第12話:帰還
赤い軽自動車を走らせる。東の空の向こうから染み出してきた白が、青と混じって柔らかく広がっていく。
運転席には俺が座り、助手席では、目を覚ましたアミーが窓の外を眺めていた。
サクヤが俺を探しに来た時に乗ってきて、攫われたアミーを追う為に拝借していたものだ。当のサクヤは後ろで寝息を立てている。
あの後、少し落ち着いたサクヤにアミーを任せて、教授達の痕跡を探して歩いた。
他の部屋にいたであろうヤツらも含めて、あの場にいた通常種と変異種は完全に蒸発。残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか。目ぼしいモノは残っていなかった。
当然、あいつの影も何一つ無い。教授はああ言っていたが、本当に行動を共にしているのかどうかも怪しくなってきた。
「ナルカミくん」
「……ああ?」
「あれ。まずかった? ナルカミさん……の方がいい?」
「いや、別に。なんだよ」
おずおずと声をかけてきたアミーをちらりと見やる。この微妙なタイミングかよ、と内心で毒づく。
結局、こいつもよくわからない。俺の肩を溶かした銃の出所や、その他諸々。謎だらけだ。鍵だとか何とかいう話だったが、教授に何をされた、とも聞きにくい。
目を覚ましてからここまで、一言も口を開かなかったのに。呼び方なんて、この場では本当にどうでもいい。
「私ね」
「おう」
「ある人を探してるの。ヒトっていうか多分、特異種なんだけど」
「見つけたらどうすんだ」
「一つだけ、聞きたい事があって」
「答えをもらったらさようならお元気で、か?」
「まさか」
どんな答えであろうと、許さないつもり。ぽつりと呟いたアミーは、こちらに視線を合わせなかった。
生易しい意味では無いのだろうな、と想像する。昨晩からの行動を見ていれば、何か強い恨みがあるのは間違いない。
「ナルカミくんは、あの教授とかいうヒト達とは別なんだよね?」
「元を辿ると同僚って事になるけどな」
「じゃあ手を組む可能性もあるの?」
「ねえな。今のところは」
「今のところはね」
アミーは何故か小さく笑い、半身をこちらへ向け直した。問答無用で襲ってきた威圧感や刺々しさは、すっかり消えている。
「ごめんなさい」
「はあ?」
「誤解していて、ごめんなさい」
「謝るなら俺よりおっちゃんじゃねえの。今頃、カウンターの欠片でも握り締めて泣いてんじゃねえの」
根の深い事情や、身に余る能力は、簡単に思考を曇らせる。よくある事だ。とはいえ、あのバーで誰も死ななかった事は不幸中の幸いには違いない。「まあ、間違いは誰にだってある。今度、謝っとけよ」とフロントガラスに吐き捨てた。
それにこちらとしては、それどころではない。
俺の心臓を抉って姿を消したあいつ。本物の特効薬の在り処を突き止めつつあるという教授一派。昨日の一件で更に人を集めているに違いない組織の連中。全く、面倒だ。
「改めて、ナルカミくんに依頼をしたいの」
「うーん。どうだろうな」
「……やっぱり駄目?」
「俺としては、問題はない」
「またなんか遠回り」
悪いが、この言い回しは俺の自前。変異してどうにかなったものでは無い。止めてくれと言われても、難しい相談だ。
「利害が一致してるしな。核を見分けられるってのはでかい」
「そっか。ナルカミくんも、特異種をやっつけようとしてるんでしょ?」
やっつける、か。なんだか妙に幼い言葉に聞こえて、笑いがこみ上げてくる。そうだな、それくらいの方が平和でいい。
「その通り。俺はあいつらにお仕置きして、やっつけようとしてるんだ」
「ちょっと。なんか馬鹿にしてない?」
今度はこらえきれずに笑みがこぼれた。慌てて首を振り、続きをねじ込む。
「あんたは、目はあっても特異種とやりあうにはちょっと足りねえ」
「……そうだよね」
「だから、戦ってくれるやつを探してた、で間違ってないか? ああ、その探してるヤツもいるんだっけか」
「うん」
「じゃあ仮交渉成立だ」
「仮なの?」
後ろで寝てるうちのじゃじゃ馬が納得すりゃ、晴れて成立って事だよ。せいぜい頑張るんだな。
明度を増す空に目を細めて、アクセルを踏み込む。ここからマンションに戻るよりは、先の放置系研究所の方がマシか。
「ナルカミさんのひとでなし」
「だから、こいつは仕事の依頼人として」
「仕事熱心なふりとかいいから。なんで仲良くドライブとかして、ここまで連れ込んでんの。しかも私が寝てる間に。私の車で。私を後部座席に転がして。頭の中にラフレシアでも咲いてんじゃないの」
起き抜けのサクヤは怒り心頭だった。
三番でいくらかは話したっつうのに。どうしてまるごとリセットされて、矛先が俺に向けられているのだ。
「ざっと説明したろ。一人にしとくのはやばいんだって」
