第11話:決意
辺りは静寂に包まれていた。
サクヤの一言から、数秒間。誰も口を開かず、身動きすらしない。
「なんの事かな」
その中で、教授が口を開いた。事も無げに。いつも通りの口調で。
ぴりりと張り詰めた空気に気付いていないはずは無く、それが更にサクヤの神経を逆撫でしたようだ。
「えへへ。片腕もげてぴんぴんしてるレックスがそこにいるのに。はぐらかすと刺しちゃうよ」
ぶん、とナイフを振って、彼女がもう一歩前に出た。
おいおい。俺よりキレてるじゃねえか。相手の手が見えない内に、不用意に前に出るなよ。引き金に指をかけ、動向を見守る。教授が動くのなら、撃つ。
「不満そうだね。君も喜んでくれると思ったが」
「ナルカミさんの銃。あれで撃っても片腕程度とか。話がおかしいよね」
「さて、どんな話だったか」
「あははムカつく。やっぱ刺してからお話しようか? 私のアレはもう使わないって言ったよね? っていうか使えないようにしたはずなのに」
「おい待て、話が見えねえ」
本物の特効薬を作ってたんじゃねえのかよ。レックスとラプトルの壊れ具合だの、アレをもう使わないだの。どういう事だ。サクヤのやつ、何を聞いている。
「ほう。ナルカミ君。今の君の顔を鏡で見せてやりたいな。話していなかったとは、サクヤ君もなかなかの曲者だ。よし、一つ私が説明してあげよう」
「余計な事しなくていいから。質問にだけ、したり顔のアホ面で答えて。せんせ」
かぶりを振って、教授が口元をニヤつかせる。
こういういやらしさでは、この大先生に敵うヤツはそういない。相手が嫌がるとわかれば、自分の利益も二の次に、率先してそれを選ぶような輩だ。
そして、尻拭いはまとめて他のやつにやらせるのだ。
「この子はこれでなかなか優秀でね。様々な研究の中心に立って頑張ってくれていたんだよ。ああ、それは知っているか。そしてその中に」
「例の薬があった」
「その通り。それも知っているんだったか。君はねずみか何かかね。どこにでも現れて端をかじっていくものだから厄介だ。まあアレは、流石に気付いているだろうが、ただの試薬だったわけだが」
「その裏で本物の研究がされてたってんだろ」
「ほう。話が早くて助かる。しかしその更に裏で。いや、これは裏の裏というとんちではなくてね。より深く、裏側というのかな」
「ちょっと二人ともやめてよ。ナルカミさん、お願い」
泣きそうな顔でこちらを気にしているサクヤには悪いが、ここは聞いておかなければいけない。
俺が掴んだと思っていたネタが、全く別のものに化ける恐れもある。
「サクヤ君達は、どうして突然変異にちゃんと効くものを世に出せたと思うかね?」
「そりゃあ。調べたんだろ、サンプルだのなんだのをさ」
「そのサンプルはどこから入ってくる? まさか阿鼻叫喚の現場に出向いていって、君はもう助からないから実験台になってくれ、とお願いしたとでも思うかね?」
「チームの頭があんたなら、そうすんだろうけどな」
「ははは確かに。個人的にはそうしたモノのいくつかを使いもしたが、もっと自由に使える必要があった」
「ごめんなさい。ナルカミさん」
やめてくれ。なんで謝ってんだよ。
「つまり?」
つまり。
この先を俺が口にするよう、仕向けているのか。ふざけやがって。
片鱗はあった。赤目の怪物。レックスとラプトル。
しかしそれは、組織が割れてから、教授だとかの元々おかしかった連中が続けたものだと思っていた。
根は、想像よりずっと深く張っていたという事か。
「つまり。サンプルも、あの当時から中で造ってた」
「サクヤ君を中心にね。なにしろ彼女は優秀だ。あくまでも当時は、だが、彼女が最もこの件に精通していた。本当によくやってくれていたよ。流石は研究一筋。最も優秀で、最も頭の壊れた――」
「黙れよ。大体わかった」
