第3話 幼馴染み♂を売る その10
『だったら――』
俺は思いついてしまったことを本当にチャット送信した。
『だったら、ルミナの弱みを支払いにする』
『どういう意味?』
タラカーンの返事には間があった。釣れた、という手応えがあった。
『一門に復帰してくれるなら、俺とルミナのルインズ内でのチャットログを渡してやる。ルミナの弱みを握らせてやると言っているんだ』
今度もまた、返信は遅かった。でも、それはこっちの提案を本気で吟味していることの証しだ。
『どうせ、とくにどうでもいい会話のログしか渡さないつもりでしょ』
『そんなログばかりだと思ったら、そのときは脱退なり引退なり好きにすればいい』
俺の返信にまた少し考えるような間があって、
『なるほど……本気で危険なログは隠すけれど、興味を掻き立てるだけのものはちゃんと送るつもりだ、というわけですか』
『まあ、そういうことだ』
『馬鹿なこと考えましたね。馬鹿ですか?』
『そうだな。でも、復帰したくなってきただろ』
『残念ながら、なってきましたよ』
俺の思いつきはどうやら、タラカーンを完璧に釣り上げたようだ。
俺とルミナの【ルインズ】内での
『ルミナさんがこのことを……旦那が自分との会話を他人に売り渡そうとしたなんて知ったら、何て言うんですかね』
『ほら、それだって弱みになる』
『あれ? 前払いされちゃいました?』
『そう思うのなら、復帰してくれるよな』
『そうですね』
タラカーンはさらに続けて言った。
『ちょっと面白いです、きみ。ルミナさんを苦しめるとかより、きみをもっと観察してみたくなりました』
『復帰してくれるのなら、理由はなんでもいいよ』
じゃあ、明日にでもログインして溜まり場に戻ってきてくれ――という文章を作って送信ボタンを押そうとした直前、タラカーンが画像を送ってきた。
俺は反射的にその画像を開く。
「……へ?」
口から空気が抜けるような音が出た。
画像は、知らない女の子を撮ったものだった。片手を伸ばして、こちらを見つめている。たぶん、携帯を使って自分で自分を撮ったものだ。
化粧っ気のないすっぴん顔と下ろし髪に、部屋着だと思しき薄着。視線や撮影角度なども適当だけど、たぶん……間違いなく可愛い。
タラカーンにこの画像は何なのかを問い質そうとしたら、ちょうど向こうから説明してきた。
『ちょっと考えたんだけど、きみばかりリスクを負うのでは長く続けてもらえないと思ったので、こっちもリスクを負おうかと』
『ごめん、もっと分かりやすく言って?』
さらなる説明を要求したことに対する返事は、またも画像だった。今度のは、さっきの少女がパスポートのようなものを広げてみせている。
そのパスポートらしきものは、よく見ると生徒手帳だった。画像はわりと高画質で、拡大すると、開かれた手帳に記されてある顔写真も名前も何もかも、はっきり読み取ることができた。
『って、これ本当にどういうこと!?』
『僕ですよ』
『いや、本気で意味が分からないんだけど』
『だから、僕です。僕の今撮りリアル画像ですよ。生徒手帳の顔写真と名前入りですよ。あ、生年月日も入っているから、ちゃんと確認してくださいね』
『確認って言われても……』
改めて確認するまでもなく、たしかにはっきり読み取れた。彼女の名前は
混乱している俺に、彼女から――山田さん(?)からチャットが飛んでくる。
『あ、そうですよね。じゃあ、ポーズを指定してください』
『鼻の穴に両手の小指を突っ込みながら、あかんべー』
あまりに混乱しすぎていたせいか、そんな文章を瞬間的に返信してしまった。
案の定、返事はない……と思っていたら、画像が届いた。おそるおそる開いてみると、さっきの少女がものすごく冷めた目をこちらを見つめながら、手の甲をこちらに向けて翳した両手の小指を鼻の穴に突っ込んで舌を出している画像だった。
唖然としているうちに、続けてチャットが届けられた。
『こんな羞恥プレイをさせられるなんて思いませんでした。でも、これで本人確認できましたよね?』
『うん、まあ』
そう返事をしてから、
「えっ!?」
と、驚きの声が出た。
驚きに口をあんぐり開けたまま、チャットを打ち込む。
『おまえ、リアルは女だったのか!?』
すでに脳内では何度か、彼女、と呼んでいたけれど、いまやっと彼女が女性を意味する代名詞だったことに思い至った。
『はい、リアルは女性ですよ』
『全然気づかなかった……』
『きみと話したこと、たぶん無いですから』
『言われてみれば確かに、話した記憶がないぞ……』
『これからも、ゲーム内で話しかけることはないと思いますけど』
俺は少し考えてから、返事を打ち込んだ。
『いや、多少は話しかけるようにしてくれ。でないと、ルミナがきっと気に病むからな』
『ルミナさんのこと、大事にしているんですね』
それが本心なのか嫌味なのか、文章からは判断できかねた。そのせいか、俺の返信も本気なのか照れ隠しなのか、よく分からないことになる。
『本当に大事にしているんだったら、晒しネタをこっちから供給するような提案はしてないがな』
『その対策はしたじゃないですか』
『は? 何の話だ?』
その疑問に返ってきたのは、これまた謎かけめいた言葉だ。
『ああ、なるほど……確かにあれでは不足かもですね』
『不足って何が?』
答えはない。彼女こと山田さんことタラカーンは急に黙ってしまった。まさか急な眠気に襲われたんじゃなかろうな――と舌打ちしかけたとき、またもや画像が送られてき
「ぶフッ!?」
盛大に咽せた。危うく、携帯をぶん投げるところだった。液晶に大きく映し出されたのは、さっきの少女が部屋着のシャツを大きく捲って、胸を……乳房を丸出しにしている画像だった。結構、大きかった。あと、口に表紙を開いた生徒手帳を咥えていた。あと、片手でピースサインしてた。
え、ええと……。
心臓がどくどく喚いているのを必死に無視して、とにかく画像の全画面表示を終了させた。
チャットがひょこっと表示される。
『これなら十分ですよね』
『だから何が!?』
『僕の弱みですよ』
『ちょっと本気でまったく意味が分からんのだが』
『僕が貰った会話ログを外部に拡散させたら、いまの画像をばらまいてリベンジしてください』
ああ……そういうことね、対策って。
『よくまあ、こんなこと考えるな。というか実行するよな』
『きみが拡散させないでくれれば問題ないですから』
『それはそうだけど』
……こちらが渡すと言ったのは、しょせんはゲーム内での会話ログだ。なのに、向こうがいきなり投げつけてきたのは、
……と、手にした携帯相手に目を泳がせていたところへ、ぽんとチャットが飛んでくる。
『それにこれ、釣り合いが取れるだけのネタをよこしてくださいね、という念押しでもありますから』
「ええっ……」
携帯に向かって、現実に声を出して呻いてしまった。
『女学生のおっぱい丸見せ自撮り画像に釣り合うものですから、それはもうスキャンダラスなものを期待していますね』
そんな長文の向こうに、俺ははっきりと見ることができた。さっきの衝撃的な自撮り画像の女子がチシャ猫のように笑っている姿を。
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