ガンナー・オブ・ザ・デッド

青山陣也

First Shot:不死者は夜明けを夢に見る

第1話:不死者

 鈍い衝撃があった。頭の中を異物が通過していく感触に、思わず唇を噛む。二歩、三歩とよろけ、視界がぶれた。

 数メートル先に拳銃を構えた男が一人。表情は険しい。黒一色を身に纏い、動きを阻害しない程度にプロテクターのようなものが装着されている。


「いきなり撃つかよ、普通」


 穴の空いた脳から命令を出し、足に力を入れ直す。警戒されるのは当然にしても、これはあんまりではないのか。

 争う気がない事を示すように、両手を広げて笑顔を作った。風穴の空いた顔で笑ってみせても逆効果かもしれないが、憤怒の表情で睨み返すよりはマシだろう。


「話を聞いてほしい」


 柔らかな口調を心掛けたにも関わらず、返事がわりに、男の指が引き金にかかる。「おい、待て」と言い切る前に、伸ばした右腕ははじかれ、心臓が正確に撃ち抜かれる。

 白いシャツに歪な穴が空き、鼓動に合わせて、ひゅう、と空気が漏れた。血は出ないが、やはり気持ちの良いものではない。


「化け物め」

「はは、どっちが」


 冷静に呼びかけているのに、躊躇なく撃ってくるなんて。しかも眉間に心臓、即死狙いもいいところだ。よっぽど、ヒトの心を忘れた化け物ではないか。


「大人しくしていろ、すぐ楽にしてやる」

「さっきからずっと大人しいだろうが、いいから」


 聞けっつうの、と続けた言葉は銃声に遮られ、横腹と左の太股に嫌な感触が走る。丁寧な仕事ぶりには頭が下がる思いだが、これでは埒が明かない。


「しょうがねえな」


 いくら痛みがなくとも、そう何度も異物の混入を受け入れるのは嬉しくない。どうやら、まずは話し合いの出来る環境整備が必要のようだ。

 と、いうのが建前。本音を言えば、流石にちょっとムカついてきていた。好き放題に撃ちやがって。

 引き抜いた銃を左手に構え、迫る弾丸を銃身で払いのけた。ぱきりと乾いた音が響く。


「な……弾丸を?」

「話は聞かねえしあちこち撃ちまくるし、随分じゃねえか」

「ただの化け物ではない、という訳か」

「あのさ、バケモノはやめろよ。俺の名前、知ってんだろ? 同じ人間なのに冷てえな」

「同じ? 笑わせるな」

「ちなみにあんたはなんてーの? 場合によっちゃ覚えといてやるよ」

「黙れ」

「それともあれか? せっかくだし、先輩って呼んでくれても……っと、あぶね」


 苛立ちを乗せた鉛弾が脳天めがけて突き出される。聞く耳持たずか。しかし、今度は俺も黙ってはいない。軽くステップを踏み、上体を揺らしてやり過ごす。


「ま、おちょくったのは謝るけどさ。これだけ通じねえと面倒だな」


 口ばかり動かす俺を無視して、なおも頭を狙った一発が飛んでくる。脳か心臓が基本。駄目ならどこかに当てて隙を窺う、か。俺が所属していた当時のマニュアル通り。泣けてくるね。

