サイバーパンクといえば科学技術による身体拡張。では、もし機械による身体拡張が実現した場合、どのような層が一番恩恵を受けるのか? セレブ? スポーツ選手? それともアウトロー? 色々な可能性があるが、実際のところ機械化が一番ありがたいのは高齢者層ではないだろうか。人間誰もが歳を取り身体の不調は増えていく一方。そうなった時に機械で身体機能を補えるというのは大変大きなメリットである。
そんなわけで本作に登場するおばあちゃんも体を機械化されている。頭部以外はほとんどメカに置き換えられており、特に人間の形にこだわる必要もないので胴体はムカデっぽい形状になっている。脚が16対もあってとっても便利! 宗教の勧誘もあっさり撃退できる! お年寄りにつきものの物忘れに対しても海馬を量子メモリで補助することで完璧な対応だ! 凄いや量子コンピューターおばあちゃん! イェイイイェイ! しかし進みすぎた科学技術が人間に牙を剥くというのはSFの典型であるわけで……。
そんなおばあちゃんと孫の日常を描いた本作品。冒頭の「ウワーッ! 仏壇から内臓が!」という超パワーワードで一気に持っていかれるし、その後のサイボーグと化したおばあちゃんの数々の奇行は強烈過ぎて笑いが止まらない。なのに読み終わってみると何ともいえない寂しい気持ちにさせられる唯一無二の作品だ。
(「サイバーパンク的な近未来にひたれる作品」特集/文=柿崎 憲)
危機管理では『最悪の事態に備えよ』という言葉がありますが、この作品の描く未来がまさにそれです。生理的・感情的に耐え難い状況を生み出し、あるいは現実的で重大な危険をもたらす、技術の悪用・誤用や副作用……。しかしそれでも、この世界の多くの人々がその技術を望み、そして望みをつなぎ続けているのでしょう。虚弱な初老(苦笑)の私も、将来の我が身の問題のように作品を読みつつ、どうしたらこのような弊害を回避できるのか?と一生懸命考えている自分に気づきました。
現在の工業・情報技術でも、あふれるモノが捨てられないとか、リアルとバーチャルが区別できないとか、それに近い問題は起きています(反省)。人的資源の劣化を防ぎ、補うための現実の技術や、それに対する評価・政策が、今後どのようなものになっていくかは分かりませんが、こうして少しでも多くの人々が、良くも悪くも色々な可能性について考え、話し合っていくことが、文明の持続的発展の可能性を高めていくのではないかと思います。
おばあちゃんの嫌な感じの造形(物理的な)がとてもいいです。それは新奇なものではないかもしれませんが、そういうイメージを切り取ってきて再構成した、センスと文章的な表現力が素晴らしいと思いました。
おばあちゃんの内蔵を仏壇に納めているところから話を始める構成もいいですね。機械の体になっても残る肉体への未練、またそれが反転しての生きているものへの憎悪。ストーリーが流れるように進みます。
随所に現れる魅力的な科学用語も効いていました。いくぶん煙に巻かれているような気もしますが、それ以上に想像力を刺激されます。その意味で、この作品は旧くて良い香りのするSFだと思いました。
作中の「XXX症候群」は作者のオリジナルでしょうか。初めて聞きました。とても秀逸なネーミングであり、それを老人問題と絡めて語るという手法も見事だと思いました。
ブラックな風刺劇。でもそれはあり得るかもしれない未来の一つ何ですよね。