」


 をいをい。

 ロイは拳を握りしめ、ぎゃんぎゃんわめくトーマスの頭に手を置いた。


「いいか、落ち着け。とにかく落ち着け。話が全く見えないんだが、」

「落ち着いてる場合か! こうしてる間にもフロンが、フロンが……」


 目線の高さを合わせて、ロイはトーマスに言い聞かせる。しかしトーマスは止まらない。落ち着かなく体を揺らし、やがて再び俯いた。


「……フロンは、あの石を渡したから、守護者の引き継ぎは終わったと思ってる」

「なんだその、守護者……? 引き継ぎ?」


 勝手に契約されても、困る。

 そりゃあ、子供も居てもおかしくはない年だけれど、いや、トーマス程の大きな子供はまだ早いと思う、って。

 違う。

 違う違う違う。

 そういう問題ではない。


「待て、勝手に話を進めるな。俺はただの護衛、傭兵だ。お前らが目的地に着くまでの、な」


 何処なのかは知らないし、興味もないが。


「人生の終着点?」

「阿保か、勘弁してくれ……」


 溜息一つ。

 話を整理しよう。


「そもそも守護者ってなんだよ、保護者か?」

 

 確かにトーマスはまだまだ子供だから、後見人は必要だろう。一人で稼いで生きていけるかもあやしい。年齢的には独り立ちしても良い年だし、もっと幼い頃から親などを頼らずに生きている子供だっているだろう。しかしそれはよその家庭事情であって、よそはよそ、うちはうち。


「ええとええと、なんていうか、ああもう! 守護者っていうのは、そんなに軽いもんじゃない!! とにかく! フロンを止めよう。フロンが無事なら、守護者はフロンのままだし、何も問題はない!!!!」


 トーマスは吹っ切れた。

 決断したら即行動! ロクな説明もせずに、飛び出す。


「行くぞロイ! フロンを止める。あいつの好きには絶対にさせない!!」

「分かった、良く分からんが、付き合おう」


 フロンに良い様にされるのは、ロイも望むところではない。

 が、


「これから夕飯ですよ、トーマス様」

 

 セオドア夫人が立ちふさがる。

 

「どいてくれ、セオドアさん。おれはフロンのところへ行かなきゃいけない!」

「駄目です。フロンにも頼まれましたし、ここを通す訳にはいきません」 

「!」


 トーマスは両手に拳をつくった。


「……お前たち、ぐるなのか?」

「これもあなたの為ですよ、トーマス様。フロンの望みでもあります」

「おれの代わりに、誰を殺させる気だ!?」

「死に魅入られし者を」


 セオドア夫人は淀みなく答えた。


「トーマス様とは違います、気に病む必要はありません。むしろ上手くピースがはめ込まれたと、」

「やめろっ!」

「申し訳ありません、口が過ぎましたね」

「おれはお前らの、そういうところが昔から大嫌いだ!!!」


 つくった拳を振り回して、トーマスはセオドア夫人に向かって突進した。

 と。 

 ばちぃん。

 何もない所で、トーマスはぴたりと止まった。何か固い滑らかな物にぶつかった音と共に。


(魔法か……まあ、そりゃそうか)


 ぶつかったままのトーマスを労わりつつ剥がしながら、ロイは壁に触れた。

 固い感触がある。これにぶつかったトーマスはさぞや痛かっただろうと、ロイは同情した。王子という割には、ぞんざいな扱いである。


「……なぁ、一つ確認なんだが」

「はい、なんでしょうか?」

「そのピースとやらには、俺も入ってるのか?」

「貴方はフロンのブラッドストーンを持ってるじゃないですか。当然、フロンの後継として入っていますよ」


 嫌な予感的中。

 ロイは深々と溜息を吐いた。


(あのクソ女、とんでもないもんを押し付けやがって)


 魔石は確かに高価だが、子供を一人引き取る程の価値はない。

 絶対に、そんな価値はない。

 しかも、誰を殺すって?


「……い、ロイってば! いつまでもおれの頭に手を載せるな! 縮むだろっ!」


 考えすぎて、ついトーマスの頭に置いていた手に力がこもってしまった。


「あー、悪い悪い……しかし、面倒な事になったなぁ」

 

 はぁ。

 

「あの野郎、絶対許さん」

 

 強い意志と魔力。

 魔法に必要なのは、ただそれだけ。


「私達に逆らうつもりですか?」

「逆らうだと? お前らこそ何様のつもりだ?」

「そうだそうだ、もっと言ってやれ!」

「お前もだ、トーマス。オレの影に隠れてる場合じゃないだろ……」

 

 がっしりと、トーマスの頭をロイは掴んだ。


「お前のごたごただぞ、お前がしっかりしろ」

「おれは、」


 一呼吸。

 大きく息を吸い込んで、トーマスはしっかりと前に立ちふさがるセオドア夫人を見つめ、見えない壁に拳を叩いて、言った。 


「おれは、お前たちのやり方が気に入らない。どんなにおれの為だと言われても、嫌なんだ! おれの為に誰かを傷つけるなんて、嫌なんだよ!!」

「人は、生きるだけで――」

「そんな話じゃないっ!!!」


 トーマスが感情のままに拳を何度も壁に叩き付けると同時に、ロイは壁を叩き壊した。そしてトーマスの手を引いて、セオドア夫人の横をすり抜けた。


「待ちなさい!」

「待つか、ばーか」


 幸いな事にセオドア夫人は口だけで、追いかけてくる事はなかった。

 階段を下り、玄関まで一直線。


「無知は罪です」


 やはり、玄関の前にはセオドアが立ち塞がっていた。


「フロンの元へ行く前に、一つ講義を――」

「あのくそ野郎から直接聞くから、結構だ!」

「そうだそうだ!!」

 

 ロイが魔石を掲げて見せると、セオドアは肩を竦めて笑った。


「まさか未制御でブラッドストーンを渡しているとはね……困った子だ。一体どういうつもりなのか」


魔石には、一部の高純度の魔石には術式を刻むことができる。特定の魔術の行使の禁止や、逆にたった一つの術式だけが発動するように刻まれた石。後者のタイプは古代の遺跡からよく発掘されるもので、罠などに利用されている。


「うるさい、お前らのごたごたに付き合うつもりはない。通さないなら、ぶっ飛ばすぞ」

「家を破壊するのはやめてくれ、修理が大変だ」


 苦笑いを浮かべながらセオドアはあっさりと、道を開けた。

 正直、聞きたい事は山ほどあったが、呑気に聞いている場合ではない。それこそ、フロンに直接聞けば良い。

 やれやれと、子供のケンカを見守るようなセオドアを横目で睨みつつ、ロイはセオドア邸の玄関を開けた。

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