置き去りにした者との再会

 置いて行かれるのは、大きく数えれば二度目だった。

 細かく数えれば、置いて行かれるのはいつものこと。数えるのも馬鹿らしくなるくらい、トーマスは蚊帳の外だった。

 父である王が国を賭けてでも教会と決別、実行した時も。

 国の滅びを以て、その戦いを知った。


「答えろ、お前は、お前たちは何をしたいんだ?」


 これは二度目。

 唯一の従者に置いてけぼりを食らい、民も裏切り者の従者に肩入れをする。


「……」


 けほ、と、小さくフロンは咳き込んだ。

 倒れたままのエナの元にノインが走りより、立ち上がらせ、あちこち入念に怪我がないか見て回る。エナに怪我はない。


「……その人、死ぬのに意味が欲しいんだって。私を殺せば意味になるって、言ってた」

「あなたは、辛くても笑って生きろと言ったばかりじゃないですか!」

 

 エナの言葉に、ノインは怒りを露わにした。

 どうせ、調子の良い事を言われたんだろうと思う。

 フロンは口が上手いから、話しを逸らすのも得意だ。 


「……あー、嘘じゃないですよ? 笑って生きるのは私のモットーです、悲しい顔してたら、めそめそお化けが出てくるんですって。うちの王様の口癖」

「父さんの? 初めて聞いた」

「だってあなたは、辛くはなかったでしょう?」


 ――いつも皆に守られて。


 はは、っと、笑いながらもフロンの目は冷めている。じっと見つめていたら、逸らされた。もう少し何か言ってくるかと思えば、らしくない。


「……」

「……なにか、言ったらどうですか?」

「フロンの方こそ」


 フロンは、無駄口が多い。じっとしてられない子供のようで、常に何かしていて、大人しくしている所を見た事がない。寝るのも一番最後だ、トーマスはフロンが眠っている所を見た事がない。


「私は、」

「なんでも言えよ、お前、言ってる事と考えてる事違い過ぎるんだよ。馬鹿じゃないのか、なんで死にたがるんだ? 死んだら終わりなんだろ? お前、前におれにそう言ったよな?」

「死んだら終わり。誰でも言う事ですよ、坊ちゃんの好きな冒険活劇にも、よく出てくるでしょう?」

「……お前にとって、本当に生きるのは辛いだけなのか?」


 トーマスはかがんで膝をつき、寝転んだままのフロンの頬に触れた。

 魔獣使いの痛みを、トーマスは知らない。

 魔獣使い以外、誰も知らないだろう。


「他人の痛みなんて、分からないですよねー。いいんですよ、別に。可哀想だと思われたくはないですし、気を使われても迷惑だし、どうにかできないならほっといて、なんでもない顔してて欲しいです。それにね、痛いだけじゃないんですよ、国が滅んだのも、正直どうでもいいです。私にとってはね、王様や師匠が死んだことが、あの人達が死んで私が生きてるこの状態がきついんですよ。意味が分からない。ね、そうでしょう? 私達魔獣使いは、王様に仕えるだけ為に生きてるし、その為に生きてきました。なのに、それなのに、」


 へらへら。

 いつもの軽薄な笑みを張り付かせ、フロンは喋り続けた。

 

「……なのに?」

「……意味がないじゃないですか、痛いの我慢して、生きていく意味ないじゃないですか。あの人達が居るから、頑張れてたのに。言ってくれれば、神殿でもなんでも力の限りぶっ壊すのに」


 フロンも、置いて行かれたのだ。

 大事な人に。

 全てを捧げてきた人に。

 しかしそれは、


「おれが、居るじゃないか。おれじゃダメか?」


 自分の為だった。

 自分の為に、フロンは置いて行かれた。


「駄目です。全然ダメ」


 否定されて傷つくが、立ち直れない程じゃない。へっちゃら!とは言えないが、まだ笑って話せる。


「ロイもいるぞ?」

「なんでそこで、まだ知り合っても間もない、どこの馬の骨とも知れない人間の名前が出てくるんです?」


 フロンのへらへら笑みが、ここで初めて歪んだ。

 代わりにトーマスが笑う、へらへらと。


「ロイに決めたのは、フロンだろ?」

「違います、坊ちゃんです」

「フロンだって」

「坊ちゃん、絶対に坊ちゃん」

「いーや、フロンだ。ロイに決めたのはフロンだよ。おれは美人のお姉さんが良かったのに」

「……もう、良いです」


 面倒くさそうに、フロンは呻いた。

 もっと不毛な言い争いが続くかと思っていたトーマスは、拍子抜けだ。


「ねえ、」

 

