僕はピーマンが食べられない 10

 リプレイの金雀枝槐がコンビニを出て傍に停めていた自転車に乗ろうとしていた。ショルダーバッグを文字通り肩に提げている。

 このリプレイ能力は便利なもので対象者が触ったものや対象者に話しかけたものもきちんと再生してくれる。

 走り出そうとすると、どこかで見たおっさんが金雀枝槐に話しかけていた。

 話している内容は八倍速なので当然分からない。リプレイを巻き戻し、等倍速で聞いてみる。

「お嬢さん、ちょっとお願いがあるんだ」

「何よ?」

 少々怒気の含んだ言葉を金雀枝槐は返す。

「キミの腕を見込んでさ、ぜひともわが社の力になって欲しいんだよ!」

「私の腕を見込んで? 頭、大丈夫ですか?」

「頭は大丈夫だよ。ご覧のとおりハゲているけどね。ええとキミ、昨日男の子にピーマンを食べさせようと必死になっていたじゃないか」

「え、まあそうですけど……第三者の厳しい目なみに見てたんですか?」

「ちらっとだけどね。でそのしつこさがわが社に必要なんだ!」

「いまいち言っていることが分からないんですけど、お断りさせていだたきます」

「まあまあそこを何とかね、新しい判断でね」

 おっさんの顔が八倍速で醜く歪んだ。なんとしてでも金雀枝槐を連れて行こうとしている顔だった。

「やめてください」

「あーあ、こんな手は使いたくないんだけどね」

 おっさんはハンカチを金雀枝槐の鼻と口を覆うように当てた。

 すると金雀枝槐が崩れ落ちた。ベンゾジアゼピンだとかいう睡眠導入剤をハンカチに染み込ませていたのか金雀枝槐は眠りに落ちたのだった。

 そのあと、おっさんは金雀枝槐を車の後部座席に乗せた。助手席に幸せの壷と書かれたダンボールが積まれているのを見つける。金雀枝槐を誘拐しようとしているおっさんが、昨日すれ違ったおっさんだと確信する。

 呆気に取られた隙に、おっさんと金雀枝槐を乗せた八倍速リプレイの自動車が一瞬で僕の前から過ぎ去る。

 しまったあああああああああああああああああああああああああああああ!






 ……と慌てはしない。

 リプレイ中なので巻き戻せばいいだけの話なのだ。

 車の速度だけを等速に設定し直し、僕はそれに追従する。ぴ~マンも頑張れば八十Km/hぐらいは出せるので、置いてけぼりをくらうこともない。

 車が着いた先は『幸福教』と書かれている看板が掲げられたなんとも怪しげな家だった。

 表札には『百部ほどづら』と書かれている。読めない人も多いのだろう、ご丁寧にルビまで掘ってあった。

 同時にリプレイが終わる。終わったということはつまりここに金雀枝槐がいるということ。

 ちょうど変身時間も終了し、僕は竜胆侘助へと戻った。

 ――さて、侵入しますか。

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