第5話:共闘

 一つ。二つ。ビルの壁を斜めに蹴飛ばし、的を外す。

 そして三つ。スピードを殺し、受け身ついでに転がった。動きを止めずに立ち上がると、すぐに駆け出す。

 慌しい足音が集まり、次いで複数の銃声。とても統率が取れているとは言い難い。深夜の裏通りとはいえ、街中でこの調子とは。随分急いでかき集めたらしい。

 銃撃の合間を縫って、ゴム弾をはじいていく。狙いはプロテクターの隙間。喉や手足の関節部へ撃ち込み、しばらく動けない程度のダメージを刻んでいった。


「多いな。煽りすぎたか」


 ひとりごちる俺のすぐ後ろに、軽い靴音と共に件の女が着地する。見たところ外傷は無さそうだ。全て避けてきたのか、それとも。


「ついてくんなよ」

「元は、あなたのせいでしょう」

「違うね。あんたが、やたらめったらぶっ放すからバレたんだ」

「このっ……」


 女が銃を構えてこちらを睨みつけるが、その上から降ってきた弾幕に、慌てて飛びのく。この状況でまだ、俺を狙ってくるのか。

 助けを求める相手がおっちゃんだったり、問答無用で俺に向かってきたり。人間に害をなす特異種と喧嘩がしたい、という事なら、方向性を間違えている。

 鉛の雨をするするとかわして移動しつつ、注意は女の持つハンドガンに向けておく。何しろ俺の肩を溶かした銃だ。組織の方は、持っていたとしてもあの毒矢程度だろう。あれはもう俺には効かない。


 せいぜい、この世の不幸を背負い込んだような顔をした、隣の女が千切れ飛ぶ程度だ。そう、訳もわからないまま、あいつに似た顔の女が一人、俺の前から消えるだけ。

 組織の連中の放った弾の一つに、女が小さな悲鳴をあげた。掠り傷ではあるようだが、その肩から流れているのは、紛れもなく赤い血だった。

 おいおい、まだ血が出るのかよ。こいつの身体は、サクヤと同じであまり頑丈には出来ていないんじゃないのか。毒矢なんかを使わなくても、簡単に壊れるような。


「ああくそ、冗談じゃねえ」

「なんですか……いきなり叫んで」

「さあな。右だ、走れ」

「は?」

「後でいくらか話を聞かせろ」

「何を言って」


 女が言い終わる前に、細い身体目掛けて撃ち込まれた弾丸を背中で受ける。怪訝そうな瞳から、視線を逸らした。


「このままじゃ寝覚めが悪いんだよ」

「……どうして、あなたが」

「ぐずぐずすんな。走らねえと撃つ」

「は? めちゃくちゃです!」


 背中を押して無理矢理に女を走らせ、それに続く。俺は一体、何をやっている。

 あえてマシンガンを戻し、撃たせて組織の連中をおびき寄せる。混乱に乗じて姿を隠せば、後はで適当にやり合ってくれれば良い。

 群がってきた人数が多かった事以外は、思惑通りに進んだはずだ。自分でかき回して、自分でまとめようとしているなんて。ヤキが回ったどころではない。

 サクヤに知られたらコトだぞ。怒涛の文句とあわせて、しこたま弾丸をもらいそうな展開だ。それも、コメカミとか眉間とか、嫌な感触のところを狙われて。


 大体、こいつを助けてどうする。厄介な事になるのは火を見るより明らかではないか。俺にそんな暇があるのか。何の為に、進んで汚れ仕事ばかりしてきたのだ。


 ぐるぐる回る思考とは裏腹に、身体は最適解を出し続ける。

 ゴム弾から実弾入りの銃に持ち替え、右から飛び出てきた戦闘員の肩を撃ち抜く。上から乱射される弾丸に目を凝らし、居場所を特定した順にヒットしていった。


「悪かったな」

「脅したり謝ったり、本当になんなんですか」

「さっきのは間違いだ」

「間違い?」

「これはあんたのせいだ、ってやつ」

「よく、わかりません」

「とりあえず謝ったからな」


 後ろに五人。左に二人。右に三人、上にわんさか。一点突破で脱出を試みているものの、次々と沸いてくる。

 本当に俺一人に対してこの人数だとしたら、買い被りも良いところだ。だがもし、前を走る女も織り込み済みだとしたら……しばらく忙しくなりそうだ。


「へえ、遠くからじゃやれねえと思ったか。悪くない」


 前方に現れた影は三つ。両刃のブレードやら、棘のついた棍棒やら、肉厚の巨大な斧やら。それぞれに凶器を担いだ体格の良いやつらが駆けてくる。


「前時代的だねえ。どっから持ってきたんだあんなもん」

「喜んでいる場合ですか」

「全くだ」


 仲間が突っ込んでくるというのに、銃撃は止むどころか勢いを増している。玉砕覚悟にしてはお粗末過ぎるが、そうではないらしい。

 近接戦を選んだやつらには、弾が通らないのだ。遠巻きに射撃を続ける連中より分厚いプロテクターと、継ぎ目の見えない黒スーツ。女の持つマシンガンでも、倒しきるには手間がかかるだろう。


