第10話:黒幕

 どん、と後ろから突き上げるような振動があった。

 レックスから殺気が消えたのを確認して背を向けると、爆炎の中からサクヤが転がり出てくるところだった。


「あっぶない」

「おい、大丈夫か」

「だめだめだよ。このワンピ気に入ってたのに。みてこれ真っ黒」

「そうか。無事でなによりだ」


 もう怒った。ラプトル漬けにしてやるんだから。

 息を巻いているのかどうなのか。相変わらずの調子でよくわからない文句を垂らすサクヤから、遅れて出てきたラプトルに視線を移す。

 両手の銃口を向け、笑みを消した。


「盛り上がってるとこ悪いが、そこまでだ」

「え? あーあ。嘘でしょレックス。やられちゃうとか。いいよ、二対一だね、燃えてきた」

「ナルカミさんずるい。せっかく熱いのもクセになってきたところなのに」


 手持ちの小型ボム数個でお手玉を始めたラプトル。「わかった、また妬いてるんでしょ?」とニヤニヤするサクヤ。

 もう本当に置いていこうか。うんざりしかけたところで、別の方向から声がした。


「ラプトル。そこまでにしよう」


 声の主は予想通りの男だった。見れば、ぐったりとしたアミーが抱えられている。

 おいおい、こんなとこにラスボスが出てきていいのかよ。それに、一人足りない。話が違うじゃねえか。


「とりあえずアミー返せよ。っつうかそれ、無事なんだろうな。それから……あいつはどこだ」

「質問は一つずつにしたまえ。アミー君なら心配は要らない」


 黒いスーツに白のYシャツ、ピンクのネクタイをきっちり締めた長身の男。赤と白がメッシュで入ったふざけた長髪はあの頃のままだ。

 右手で持ち上げた細いフレームの丸眼鏡。その奥に光るパッションピンクの瞳が、油断なく、そして容赦なくこちらを品定めしてくる。

 声色は気持ちの悪くなる程、穏やかさを保っていた。


 教授は、組織の中心で、裏側の研究者を取りまとめていたヤツだ。サクヤが可愛く思えるくらいのイカれ具合。使えるものは何でも使うし、使えなくなったモノは何でも捨てる。


「ああ、君達はもういいよ。下がりたまえ」


 レックスとラプトルの登場から、棒立ちになって動かなくなっていた取り巻きの通常種が、びくりと全身を震わせた。

 教授が手元の端末を操作する。無機質な電子音が三つか四つ。ただ、それだけ。

 その場にいた通常種が、跡形もなく溶けてしまった。


 もうヒトには戻れないとわかっていても。自分達も溶かしてきたとはわかっていても。

 ぐらぐらと煮え立つ何かが、腹の中をかき混ぜる。


「あんたは、なんだと思ってる」

「それの主語はなんだね」


 冷ややかな視線からは、何も読み取る事はできない。言うだけ無駄か。


「まさか、彼女にも何かしたのか。だからここにいないのか?」

「ああ?」

「今、君の考えている事さ」

「外れだな。いるいねえはともかく、だ」

「ほう」

「せっかくだし、手持ちの弾を試してみるか、ってな」


 照準を合わせる。ラプトルが構えるが、その前にはへらりと笑うサクヤが立ち塞がった。

 レックスは動かず、教授の目つきも変わらない。


「出来れば穏便に済ませたいのだが」


 そっとアミーの首に手がかけられる。


「どこがだよ」

「これはレックスとラプトルのテストだ。どちらかだけでも退けられたら、大人しく彼女を返すつもりでいた」

「その汚ねえ手、どけてからもう一度言ってくれ」

「その下品な銃を下ろしてくれれば、すぐにでも」


 油断はせず、いったん銃を下ろす。教授の思惑通りに進むのは嬉しくないが、あいつがここにいないのは何かあるはずだ。

 アミーも向こうの手の中。問答無用でどんぱちを再開する訳にはいかない。全く面倒だ。


「ほう。意外にも素直だね」

「とりあえず、アミーを無事に取り返せりゃ合格点だ」

「なるほどなるほど。ラプトル、レックスを回収してこっちへ」

「はあ? 勝手に進めんなよ。アミーが先だ」

「ご自由に」


 するりと教授がアミーから離れ、数歩下がった。

 崩れ落ちたアミーの胸が静かに上下しているのがわかる。どうやら眠っているだけのようだ。


「二人とも行けよ。レックス、俺の話を忘れんな」

「……考えておきましょう」


 の交換を終え、お互いの距離を確保する。


「さて、あいつの居場所も吐いてもらおうか」

「はっは。それは都合が良い」

「言わねえならぶち抜く」

「はいストップ。ナルカミさんも勝手に進めないでね。先生、ひさしぶり」


 サクヤが俺の前に出て、軽く首を傾げた。

 そうだった。サクヤの本命は教授だ。しかし、タイミングが悪い。


「悪いけどこっちの話を先にさせてくんねえか」

「自分で言ったよね。その子は取り返したんだし合格点。でしょ」

「それはさっきまでの話だ」

「ここに出てこないなら、そういう事なんじゃない?」


 どういう事だよ。

 腑に落ちない顔をした俺を見て、教授がくつくつと笑う。


「サクヤ君の方がよほど大人だな」

「うるせえ、黙ってろ」

「いいから。先生しつもん」


 ぴんと右手をあげて、サクヤが教授に向き直る。何のだよ、これは。


「レックスとラプトル、どれくらいいじった?」


 物申そうとして喉の奥まで上がってきた台詞に、出番は無かった。

 飛び出したサクヤの一言は、その顔は、俺の知らない怒りと揺らめきに満ちていた。

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