ごめんなさいのタイミング
目の前から護衛の対象の人物と神殿騎士が消え、ロイは途方に暮れた。
護衛の報酬は、前払いで月毎に貰っている。今月分は既に支払われていて、月初めである今日を終わりだとするには、貰った報酬が多すぎる。
勝手に消えたのだから、お役御免なのだろうかと考えるが、護衛対象の二人からははっきりと聞いていない。依頼主からはっきりと言われない内に勝手に契約を更新するのは、ロイの主義に反する。
フロンを連れ戻しに行ったのだから、戻ってくるだろうと楽観的に考えて、ロイはセオドア夫婦の家に戻った。
「やあ、お帰り」
「……」
玄関の前で出迎えるセオドアに、ただいま、という気にはなれずに、ロイは無言で腕を組んだ。
「あははは、そんな怖い顔しないでおくれよ。君とは、敵じゃない筈だ」
「……そうだな」
「さあ、中へ入って。暖かいお茶でも入れよう」
「……ああ」
なんだか面白くないが、大人しく従うしか他ない。ここで待つほかに、トーマスとフロンとの繋がりはない。
「何か、昔話でもしようか。君の話も聞いてみたいな。トーマス様とフロンの選んだ護衛なのだから」
「話す事は、何もない」
「そんなつれない事を言わずに。私もフロンの子供の頃の話でもしてあげるから」
「別に聞きたくはないが」
「つれないねぇ、聞きたくないかい?」
「……」
黙って睨むと、やれやれとセオドアは肩をすくめて見せた。少しだけ、フロンが重なった。
「あれでも可愛い姪だからね、あの子には幸せになって欲しいと思っているよ」
「本気か? あんた、フロンが死ぬつもりだって分かってたんだよな?」
「あの子にとって、生きる事は苦しむ事だからね。苦しみに耐えうる喜びがあれば良いけれど、あの子が憧れていた王は死んでしまったしね……しかし、新しい喜びは案外とあるものだ」
「……」
「立ち話もなんだ。入り給え。歓迎しよう」
芝居臭い動作に、無性に腹が立つ。
立ち話といっても、一方的にセオドアが喋っていただけだ。同じように言われるのは面白くない。
背を向けて家に入ってくセオドアの後に続いて、ロイはぎゅっと口を結んだ。
こいつらのペースには乗りたくない。訳が分からないまま流されれるのは、ごめんだ。もう二度と。
「やあ、お帰りなさい」
ロイは拳を作り、へらへらと笑うフロンの頭に落とした。
不思議と腹は立たなかったが、拳骨でもしないと気が済まなかった。
玄関に入るとすぐ、フロンが出迎えてくれた。探しに行ったはずのトーマスの姿は見えないが、奥の部屋に居るのだろう。
「いったい、んですけど! 人の顔みていきなり殴るって酷くないですか? 心配ぐらいしてくれも良いと思うんですけどぉー」
「お前、そんな性格だったか?」
「ふふ、ちょっとテンション高くなってるのは認めましょう」
「そうか」
前言撤回。
やはりだんだんと腹が立ってきた。
ロイはふふんとふんぞり返るフロンの頭に、かるく拳骨を落とし続ける。
「ちょっと、いつまでも止めてくださいよ、馬鹿になっちゃうでしょうが」
「お前は元から馬鹿だと思う」
「ひどい、」
「馬鹿だから、分からないんだろ? お前、俺に言う事あるだろうが」
「……貴方こそ、そういう事言うキャラですっけ?」
「話を逸らすな」
ごつんと、最後に強めに拳骨を落として、ロイはそれを最後にする事にした。
「まあ、良いけどな」
――俺には関係ねぇし。
言葉にはせずに、ロイは握りしめた拳を解いた。
そして、フロンの隣で穏やかに微笑むセオドアの横を通り過ぎ、居間へのドアに手をかける。中からは複数の話声がした、トーマスの声もした。元気そうで良かったと、ロイは安堵した。
「待って」
硬い声に振り返ると、フロンが真面目な顔をして、両手に拳を作ってロイを見ていた。
緊張しているのが、良く分かった。笑える、フロンらしくないと、ちょー笑える。いい気味だ。
「ごめんなさい!」
身体を90°に折り曲げ、フロンは頭を下げた。
「茶化すな」
謝るなら、もっと真面目に。本当に悪いと思っているのか?
