第二話 抜け出した少女

 聖誕祭。

 神が生まれ、この世界が創造されたとされる日。

 この日から12日間かけて、神はこの世界を創られた。

 そう神話が謡うから、聖誕祭は12日間続く。

 今日はその、3日目。

 初日の熱気ほどは無く、しかしまだまだ祭りは始まったばかり。神殿は聖誕祭の行事に追われてぴりぴりと、街は始まったばかりの祭りにそわそわと、いつに無く活気に満ち溢れていた。

 祭り目当ての観光客も多く、都は人で溢れている。

 つまりは、今日は絶好の、家出日和。

 木を隠すなら森の中。

 昔からの格言にならい、巫女見習いであるエナは、多くの人で賑わう神殿からこっそりと抜け出した。

 普段、神官と巫女と信者にしか開放されない神殿は、祭りのごくわずかな時間、一般人にも開放される。荘厳なる神殿も、この時ばかりは人々の熱気に包まれた。

 監視の目を潜り抜け、神殿から出た瞬間。

 エナは頭とうなじ、腰に、中から突き刺すような鋭い痛みを感じた。しかし、なんでもない風を装って、エナは進む。

 深く巡礼者用のフードを被り、街へと帰る集団に紛れ込む。

 神殿を出たその後。 

 どこに行くのか、エナは決めていなかった。それはそうだ、神殿の外に何があるのか、全く知らないのだから。

 兎に角人の流れのまま、道なりに進んで、エナは市場に出た。


「安いよ~安い!!」

「今日は特別価格だよ!」

「めでたい聖誕祭だ!」

「記念にこのメダルはどうだい~?」

 

 初めて見る市場の活気に、エナは圧倒された。

 人人人。赤青緑黄橙紫と様々な色。白で統一された神殿とは、全く違う。


「ちょっとぉ、危ないじゃないかい、急に止まらないでおくれよ!」

 

 急に立ち止まったエナに、すぐ後ろを歩いていたふくよかな中年の女性が声を荒げる。


「ご、ごめんなさい……」

「気をつけなよ、全く! アンタみたいな細い身体だと、ちょっと触っただけでふっ飛ばしそうだよ! あっはっはっは!!!」


 身を竦めながらエナは振り返り、謝る。おばさんは気のいい笑顔で、ばしばしとエナの肩を叩いて笑いとばした。


「聖誕祭は初めてかい、お嬢ちゃん?」

「は、はい」

「この時期は人が多いからね、気をつけなよ。祭りで羽目を外す人間も多いし……まあ、今年は静かな方だけど」

「こんなに賑やかなのに?」

「ほら、リーンバルム公国が滅んだだろう? 今時国が亡ぶなんて珍しい話じゃないけど、あの国は特別だからねぇ」

 

 元は一つの世界であったとされるが、現在では数百に国家は分かれている。そしてここ近年は大国同士の領土拡大の動きが激しく、日々勃興が激しい。大国では新たに獲得した領地を、直接統治下には置かず、将に所領として与える。その所領が、公国、あるいは伯国としてどんどん建国していく。まるで数を競い合うかのように。


 そんな世界にも、歴史ある国家は存在する。特に神の寵愛を受けた聖人達が興したとされる12の国家。リーンバルム公国は、その選ばれし国家の一つだった。


「……」


 その国の名に、エナは唇を噛みしめた。

 かの国は、彼女にとって大きな意味を持つ。


「おっと、折角のお祭りだっていうのに、暗い話をしちまったね! ごめんよお嬢ちゃん! 祭りを楽しんで頂戴ね!!!」


 ふくよかな女性は、足早に去っていく。彼女も忙しいのだろう、きっと帰るべき家があって、子供たちが、旦那さんが待っている。野菜が沢山はいった籠を持っていたから、きっと大家族に違いない。


「……」


 少しだけ、羨ましい。きっとあのおばさんは料理上手だ、それが羨ましい。豪快な笑顔がなんでも吹き飛ばしてくれそうだなんて、思ってない。その胸で泣いて、頭を優しくなでて欲しいなんて、全く以て思ってない。

 フードを深めにかぶり直して、エナはゆっくりと歩きだした。


「……っ」


 痛みは、ずっと続いている。

 神殿を出たから当然だ。

 この痛みは、罰なのだから。

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