リンドブルム ~大量破壊兵器の壊し方~

杉井流 知寄

第一話 降り立った三人

 聖都。世界の中心であり、最も栄える都。この都で手に入らぬ物はなく、集まらぬ情報はないという。

 また白き神の城とも称される程に美しい、聖なる城ヴァイス・レジデンツ。一目見ようとばかりに、世界中から人々が集まる。世界の人々がこの地に集い、そして帰っていく。

つまり、この聖都から行けぬ国はない。


「なー、フロン。この串すげぇうめぇ!!」

 

 一人の少年が、屋台の串に夢中で食らいついた。

 茶色い髪の少年で、一見どこにでも居そうな旅装束の少年だ。ただ少年のたれ目は金色で、琥珀のように輝いている。


「美味しい、ですよ、坊ちゃん。可愛い顔してるんだから、そんな乱暴な言葉使ったら可笑しいですよ」


 どうでも良さげにたしなめるのは、フロンと呼ばれた女性。

 少年と同じく旅装束で、茶色の肩の辺りまで伸びた髪を緩く束ねている。

  

「どーいー意味だ!!」

「そのままの意味です。あと、串振り回すの止めてください、タレが散って地図が汚れます」


 口では汚れるからやめろ、と言いながらも広げた地図を、タレから自身を守るように少年に向けたフロン。

 

「……貴重な地図を汚すんじゃない。お前らなぁ、聖誕祭でただでさえ人が多くて俺は死にそうなんだ。真面目にやってくれ」


 隣でぐったりと座る男の言葉に、少年は不満げに頬を膨らませた。

 男の名はロイ。

 二人を護衛する傭兵である。


「ふざけてるのはフロンだけだろ、おれはいつでも真面目だ! ……ところでこの肉美味しい、今まで食べた中で三番目ぐらいに。何の肉なんだ?」

「そこの小鳥の肉ですよ」


 フロンは地図を下ろしながら、言った。

 少年が見れば、そこにはちゅんちゅんと鳴く真っ白な小鳥達が、不恰好に舗装された路を、餌がないかとあちこち突いている。


「可愛い鳥だな」

「聖鳥ルフです。この島にしか居ない鳥なんですよ」


 聖鳥という響きに、少年は眉を寄せた。


「……そんな鳥、食っていいのか?」

「駄目ですよ、本当は。余所で言っちゃあ駄目ですからね、生真面目な神官兵だと捕まりますから」

「…………ここでは、良いのか?」


 交互にフロンと小鳥達を見やり、最終的には小鳥に止まって、少年は最後の一口を噛みしめながら尋ねた。


「公然の秘密というヤツです。昔から貧しい庶民は食べてましたし、それで捕まったりもしてたみたいですけど、まあ、飢え死にしろとは言えませんよね」


 能天気にフロンは語ったが、実際はどんな理由であれ、食した者は激しく処罰された。現在でも聖鳥を食うなどとんでもない!! と、神殿内では禁忌である。が、ここは神殿から遠く離れた市民街。観光客や行商人、彼らを護衛する傭兵達で賑わう歓楽街では、ルフ鳥はよく出された。


「……今日は、どうするんだ? このまま船に乗るのか?」


 純真な少年に嘘……とまでは言えないが、なんともグレーな話をするんじゃないと頭を悩ませつつ、ロイは会話を切り替えた。

 が、


「折角だから祭りが見たい!!!」

「観光しに来てるんじゃないですよ、私達は」

「でもさ、ここからどこに行くかも決めてないだろー、ゆっくり決めたらいいじゃないかー」

「そんな事はありませんよ、大体の候補は決めてます。やる事は決まってるんですからね、」

「嫌だ、観光したい!」

「全くもう、しょうがないですねぇ」

 

 口ではたしなめるような事を言いながらも、フロンの顔はにやついて、少年の顔もにやにやとしていて、お互いにじゃれ合っている。


「……はぁ」


 そんな、のんびりとした旅なのだろうか。

 話を振ったロイは一人、ため息をついた。

 ロイが初めてこの二人と出会ったのは、多くの人が行き交う賑やかな街道沿いの町。 

 そこで馴染みの宿の亭主から、お前を見込んで、と神妙な顔で頼まれた仕事がこの二人の護衛だった。期間は無期限。目的を果たすまで、何年かかるかも分からない旅だと言われた。最もフロンは笑いながら、最期まで付き合う必要はないと言っていたが……。

 聖都に来たのは、少年たっての希望だった。

 彼は生まれてから一度も故国を出た事が無く、だからこそ世界の中心と称され、自負するこの都に来たがった。

 彼はトーマス・フォン・リーンバルム 。

 先日突如一夜にして滅んだ、リーンバルム公国の王子である。

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