「ほう。今の今まで騙されていた事にようやく気が付いたか。それは良かった」
サクヤは、賢者の意志にしてもそうだし、裏側の研究だってやっていた。その上、コレに詳しすぎるとなれば、少し考えを巡らせればわかった事だ。
俺は何も成長してねえな。最初はあいつ。今度はサクヤか。全く。
「で、あいつはどこだよ。この奥か? それとも俺には恥ずかしくて会いたくねえってか?」
「まだ話の途中だと思ったが。サクヤ君の一世一代の告白を無視する気かね?」
「外野が何言おうとどうでもいいんだよ。俺は、俺の見てきたこいつを信じる」
「それはそれは」
教授の口元は笑っているが、視線の温度が急激に冷えていく。
どうやらお気に召さなかったようだ。ざまあみやがれ。
「だから泣くなよ。大丈夫だ」
ぐしゃぐしゃと、俯いたサクヤの髪をかき混ぜる。
一つずつだ。いくら取りこぼしても、目の前をちゃんと見ろ。その先に何が出来るか、考えろ。
「いたいよ。ばか」
ああ、銃を握ったままだったか。どうにも格好がつかねえな。
「とりあえず、今ここにはいねえなら、そういう事なんだろ。そんならいいや。早く消えろよ」
「ほう」
眼鏡を持ち上げて、教授が溜め息をつく。たまには素直に面白くねえって言ってみろよ。
「君の大事な人が、私の手の中であれこれ吹き込まれて壊れていくとしても、早く消えろという事で良いのだね。とんだ合格点だ。実に笑える。それではお言葉に甘えて退散しようじゃないか。ああ、安心していい。そこの出涸らしに用は無いし、特に細工もしていない。ははははは」
「あーうるせえうるせえ。黙って消えろよ。それからお前ら、本当についてくヤツ間違えてんぞ」
レックスとラプトルに声をかける。無駄かもしれないが、どうにも出来の悪い弟のようで放っておけない。
「ナルカミさん」
「お。なんだよレックス」
「僕の話も、忘れないで下さい。この借りは必ず、あなたの首を落として返します」
僕の話を忘れるな、か。
――二人とも、丁重におもてなししています。
なるほど。全く無駄って訳でも無かったか。世話は焼いてみるもんだ。
なんて、あんまり嬉しそうにすると、保護者の大先生にバレちまう。
「今度は腕だけで済むと思うなよ。ベイビーレックス」
先と同じ挑発に、レックスは小さく口の端を持ち上げた。
随分いい顔になってんじゃねえか。次は本当に、首ごと持ってかれるかもしれねえな。
「ああ。言い忘れていた。もう一つ」
「まだ喋んのか、うぜえ」
「そう邪険にするものではない。というより、これは大サービスだ」
よく言う。こいつの大サービスなんてのは、こっちを苦労させる為にしか存在しない。
「彼女も頑固者だが、ようやく少し心を開いてくれてね。アレの在り処がわかりそうなんだ。君は世界を元に戻すだとかなんとか、言っているようだが」
「……どうする気だ」
「さて。一つか二つ。手を加えて改良してやろうというだけさ。そうすれば世界はもっと面白くなる」
「てめえ」
にやついた口元を取り戻して、教授が続ける。
「せいぜい辿り着いてくれたまえよ。何事にも、適度な刺激は必要だ」
「はっ、もうこりごりですって言わせてやるよ。せいぜいアホ面さらして待ってんだな」
三人が消え、静寂の戻った空間には、まだ泣いているサクヤと、目を覚まさないアミー。
それから、ここを彷徨っていたやつらの、残骸。三番に隔離されていたのなら、もしかしたら知った顔もあったのかもしれない。
随分と放置しちまった上に、こんな最後で悪かったな。軽く目を閉じ、黙祷を捧げた。
そろそろ、空が白んでくる頃だろうか。
随分と長い夜だった。そしてきっと、長い一日が始まる。
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