 トーマスとフロンの会話が一段落したところで、エナが割って入って来た。

 トーマスの隣に立ち、同じくフロンを覗き込む。


「これから、あなたはどうするの? わたしを、殺すの?」

「……その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。貴方はこのまま、神殿に帰るんですか?」


 ふて寝のようにフロンはトーマスの手を払い、ごろんと横になった。


「言っておきますが、あまりお勧めはしませんよ。蜜を飲みましたしね、大樹は壊したし、貴方、最後の巫女になったから、とっても大切にされますよ?」

「……」

「貴方、巫女様に何をしたんです?」


 エナは考え込み、代わりにノインが口を開いた。

 ここに来るまでの、弱々しい態度とは一変。冷静かつ鋭い瞳。今にもフロンを切り付けそうで、トーマスは緊張した。


「ええと……何ていうんですかね。どこまで貴方方は知ってるんですか? それによってどこから説明すべきか変わってくるんですが……はぁ」

 

 対して、フロンはのんきに笑った。

 何も知らないだろうと、嗤っている。


「私は、私の使命は巫女様を守る事。守る事以外、知りません」

「ははは、想像通りの答えですね。いいなぁ、そんなブレ無い生き方、憧れますねぇ~」

 

 揶揄うフロンの言葉に、ノインは拳を作った。今にも殴りかかりそうだ。


「私にとって、巫女様が全てです。貴方にも分かる筈ですよね? そんな巫女様を、貴方は私から奪おうとしました。許しません」

「その気持ち、分かりますよ。私だって許せない。でもね、私と貴方は違うから、もしかしたら許せるかもしれない。私では見つけれなかった、他の道を見つけられるかもしれない」

「勝手な事を……」

「隣の芝生は青いってね!」


 ノインの拳が、ばちんとウィンクを飛ばしたフロンのおでこに炸裂する。

無言でのたうち回るフロンに背を向け、ノインは淡々とエナの手を引き、フロンから距離を取った。エナはフロンを見ているが、かける言葉はないようだ。

 

「……大丈夫か?」

 

 おでこを抑えたまま、フロンは答えない。

 さっきまでふざけて笑っていたのに、トーマスの声を聞いた途端、表情が消えた。


「なあ、帰ろう」


 フロンは答えない。そっぽを向いたまま。

 拒絶されている。

 だが、これぐらいではめげない。

 国が滅んだと聞いた時の苦しみに比べたら。

 それも、トーマス以外は皆知っていて、トーマスに隠れて準備をしていたと知った時に比べたら。


「帰るぞ、フロン」


 差し出した手は、見られることもない。

 存在自体を拒否。

 覚えのある光景だ。


 ――『行きますよ坊ちゃん』

   『嫌だ』


 部屋の片隅で丸くなったトーマスは、フロンを拒否した。

 裏切られたと思ったし、裏切ったフロンが許せなかった。怒りしかない。己の無力さがみじめで、全てがどうでも良くなっていた。

 身体を丸め込み、無視を貫くトーマスに、フロンは早々に白旗を上げた。


『我儘、言わない♪』

 

 にこやかに微笑んで、フロンはトーマスを持ち上げた。


『やめろ化け物女!』

『あっはっはっは! 貴方に何を言われてたって、私は傷つきませんよ。だから安心して暴言吐いて、すっきりして下さい』


 どんなひどい事を言われても、傷つかない。

 鋼の心の持ち主アピールか、違う。トーマスはみじめさに震えながら、言った。


『馬鹿に、するな。馬鹿にするなよ……』


 対等な存在として、扱われてないからだ。トーマスが何をしたところで、フロンの心には響かない。

 いつだってそうだ。いつでも、フロンはトーマスを弱い存在として扱う。

 

「なあ、フロン」

 

 そんな、ちょっと昔のある日の事を思い出しながら、トーマスはフロンの横に座り込んだ。


「お前はさ、おれが破壊竜を倒すって決めた時、坊ちゃんがそう言うなら、って言ってくれたよな。あれは、嘘なのか?」

「……嘘じゃないですよ、何でもよかったんです。坊ちゃんが動いてくれるなら、何でも。破壊竜じゃなくて、神殿を滅ぼすでも良かったんですよ、私は。むしろ敵討ちという意味では、神殿を打ち滅ぼしに行きたかったですね」

