第3話 幼馴染み♂を売る その1

『クラッシュ、そっち大丈夫?』


 一門チャットでルミナからの呼びかけが飛んでくる。でも、いまの俺に返事のチャットを打ち込んでいる余裕はない。でも、ルミナのゲーム画面片端に映っている地図には、同じパーティを組んでいる俺の居場所を示す光点が表示されているはずだ。その光点が動いているのを見れば、俺がまだなんとか生きているのと伝わるはずだ。

 今夜は俺とルミナと、それに一門の暇していた連中と一緒にパーティを組んで狩りに来ていた。

 狩り場に選んだのは、いつかも来たことのある遺跡の、さらに内部だ。遺跡内部のダンジョンは全体的に薄暗くて、音楽も低音が効いていて緊張感がある。

 出現する敵も、雰囲気のおどろおどろしさに見合った強敵ばかりだ。俺のレベルと装備では、単身ソロではおろか、ルミナとのペアでも隅っこのほうでこそこそ生き残るのがやっとだ。俺よりも強い面々と多人数パーティを組んで、ようやくまともな狩りになるという高難度のダンジョンだった。

 あまりにも高難度すぎて、同時に沸きすぎた敵を対処しきれずに決壊してしまった。要するに、パーティ壊滅だ。前衛が押さえきれなかった敵が後衛に流れて、後衛の魔術職、すなわち回復役と攻撃役が落とされてしまう――よくあるパーティ壊滅パターンだった。

 これを防ぐために、俺のような中衛職ハーフがいるわけなのだが……まあ、役割を果たしきれなかったというわけだ。しかも、こうして辛くも生き延びて逃げまわっている。

 言い訳させてもらうのなら、後衛のうち二人が轢き殺された時点で殲滅は無理だと判断して、敵の群れを引っ張って逃げたのだった。べつに逃げた先で轢き殺されても仕方ないと思っていたのに、いまのところまだ群れに呑み込まれることなく逃げ続けられてしまっている――というわけだった。

 俺が必死に逃げまわっている間に、パーティ本隊のほうは生き残っていたルミナたちが蘇生魔術を使ったりして、立て直しに成功したようだった。後衛を守るという仕事は果たせなかったけれど、その落とし前を付けるくらいはできたと言えよう。

 さて、後はどうしようか。どこで死のうか――そう思っていたところにルミナからのチャットが飛んできた。


『クラッシュ、まだ生きてる? こっちは立て直したから、敵を連れて戻ってきてもOKだよ!』


 ……というわけで、俺はいまこうして、大量の敵を引き連れながら、ダンジョンをぐるっとまわってパーティ本隊のところへ逃げ帰ろうとしている最中だった。

 魔術系スキルには自身の姿を透明化させて、敵から認識されなくなる【透明化インビジブル】のスキルがある。一部の敵には効果がないけれど、遺跡ダンジョンのこの階層に、その一部は存在しない。だから、そのスキルを修得していたのなら、いまこそ使いどころなのだけど……まあ、修得しているのならとっくに使っているわけで、修得していないからこうして逃げまわっているのだった。

 自分が認識されなくなるということは、パーティ後衛に敵の標的タゲを流してしまうということで、【透明化】はパーティ戦闘では非常に使いづらいのだ。というか、使った時点で、


『げっ、こいつ何やってんの?』

『そんな自分だけ逃げれるスキルより、パーティ全体に貢献できるスキルを覚えとけよ……』

『これだから中衛は要らねーんだ。大人しくソロってろや』


 だとか悪し様に思われることになるのだ。少なくとも中学のときにやっていたネトゲでは、そうなった。なので【透明化】の修得予定はなかったのだけど、いまは切実に思った。ああ、一レベルでいいから覚えておけばよかった、と。

 結局、本隊と合流する直前で群れに追いつかれ、呑み込まれてしまった。敵の攻撃を受けると、いわゆるヒットストップという怯み動作を強制的に取らされて、足が止まってしまう。そこへさらに別の敵から攻撃されて、また怯みが発生して……という連鎖で、俺の耐久力ヒットポイントは五秒と持たずに尽きてしまったのだった。

 死亡状態でもチャットはできるから、それでパーティのみんなに助けを呼んで、三分後にはルミナに蘇生してもらうことができた。俺を五秒で打ちのめした敵集団も、しっかりと準備を整えてやってきたパーティに、三分足らずで殲滅された。さっきは全滅寸前まで追い詰められた規模の敵集団も、それと分かっていれば危なげなく対処できる――逆に言えば、対処を一手でも間違えれば、三分で壊滅させられる数の敵にパーティ全滅させられかねない。ここはそのくらい難易度の高いダンジョンなのだと、改めて思い知った。


(今度はせめて、真っ先に死ぬよう頑張ろう……!)


 中衛の仕事とはつまるところ、後衛より先に死ぬことなのだと、俺は思うのだった。

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