僕はピーマンが食べられない 4

 説明書の図面に描かれていた配線と、文字で説明していた配線の色が逆という巧妙な罠にはまって、図面通りに作っていた僕は若干ながら完成が遅れたものの、それでも見事、ラジオを作ることができた。

 このラジオは電気量販店で売っているラジオとは大違い。そもそも外装がないのだ。小さなマザーボードの上にハンダによって接合されたトランジスタやらが丸見えである。とはいえ遜色はない。

 電池を入れて、落語が聞こえた時には感動して、少しばかり聞き入っていた。時間切れでオチが聞けないという後悔に襲われたりはしたけれど。

 授業終了間際に先生からレポートに書く内容を聞く。

 レポートを書いたところで人生のセーブはできないしロードしてやり直すこもとできない。ただの課題だから当然だけれどだとしたらゲームの世界はヌルゲーすぎる。

 先生がいなくなるとそのまま放課後。掃除当番は隔週で回ってくるため、今週はない。

 だからそのまま帰ることにする。だが、気は抜けない。

 まるでダンボールに隠れる蛇のような秘匿工作員みたく、僕はとある人物に見つからないように移動する必要があった。

 工業科実習棟には、彼女は入ってこられないのでまだ安心。問題は下駄箱。下駄箱は全学科共通なので、そこで見つかるとまずい……の、だ、が……

「遅かったわね」

 まさかの待ち伏せ!

 秘匿工作員もたまにボスとの戦闘があるが、それはまるでこれだった。隠密行動意味ない! エロ本で怯んだり……しないか……うん、混乱してて、わけもわからず攻撃しそうな物言いだけどとにかく察してほしい。

 目の前には金雀枝槐がいた。なぜ待ち伏せしていたのか。

 それは僕と金雀枝槐がただならぬ仲、つまりは恋人同士だからだ!

 ……というのは嘘。自分で言ったくせに吐き気がしてきた。鳥肌も立った!

 まあなんにしろ、いつも通りだった。

 実習は通常授業より少し遅く終わるので待ち伏せなんてものは容易で、実習がある日に金雀枝槐に捕まる確率は現在百パーセント(当社比)!!

 ちなみに掃除当番の日もかぶっているので、掃除がある日でも同じ顛末だ。

「何か用でありませうか?」

 どじょうをどぜうと言うかのようにちょっとふざけて問いかける。まあいつも通りだから何の用なのかは既に分かっているんだけど。

「ピーマンなんで残したのよ!」

「またそれだ」

 いつもそれだ。毎日それだ。語彙がそれしかないんじゃないのかというぐらいに聞き飽きた。

 ってかこの高校、ほとんど毎日と言っていいほどピーマンとにんじんとグリーンピースが出てくるのは何の嫌がらせなのだろうか。

 僕や蘭蘭、千屈葉菘を目の敵にしているようにしか思えない。

 なんでもハラスメントにしてしまう風潮で例えるとベジハラとしか言いようがない。

「いいから答えて!」

「まあとりあえず帰りながら……」

 それには金雀枝槐は反論しない。毎度思うがなんなんだろうな。


 広い玄関を抜けるとネギ畑であった。


 トンネルを抜けた後の景色を表す一文のように目の前を表現してみる。ま、正確にはちょいちょいたばこの葉畑もあるんだけどそれを言うのは野暮だし風情もないか。

「何が、広い玄関を抜けるとネギ畑であった、よ」

 声に出てた。

 それで金雀枝槐が気味悪がって、離れてくれると大変ありがたいけどそんなこともなく、堂々巡りのように糾弾を繰り返される。

「それよりもどうしていつもピーマンだけ残すのよ」

「まあいいじゃないですか」

「よくないわよ」

「ってか、いっつもそればっかり聞いてよく飽きないね。たまには僕の好みとか聞いたら」

「興味ないわ」

 そーですか。

 それはそれでちょっと、ショック! ……でもないな。

「とにかくよ、明日は食べなさい」

「パプリカを?」

「ピーマンをよ! 何がどうなったらパプリカが出てくるのよ」

「黄色ピーマンを誰かが勘違いしたらじゃないかな」

 パプリカを黄色いピーマンとか言っていたことを思い出して、ちょっとからかってみる。

「うるさい」

 怒声が飛び、まさかのチョップが僕の脳髄を破裂させるぐらいの勢いで飛んできた。

 これで脳髄が破裂していたら金雀枝槐は間違いなく、チョップでズヴィズダーっと世界制服できるね。

 勢いがそんなだから当然痛みもなかなかのもの。

『痛くない、どちらかといえば痛くない、どちらともいえない、どちらかといえば痛い、痛い、とても痛い、デビル痛い』という、予想だにしないまさかの七段階評価で言えば『とても痛い』だった。

「暴力反対!」

「ピーマン残すの反対!」

「それって暴力を受け入れたら、ピーマン残していいって思ってもいい?」

「むしろ、暴力もピーマンも受け入れなさい」

「そいつは無理な相談ですぜ、お代官」

「誰がお代官だ!」

 またもや僕の頭にチョップが飛んできた。今度は『デビル痛い』の領域に踏み込んでる。

 ナイフハンド・ストライクとも呼ばれるそれで、この威力。

 もしさらに威力が高いとされる”突き”を喰らったら僕はどうなってしまうんだろうと反射的に考える。

 身の毛がよだつことはなかったけれど恐怖が僕の身を襲いそれ以上の想像はやめた。

「ともかく、ピーマンを食べなさいよ」

「無理です」

 兎も角、僕は否定した。金雀枝槐のチョップが飛ぶ。まるで僕が悪と言わんばかりにこうかはばつぐんだった!

「ダメよ。ピーマンを食べなさい」

「嫌です」

 またもや金雀枝槐のチョップが飛ぶ。

「絶対にピーマンだけは食べなさい」

「僕の辞書に不可能という文字はあるんだよ」

 またもや金雀枝槐のチョップが飛ぶ。

 再三の警告と再三のチョップは再三の否定と比べても採算に合わない。何の採算なのかは墓場に持っていく予定なので詳細は省きたいと思ってる。

 そんななか、雑木林からおっさんが出てきた。

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