「今からでも遅くないぞ」

「冗談。殺戮者はごめんですよ」

「……巫女様を殺そうとしたくせに、よくも言いますね」

「あはは、巫女の役目は判定すること。その子は、ただのお人形さんじゃないですか。上手く調整したもんです」

「貴様!」

「良いの。自分でよく、分かっているから。だから――」


 神殿には、帰りたくない。


 エナは言葉にできなかったが、その気持ちはノインに良く分かった。フロンにも、トーマスにも。

 固く結ばれた唇、決意の瞳。

 とても帰れるのを喜んでいる表情ではなかった。


「この子、人形じゃないよ、ちゃんと自分の考えを持ってるじゃないか」

「感情がないから人形って、言ってるんじゃないです。与えられた役割通りに動くから、人形」

「それならおれだって、王子だし?」

「もう滅んだ国の、でしょ。お役御免ですよ、おめでとー」


 いつもと変わらずにへらへらしているフロンを、トーマスは相手にするのをやめて、エナの方へと顔を向けた。


「……なあ、なんでおれの国を滅ぼしたんだ?」

「!」

「お前が、裁定したんだろ?」


 ずっと聞きたかった、裁定の理由。

 それは、


「あなたの国の王が、神殿に反逆したから」

 

 王の反逆。

 王はずっと、神殿に対して、疑問を持っていた。

 

「何で?」


 それは、フロンに向けられた問い。

 フロンはのそりと立ち上がり、言った。


「貴方の為ですよ。貴方だけじゃない、未来の為。王は、そう言ってたとの事です」

「何で伝聞系?」

「直接聞いた訳じゃないですから。私だって、置いてかれたんです」

 

 ぱんぱんと服の砂を払い、フロンは髪をかき上げた。

 芝居かかかったその仕草に、トーマスはフロンってカッコつけだなー、と、改めて思った。

そう指摘した所で調子に乗るだけだけなのは分かっているから、トーマスは黙って先を促した。


「王はね、人々に自由に生きて欲しいそうですよ。笑っちゃいますよね、放り出された所で、どうすればいいのか……実際、訳も変わらずに死んだ民だっている」

「意味わからん」

「人はね、生まれながらに役割があるそうですよ」

「よく聞くな」

「馬鹿々々しいと思いませんか? 人形じゃないんですからね、私達は。……でも、まあ、分かるんですけどね。確かに混沌の中じゃ生きづらいです。秩序がないと、共同生活って難しいですよねー」

「そういう話なのか?」

「大本はね、多分、そんな単純な話ですよ。ただ、私はそれが我慢ならないし、王は許せなかった……だから、秩序の番人である神殿につぶされました」


 ちゃんちゃん♪


 物語を締めくくるのによく鳴る音楽を口ずさみ、フロンは笑った。


「さあ、どうしますか坊ちゃん? 王様の意思を継ぎますか? それとも、」

「初めから言ってるだろ、おれは破壊竜を壊す!」


 挑むようなフロンの物言いに、苛立ちながらトーマスは言った。


「現実的では、ありませんねぇ」

「じゃあなんでお前はここに来たんだよ! ロイまで雇ってさ、破壊竜を倒す準備じゃないのか?」

「私がここに来たのは、巫女を殺す為と、私の後継を任せるためですよ」

「巫女様は私が守ります」

「あははは、とりあえず巫女暗殺は失敗ですね。とりあえず、今日の所は帰りましょうか」


 なんでもない様に、フロンは言った。あまりに普段通りのノリだったから、トーマスはこくりと肯いて――我にかえって、拳を握りしめた。


「なあフロン。帰る前に一発殴らせろ」

「えー、嫌ですけど……仕方ないですね。大人しく殴られましょう!」

「なんでそんなにテンション高いんだよ……」

「すっきりしたから、でしょう?」

「あははは、冷たい妹ですねぇ。そんなクズを見るような目で言わなくても」

「「「……」」」 


 皆の視線を集めて、フロンは照れたように頭をかいた。

 「えへへ☆」なんてわざとらしく可愛い子ぶるから――トーマスは全身の力を込めて、フロンに体当たりした。

 体当たりされてあっさりと倒れて、フロンは声を出さずに笑った。トーマスは静かに身体を震わすフロンをぎゅっと抱きしめて、頭をぐりぐりと擦り付ける。

 その二人の様子は母犬と子犬のようで、ノインは腹立たしい9割で眺めた。残りの1割は、もやもやとして言葉に出来ない。

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