「……申し訳ありませんでした」
「……」
「すみませんでした」
「お前な、」
言い方の問題なのか、違うだろう。誠意を見せろ。
「ええと……ごめんなさい」
「フロン、こういう時は心配かけてごめんで良いんだよ」
面白がっているセオドアの助け舟に、ロイは大きく息を吐いた。
「心配なんかしてない」
「分かった、そういう事にしておこう。しかしね、フロン。お前が彼に謝る理由は、そういう事だと思うよ」
悟ったような物言いに、ロイは無性に苛立った。まるで子供扱いだ。しかし、何度も謝罪させるのは確かに子供じみている。引き際が肝心だと、ロイはそれ以上言うのをやめた。
「振り回して、心配かけてすみませんでした」
深々と頭を下げ、謝罪するフロンは、どこか遠い国の人間のようだ。
さっきまでの態度と大違い過ぎる。
トーマスはぽかんとフロンを見た。
「今更、ですね」
「妹が冷たい……いやー、まあ、けじめ的な? 気持ちを改に頑張りましょう!」
「わたしを殺すの、諦めたの?」
「巫女様!」
「……いいえ?」
「フロン!」
居間はカオスだ。
トーマスは混乱した。
あっさりとセオドアの家に帰ってきたトーマス達。「折角だからお出迎えしてきます☆」とフロンが部屋を出て行ってしばらく。
ロイと共に帰ってきたフロンは開口一番、深々と頭を下げた。横では穏やかにセオドアが微笑み、ロイは後ろで腕を組んで見守っているようだ。
フロンを待つ間、トーマス達は互いに簡単な自己紹介をした。お互いの事情の説明と、これからの事と。
エナは神殿には戻らず、世界を旅してみたいと言った。ノインもついて行くと。
トーマスもあてのない旅だ。一緒に行っても良いなぁと、呑気に考えていた。
「まあ、兎に角、この話はいったん置いておきましょう」
「お前が言うな」
「おほん。まあまあ、兎に角ご飯食べましょう。セオドアさんのご飯って美味しんですよ~」
「……」
フロンは努めて笑顔を振りまくが、和やかな空気とは言えない。
ノインはフロンを睨んでいる。エナはぼんやりと虚空を見つめ、トーマスはそんなエナを見ながらフロンを突っ込みを入れた。
ふわふわのパンに暖かなシチュー、とれたて野菜のサラダに塊肉のステーキ。魚のソース掛けに蒸し野菜がごろごろと。
神殿で食べる食事とは、全く違う。
鮮やかで、華やか。
美味しい。
とっても、美味しい。
エナはもぐもぐとよく噛んで味わいつつ、慌ただしく台所と居間とを往復するフロンを眺めた。
「フロン、水!」
「はいはいーい」
「お代わりよそってくれるかしら、フロンちゃん」
「喜んで―」
空いたカップに水を注ぎ、空のシチュー皿をさげ、新しく温かいシチュー皿を運んで。
甲斐甲斐しくフロンはセオドア夫婦、トーマス、ロイ、ノインとエナの食事の世話をした。そしてそのまま台所へと引っ込む。しばらくしても戻ってこないので、エナはフロンの後を追った。
「巫女様、」
エナの後を追いかけようとしたノインだが、セオドア夫婦に阻止された。
「まあまあ騎士さん」
「少しだけ、二人きりにさせてあげてちょうだい」
「何故? あの人は、」
「もう、あの子はそんな事は考えていないよ」
「例えそうでも、巫女様から離れる訳にはいきません」
「少しだけだから、ね?」
「……」
ノインはセオドア夫婦を睨んだまま、席を立った。
「あー、あー、おれ、ノインさんともっと話したいなぁ。ね、おれ神殿来たの初めてなんだけど、」
「お隣のご夫婦に聞いてください」
「えー、ノイン冷たい」
「あの人みたいな事言わないで下さい」
「……」
ノインはにべもなかった。
さてと、とノインが席を離れようとした時。
ぱちん。
見えない壁がノインを阻む。
そこまでするか!? と、トーマスは隣で何食わぬ顔で座るセオドア夫婦を見た。
「大人しく座りなさい」
穏やかに微笑んでいるが、それが逆に怖かった。
「!!!」
何か怒鳴っているのが分かったが、何も聞こえない。
ノインの隣では、ロイが我関せずと平然と食事を続けている。
ので、トーマスも食事に戻る事にした。
シチューはいつもの味がした。故郷の味だ。
色々あった一日だったが、ようやく落ち着けた。
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