第四話 講義の時間

「いいですか、そもそも『魔術』とは、ルフ教にとっては悪魔に魂を売った者のおぞましい業です。魔術そのものが禁忌とされ、忌避されます」


 お遊びの要素は一切無し。

 真面目な顔のまま、フロンは言った。

 フロンは玄関からすぐ横の、応接間のような部屋に陣通り、講義を始めた。

 向かい合わせでフロンとトーマスが座り、トーマスの横にロイが座った。


「でもさ、ここでも魔術ってすげー使われてるぞ?」

「ここでは、それを『奇跡』っていうんです。私たちからすれば原理は同じですけどね、ちょっと違うんです」


 懐から赤い宝石のはまったペンダントを取り出し、フロンはロイに向き直った。


「ロイさんなら、これが何か分かりますよね?」

「……魔石、だろう? 中に印が入っているし……だがやけにでかいな。お前、神官なのか?」

「まさか」


 ここで初めて、フロンはいつもの、人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。


「私は魔獣使いだと、初めてお会いした時から言っているでしょう? 私が神官なんて、笑っちゃいますね」

「魔獣使いの方が、笑えると思うが……」


 まさか本気で魔獣使いだと言っているのか?

 ロイの声に出さない問いかけに肩をすくめて、フロンは講義を続けた。


「まあ、無駄話になっちゃいますから、私の事は放っておきましょう。それよりも、これはロイさんがおっしゃったように、魔石と言われてる物です。我らが 公国ではただの綺麗な入れ物ですけど、他の国では違います。これは『奇跡』に欠かせない必需品。ここに魔力を溜めて、魔術を使うんです。それを『奇跡』と呼ぶんです」

「? 同じ、魔術だろう?」

「ここでは、魔術と口にすれば捕まりますよ。ルフ鳥食べた事よりもずっと、重罪ですからね」

「なんで?」

「魔術は、神によって禁じられた知識ですから」

「……だから、おれの国は滅ぼされたのか?」

「!」


 神妙な顔のトーマスから飛び出した言葉に、ロイは一瞬思考停止した。しかし、即座にそんな訳がないと否定する。

 そして従者は笑って否定した。


「あははは、だったらとっくに滅ぼされてますよ! ルフ教ができてからもう何年経ってると思うんですか?」

「知らん!」

「更に言うなら、我らの祖は 聖人の一人。ルフ教とは縁が深いんですよ」

「知らん知らん!」


 笑われた為か、トーマスの頬は赤い。ちょっと涙目にもなっている。


「たしか、千年ぐらいか?」


 助け舟を出すと、フロンは次にロイに水を向けた。


「正確には、千年飛んで十五年です。十五年前の千年祭は、それはもう大層な盛り上がりだったんですけど、知らないんですか?」

「信者じゃないしな」

「世界の唯一神なのに?」

「神は信じない主義だ」

「信じるのは己だけ、ですか。そこは傭兵っぽいですね!」

「……」


 からかいには乗らない。

 ロイは無言で肩を竦め、先を促した。

 実を言うと、はっきりと覚えている。信者ではなくてもルフ教は世界最大の宗教である。千年祭は世界規模で盛大に行われ、当時はまだ子供だったロイにとって、それまで経験したことのない規模の祭りだった。

 いつもの聖誕祭は一週間程度の長期休みだが、千年祭では一カ月に及んだ。流石に父の仕事はそれ程の休みにはならなかったが、例年に比べるとずっと家に居て、たくさん遊んでくれた。

 母が作る料理も、普段よりも豪華だったのを覚えている。 


「話を元に戻しましょう」

 

 手元の魔石を転がしながら、フロンは続けた。


「魔石の元も禁忌の知の一つなんですが、今は省略します。それよりも、魔術が禁忌とされる理由ですが、それは魔術と奇跡が同じものだからです」

「?」


 トーマスはぽかんとしている。それはそうだ、さっきからずっと同じことしか言っていない。おまけに魔術が禁忌ともてはやされるのは、ここ聖都と周辺の大国だけ。聖都から離れる程に、魔術と奇跡は混ざっていく。