「あんたさ、実はめちゃくちゃ怪力だったりしねえの? あの斧くらいなら片手で十分とか」

「ふざけないで」

「だよな。じゃあ外野は任せた」

「外野って」

「中身はあんたの好きなフツウの人間様だ。死なねえ程度に加減しろよ」

「そんな、簡単に」


 右へ三発。左へ一発。立て続けに黒い影をはじく。ついでに後ろ、一番前に出ていたやつの太股にもう一発。


「な、簡単だろ?」

「な……」

「一人も死んでねえよ、多分」

「やっぱり、あなたが一番危険です!」

「いいからちゃんと削っといてくれ。振り向いたら真っ黒なお友達が百人で肩組んでました、なんて洒落にもならねえ」


 冗談めかして言うと、「数分稼いでくれりゃいい。あんたも勝手に死ぬなよ」と付け加える。銃をベルトに収め、スピードを上げた。まずは小回りの利きそうなブレードのやつだ。


「斧を片手で、とはいかねえけど」


 真上から振り下ろされる金属板を左にかわす。そこから跳ね上げられるように繰り出された薙ぎ払いを、しゃがみこんでやり過ごした。

 地面についた右手を軸に、左足を真横に振り抜く。男の右足がおかしな方向に曲がり、絶叫が木霊する。


「うるせえな、お大事に」


 転がったブレードを拾うと、後ろから振られていた棍棒を受け止めた。鍔迫り合いのようにはせず、ふい、と身を引く。

 バランスを崩した相手に、ハイキックをお見舞いする。加減はしたつもりだ。俺だって、人間の首を蹴り飛ばしたくはない。


「がっ……あ」


 昏倒した男の手から離れた棍棒に武器を持ち替え、走る。巨大な斧を両手で構えたアレとやり合うには、ブレードでは役不足だ。こっちなら、一撃くらいは受けられるだろう。

 斧を斜めに振り上げたそいつの両腕に力が入る。ごう、と低い音を立てて乱暴に向かってきたそれを、飛び退いて避けた。


「意外と速い、か」


 構えるまでの動作は緩慢で、簡単に間合いを詰められそうに見えた。しかし、そう楽をさせてはもらえないらしい。


「両手が使えりゃこんなヤツ、とか雑魚いコト言ってみてもな」


 トントン、と足先を鳴らす。ぶらりと揺れる左腕が邪魔くさい。再生する兆しが見えれば、いったん引きちぎって捨ててやるところなのに。

 後ろも騒がしくなってきた。ちらりと視界に入れると、やはり上にいる連中に手を焼いているようだ。


「躊躇してる暇はねえな」


 棍棒を一振りして感触を確かめ、突っ込んだ。俺の突進にあわせて、巨大な斧が水平に構えられる。

 どっしりと腰を落とした姿は、一撃に賭けている、といったところか。それとも、外して反撃を受けても、沈まない自信があるのか。


 右足を出す。半身になったやつの左足が、じり、とこちらを向く。

 左足を前に。斧を掴む両手に余計な力は入っていない。ただその時を、万全の姿勢で待っている。

 そしてもう一歩。踏み込んだ右足で、やつの間合いへ。


 風を切って迫る金属塊。真っ二つにするつもりかよ、冗談じゃない。跳躍し、棍棒を斜めから斧にあてがう。

 鈍い衝撃と、金属を擦り合わせた嫌な音。ひしゃげた棍棒を犠牲に、強烈な一撃を空中でいなし、斧を飛び越えて懐に転がり込む。どっしりと落とされた膝を踏み台に駆け上がり、顎に蹴り足を突き刺した。


「本当に沈まねえのかよ。てめえ、ちゃんと人間だろうな」


 悪態をつき、起き上がりかけた顎に蹴りをもう一発。着地して、ふう、と軽く息をはく。残念ながら休んでいる暇は無い。崩れ落ちて動かなくなった斧やろうに、一瞥をくれる。


「もし違ったら、次はこんなもんじゃ済まさねえぞ」

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