 揺らしていた身体に力を込める。小さく息を吐き出すと、前傾姿勢で的を外し、一気に飛び出した。


 男は反応出来ずに混乱し、俺はあっという間に距離を詰める。というのが理想だったのだけど。

 予想に反して、次弾はすぐに飛んできた。なかなか良い腕をしている。

 全身をひねり、コンクリートを蹴飛ばし、殺意の雨を右に左にかわしていく。


 銃口の向き。視線の動き。呼吸。引き金の引かれるタイミング。確かにこの目はよく見えるし、身体もよく動く。同じ人間、というには無理があるか。


「ほい、チェック」


 喉元に押し当てた金属の塊に、男の顔がひきつる。


「待て、話をっ」

「はあ? 今更遅えよ」


 迷わず人差し指に力を入れた。小気味良い破裂音が、男の喉笛をはじく。


「なんてな、びっくりした? ゴム弾の玩具だよ。死んでねえだろ?」

「か……は……っ」

「まあ、しばらく声は出ねえか」


 もがく男を尻目に、穴だらけの服を確かめる。シャツは構わないけど、カーキのパンツはちょっと残念だったな。この色味が気に入ってたのに。

 まあ良い。脳みそも右手も塞がった。大きな問題は無さそうだ。くすんだ金髪をざらりとかきあげ、口を開く。


「あのさあ」

「……っ!」

「そんな顔すんなよ。取って食ったりしねえから」


 多分、と付け加えた俺に、声にならない悲鳴が上がる。全く、冗談の通じないやつだ。


「上のやつらに言っといてよ」


 視線を外し、銃身の具合を確かめながら告げる。

 怯えた相手にをする時は、あえてこうするようにしている。自棄になられても、必要以上に怖がられても、面倒なだけだ。


「俺は俺で勝手にやる。邪魔はしねえから、そっちもほっとけってな」

「そうは、いくか。貴様も、あれが……狙いなんだろ」

「お、もう喋れんの。やべえ、調整ミスったかな」


 ミスなどしていない事は、俺自身がわかっている。眼光鋭くこちらを射抜き、途切れ途切れながらも声を発したのは、紛れもなく男の強靭な精神力によるものだ。

 やべえ、と口にしながら、真逆の感情が生まれている事に気付く。何を考えている。組織が、そして名も知らぬ後輩が、立派に育っていてくれて嬉しい、とでも言うつもりか。

 少し昔を思い出して、自然と口角が上がる。これは、苦笑いのそれだ。切り替えろ。変わったんだ。何もかも。

 ガチャリと音がして、視線を戻す。喉を押さえて立ち上がった男の手には、先の拳銃とは別の、ライフルが収まっていた。


「ああ、なんか大事そうに背負ってたよな」

「貴様が特異種であろうと、これで終わりだ」

「おい、ダメだろ」

「なんだと」

「これで終わりだ、じゃねえっての。そういう事はぺらぺらネタバレすんなよ」

「余裕ぶっていられるのも今の内だ」


 溜め息をついて、銃を握り直す。世界がその姿を変え、俺達の組織が、壊滅寸前の大きな犠牲と引き換えにそれを救ったとされているあの日。

 あれからたった数年で、ここまで持ち直した事は賞賛に値する。だが、全盛期とは程遠い。

 必死にライフルを構える男もまだ若い。手に持つそれが、どんな代物かは知らないが……。


「見たとこ、外側は大した事ねえな。って事は中身か」


 男は答えない。俺は、トントンと靴先を鳴らしてタイミングを図る。両腕はだらりと垂らし、隙だらけであるかのように装う。


「なんか特殊なやつなんだろ?」

「黙れ」

「あはは、リアクションしなくて良いのに。まじめか」


 嘲笑を張り付けて、のんびりした声を出す。男の肩に力が入るのがわかった。今だ。


「ほらよ」


 左手を真っ直ぐに差し出し、照準が男の鼻先に重なると同時に人差し指を握りこむ。何万回も繰り返してきた動作だ。間違えるはずもない。

 しかし男は、身をのけぞらせてこれをかわした。俺は反射的に駆け出す。左から回り込み、男の懐へ。


「あれを避けてくれんのは嬉しいね。悪くない」

「……くっそ!」

「いや、逃がすわけねえって」


 下がろうとした男の左足首にゴム弾を叩き込み、バランスを崩させる。硬い靴の上からでは痺れる程度だろうが、数歩詰めるには十分だ。


「そういうの使う時はさ、簡単に近付かせんなよ」


 空いた右手で拳を作り、鳩尾に突き刺す。呻き声と共に沈んできた顎を銃身で叩き、距離を取る。


「体捌きに難あり、要訓練だな。お前もう、何度か死んでるよ」


 崩れ落ちた男は膝をつきながら、ニヤつく俺にライフルを向けてくる。自信があるのか、もうそれにすがり付くしかないのか。

 どちらにせよ、それだけの何かがある、という訳か。面白い。


「おーけー。やってみなよ」


 両手を上げて、ひらひらと振ってみせる。


「下顎ひっぱたいといてアレだけどさ。よーく狙えよ」

「うるさい」

「どうせ一発しか入ってねえんだろ? だからさっきも撃てなかった」

「うるさいと言っている!」


 男の視線は、明らかに俺の左手を警戒していた。ああ、そうか。本当にしょうがねえな。


「これが怖いのか、じゃあこうだ」


 手にしていた銃をふわりと放り投げる。弧を描くそれと、へらりと笑う俺を見比べて、男の目の色が変わる。


 ――撃ってくる。


 確信して、更に口の端を持ち上げた。


「くらえ」

「だから、言うなって」


 発射された弾……矢じりのようなそれは、先端が紫色に染まっている。なんという事はない。毒か薬品の類か。

 溜め息まじりに、かわしたそれを摘まむ。今度は、右手に穴を空けるようなへまはしない。


「おお。こりゃすごい」


 触れた指先が膨れ上がり、破裂した。肉から肉へ、連鎖した破壊が腕を駆けのぼる。


「うわ、グロっ……」

「油断しやがって! 終わりだ!」

「あっそう。まあ、どうだろうな」


 背に隠していたもう一本の銃を取り出し、侵食の進む肩口へ押し当て、引き金を引く。


「はい止まった、残念でした」

「な……ありえない」

「とりあえずこれ、もらっとくね」

「そ、そんな」


 再生した右手の上に、矢じりをひょいと乗せて弄ぶ。驚愕の色を浮かべる男が滑稽で、くつくつと笑みが漏れる。

 そんな。ありえない。そうやって、思考を停止してしまえば、そこでおしまいなのに。


「見ての通り、これはもう俺には効かない。最初から効かないやつも多分いるはずだ。ま、もうちょい頑張れって事だな」


 呆然とする男に背を向けて、歩き出す。切り札も使い切って戦意喪失、有益な情報も持っていなさそうだ。となれば、もう用は無い。

 そこでふと、思い出して振り返る。


「ああ、さっきの話だけど」

「ひい」

「ひい、じゃねえよ。うるせえな。さっきはほっとけって言ったけどさ、こんな感じで頑張ってんならまた来いよ」

「な、なに」

「味見してやるっつってんだ、ついでに稽古もつけてやる。悪くねえだろ……ただし」


 ニヤリと笑い、こう付け加えた。


「俺と同じテツは踏むな。人間やめようってんなら、まとめてぶっ潰す」


 変わってしまった世界の隅で、俺はもがく。自分のせいで、なんて大袈裟に言うつもりはない。それでも、そこに一枚『かんで』いるのが許せないだけだ。

 ひょっとしたら、俺のやっている事も、見事に誰かの手の内なのかもしれない。


 それでもいい。今はただ、前へ――

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