「神の御業を人が使う。それが、大罪なんですよ。で、坊ちゃんは魔術は使えませんが、見る事は出来ますよね? それ自体も魔術の一つなんです。だから、今まで以上に気をつけてくださいね。同じ奇跡は相手も持ってますから、逆にこちらが調べられてしまって、奇跡の不正使用で捕まってしまいますから」

「へー」

「ちゃんと危機感持ってください。捕まったら、今の時期だと恩赦が出るかもしれませんけど、面倒くさいんですからね」


 面倒くさいで済むんだろうか。

 ロイは胡乱気な目でフロンを見たが、フロンは笑みを浮かべたまま続ける。


「坊ちゃんがこれから気をつける事は二つ。一つは魔術、魔獣と言った言葉を使わない事。もう一つは、魔術を見ないこと」

「……言葉は気をつけるけど、魔術を見ないのは無理だって。見たくて見てるんじゃないし」

「船の中で沢山練習したじゃないですか。大丈夫です、心を無に。慣れたら簡単ですから」

「お前と一緒にするな!」

「慣れですよ、慣れ。剣の稽古と一緒です。身体に染み込ませればいいんですよ」


 簡単に言うなぁ、と二人を見ていたら、フロンがごろんと魔石のペンダントをロイの元へ転がした。


「……何のつもりだ?」

「追加の仕事料です。坊ちゃんの修行の師匠になってください。私じゃ剣を教えれませんし、魔術を見ない練習にも付き合えません。魔力は満タンですから、その魔石はかなりの価値になりますよ? 売らなくてもあなたの心なら、簡単な奇跡は起こせますから」


 例え使い切った後の魔石だろうと、これ程の大きさだ。価値は計り知れない。


「分かった、良いだろう」

「本当か!?」

  

 フロンよりもトーマスが食いついた。


「本当に、本当だな?」

「報酬も貰ったからな、仕方ない」

 

 子供のお守りなんて、本当はごめんだが、仕方ない。

 あれだけの魔石だ。どこに売ってもかなりの額になるし、場所を吟味して売れば、一財産築ける。断る理由はない。


「では、さっそく始めてください。良いですか、ロイさん。坊ちゃんが魔術を見る時は、眼が光ります。光った瞬間に、ぴしりとはたいてください。魔石ではたいたら効果抜群ですが……まあ、私が改めて言うまでもないですよね?」

「いちいち嫌味な奴だな、お前は」

 

 分かっている、これ程大きな魔石だ。誰彼構わずに見せびらかすのは良くない。ロクでもない奴らを吸い寄せてしまう。


「じゃ、よろしくお願いします」


 フロンは立ち上がり、深く一礼した。両手を添えて、何秒か頭を下げた。

 そこにいつものふざけた軽さはなかった。最もフロンから遠い、誠実さと真摯さを感じた。


「お、おう」


 ロイが面食らっていると、フロンの顔は途端に歪んだ。

 

「何ですか、その頼りない返事は。不安になるじゃないですか」

「大丈夫だって、フロン。ロイは良い奴だ!」


 ロイに胡乱気な眼差しを向けたままフロンは、トーマスの言葉に黙って肩をすくめ、部屋を出て行った。


「……」


 何やってんだ俺。ださ。子供にフォローさせてしまった。

 ロイは頭を抱えた。

 戸惑ったというか、見惚れたというか。いや断じて見惚れてなんかいない。いつもふざけてばかりのヤツが、少しばかり真面目な顔をして頼み事をしてきたからだ。クソ、だから不真面目な奴はお得なのだ。少しだけ真剣な顔をして見せれば、簡単に騙せられる。

 そんなロイの葛藤を知ってか知らずか、トーマスは能天気に笑った。


「ダサい返事したからって、落ち込むなよ! その内良い事あるって。今日の夕ご飯は絶対に旨いだろうし、楽しみだな!!」

「……そーだな」

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