「知らない。ダンゴヤにぽいしてくれば良かったじゃん」
「マシンガンぶっ放して荒らした店に朝帰りかよ」
「おっちゃんはお人よしだから、心配してたんだよえーん、とか言って出迎えてくれるよ」
「ありえる……いや、仮におっちゃんがお人よしでも、教授がうろついてるかもしれねえし」
「あんなの、私があげた弾でべちゃっとやっちゃえば良いよ。あいつほんっとムカつく。多分もう生物学的には死んでるけど、死ねばいいのに」
サクヤが右手でグーを作って、左手のパーを叩く。悪口一つもややこしいな。
「しょうがねえだろ。あの場でどんぱちをやり直しても分が悪い」
「あーあ。分が悪いとか。ひよったねナルカミさん。ヒヨカミさんだね」
「うっせ。大体な、お前のあの話がとんだイレギュラーだったんだろうが。ちゃんと聞かせてもらうからな」
「え。わあ。でもでも。だって。ただの依頼人なら連れて帰ってくるとかおかしいよね? 私がニだとしたらナルカミさんが八じゃない?」
そりゃあなんだ。責任の比率かこのやろう。
あーだこーだと言い合いを続ける俺とサクヤ。それをしばらく聞いていたアミーが、くすくすと笑う。
「笑ってないであんたからも説明してくれよ」
「二人とも、最初の印象と全然違うから、おかしくって」
「おい、俺もかよ」
「サクヤさん、昨晩の件はお詫びします。勝手にお邪魔した事も。本当にごめんなさい」
凛とした空気を纏って、アミーが頭を下げた。それは本心であり、決意の表明であり、断固たる意志を示しているようにも見えた。
「少しだけ、お世話になります」
「ちょっと。駄目だってば。お帰り下さいさようなら」
「そう……残念」
「ふんだ。当たり前。お出口はあちらですよーだ」
「私、特異種や変異種の核が視える特殊な目を持っているの」
「え」
サクヤの反応が変わる。まさかとは思うが、どうやらそのまさからしい。
「この両目の事も、サクヤさんに依頼したかったのだけれど。全面的に」
「わ、ちょ」
「ご迷惑なら仕方ありません、誰か他の人に」
「やだ、ま……待って!」
アミーには、確かにサクヤの事をざっくりと話した。研究熱心な事も、程々に。それにしたって、こんなに早く特性を見抜いて利用出来るものだろうか。
「しばらくの間、お世話になれれば、四六時中、研究してもらえたのに」
「しろく、じちゅう……!」
「無理を言ってごめんなさい。それじゃ」
「はい! はいはい! その仕事やります!」
瞳を爛々と輝かせて、サクヤが作業台越しに乗り出す。今にも飛びかからんばかりだ。
「おいあんた、煽り過ぎだって。知らねえぞ」
「ナルカミさん。なにボサっとしてんの。黒ずくめさん達はこっちの区画にはこれないけど、他の部屋とか全部チェックして駆除ってきてよ。アミちゃんが安心して寝れないじゃん」
「はあ。わかってたけど切り替え早いな」
「それから、レックスにやられた傷の具合とか、どれくらいでどんな風に塞がったとか。傷の様子も詳しく聞かせてよね」
「へいへい。まあ交渉成立って事でいいのか? それじゃあ、あんたはここでもう少し待っててくれ」
銃に弾を込め直して立ち上がった俺を、アミーがじっとりした目つきで睨んでいる。
「あのね、ナルカミくん。ずうっと気になってたんだけど」
「なんだよ」
「せっかく名前を教えたのに、おいとか、あんたとか。名前くらい聞いてもいいだろ、はなんだったの?」
「ナルカミさんってそういうとこあるよね」
「サクヤちゃんにもそうなの? 信じられない」
「ね。ひどいでしょ? 終わったら満足しちゃうタイプなんだよ」
「わ、最低」
先程までの言い争いが嘘のように意気投合し、口裏を合わせる二人。全く、冗談じゃない。
「おいおい待て待て。めんどくせえな」
「めんどくせえってなんなの」
「ナルカミくん、ちょっと口が悪いんじゃない?」
「っていうか早く行ってきて。しろくじちゅうが私を待っているの」
「あーもう、勘弁してくれよ」
二人を受け流して通路に飛び出た俺は、小さく一つ息を吐く。
組織の、そして組織を抜けた者の闇は深い。世界の変貌も、見過ごせないところまで競りあがってきている。
もうすぐ、ごまかしの効かない変化が、目に見える形で訪れる。そんな確信があった。
しかし、今この瞬間はこれで良い。どんなにきつくても、笑えなくなったらおしまいだ。そうなんだろ?
変わってしまった世界の隅で、俺達はもがく。誰かのせいで、なんて押し付けがましく言うつもりはない。
ひょっとしたら、俺達のやっている事は、見事に誰かの手の内なのかもしれない。
それでもいい。今はただ、もう少し前へ――
ガンナー・オブ・ザ・デッド 青山陣也 @Ryokucha55
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