第1話 幼馴染み♂からのSOS その2

(これはどうもおかしい。ただの新入りに対する気遣いの域を超えているような……)


 ネットゲームにおける資金稼ぎの効率は、プレイ時間に比例して等比級数的に増えていく。だから、プレイ時間が少ないうちは「こんな高価な装備、一年かかっても買えないだろ!」と思うものが、数ヶ月後には「この値段なら一週間で貯められるかな」になっているものだ。

 何が言いたいかというと、ゲームを始めて間もない光には高価な装備に思えても、プレイ歴の長い者からすれば、ぽんと買ってプレゼントできる程度のものになっている――というのは往々にしてあるものだ。


「だから、遠慮せずに受け取っていいんだよ」


 件の仲間からそんなふうに言われて、光も、


(そういうものなのか。それならしつこく断るのも波風が立つし、ここは厚意に甘えて戴いておこう)


 そう考えて受け取ったのだった。

 ところが、これが間違いの元だった。この一件で手応えを感じたのか何なのか、件の仲間のプレゼント攻勢はそれからさらに拍車が掛かっていった。光も、さすがにおかしいと感じて、貰ったものの市場価格をそれとなく他の仲間に聞いてみたり、自分で調べてみたりもした。

 その結果は危惧したとおりだった。彼から貰った品々は、ただの新入りに対する厚意とは思えないほど高価なものばかりだった。

 光もこうなっては結論を出さざるを得なかった。


「この人は、わたしのことを中身リアルも女性だと思っている……!!」


 なお、光はゲーム内のチャットでは、自分のことをと発言していた。見た目が愛らしい女性キャラなのに一人称がでは変かなと思っただけのことで他意はなかったのだけど、それが勘違いさせていたらしい。


「信じてくれ! 俺は本当に、女性のふりをしているつもりはなかったんだ。ただネットゲーム内での付き合いというものの距離感が分からなくて、無難に敬語で済ませていただけなんだ!」


 ことのあらましを話す最中、光は何度もそう繰り返していた。それはまあ、たぶん本当なのだろう。だけど事実として、一門の全員が全員、一人の例外もなく、光のことをキャラクターだけでなく中身プレイヤーも女性だと思っていた。一人一人にはっきり問い質したわけではないけれど、そうだと確信できた。


「思い返してみると、得意な料理ってあるか……だとか、ゲームだと露出多めの装備も多いけれどリアルではどんな服装が好みなの……とか、そんな質問をされていたことがあるように思う。あれはいまにして思えば、リアルで女性なのかどうか探りを入れられていたのかも」


 質問されたときにはまったく気がつかなかったんだけどさ……と、光は力なく苦笑していた。

 ともかく、光が自分自身のファミリー内における立ち位置を自覚したときには既にもう、【一門の姫】になっていたのだった。

 この一門には他にも女性キャラが所属していたけれど、その全員が中身は男性であることを公言していた。だからこそ光も、敢えて言うまでもなく伝わっているよな、と楽観していたのだという。

 だが、蓋を開けてみれば、光は一門でただ一人のリアル女性プレイヤーにして、好感度マックスの素敵な♀神官プリさんということになってしまっていた。


「中身は男だって言わなかったのか?」


 俺は当然の疑問としてそれを訊いた。


「もちろん言ったよ! でも、信じてもらえなかったんだ……」


 光は話し始めてから何度目かの深い溜め息を吐いた。

 自分の性別が誤解されていることを自覚した光は、チャットで何度か、


『わたし、男ですよ』


 と発言したという。ところが、一門の誰一人として、この発言を信じてくれなかった。むしろ、


『中身も女だってアピールしないで、逆に隠そうとするなんて、ますます女の子らしいね。可愛いね。大丈夫だよ、変なのが寄ってきたら俺らが守ってあげるからね』


 ……なんて、誤解をますます深めてしまったのだという。

 ここまでくると、俺にはもう誤解を解くことはどうやっても不可能なように思える。光もそういう結論にしか至れず、早々に誤解を解くのを諦めた。


(まあいいか。あんまり高価なプレゼントだけはもう貰わないようにして、あとはもう知らないよ)


 それでも別に問題あるまいと思っていたのだが、これが甘かった。

 件のプレゼント攻勢をかけてきていた仲間が、光がプレゼントを受け取らなくなったことで、おかしな言動をするようになったのだ。一門の全員に公開されるチャットで喚き始めたのだ。


『プレゼントを受け取ってくれなくなったというのは、僕に飽きたということ? こんなに貢いだのに、貰うだけ貰ったらポイ!? 酷い! 最低だ、謝れ!』


 他にも色々なことを喚いたそうなのだが、


「あんまり口にしたくない」


 とのことで、光は教えてくれなかった。べつに知りたくもないから、いいけれど。

 とにかくまあ、その相手は一門チャットでの暴言を理由に、一門から追放された。三月末のことだったという。

 光がネトゲを始めたのが二月上旬だそうだから、始めてから二ヶ月足らずで随分な経験をしたことになる。


「……大変だったんだな」


 俺は心の底から同情の言葉を口にした。


「いや、話はまだ続くんだ」


 光の返事は予想を裏切るものだった。

 暴言で追放されたプレイヤーが残したプレゼントの品々は、一門の共有財産として管理されることになった。換金してみんなで山分けしよう、という意見もあったのだけど、贈り主である追放プレイヤーが後日になって「返せ!」と言ってくるかもしれないことを考えると、しばらくは品物のまま残しておいたほうがいいだろう――という判断だった。

 プレゼントの処理についてはそれで一応、片が付いた。これでもう何も問題はなくなったかに思えた。

 件の彼が暴言で追放された翌日。門人の一人がこう言ったのだ。


「俺、今回のことで踏ん切りがついた。ルミナちゃん、好きです。俺と結婚して、相方になってください!」


 なお、ルミナというのは、光の操作キャラの名前である。光のフランス語読みから取ったのだそうだ。そして結婚というのは、「ルインズエイジ」におけるシステムのことである。

 プレイヤーの操るキャラクターPC同士は、両者の同意があれば結婚システムを利用することができる。結婚したキャラクター同士は、二人で共有できる倉庫が利用できるようになり、また特殊なスキル――いわゆる結婚スキルを使えるようにもなる。

 じつはこの結婚システム、同性キャラ同士でも利用できたりする。女性キャラ同士での結婚も増えつつあるというけれど、いまのところはまだまだ異性間での利用例が最多らしい。

 結婚という名称がついてはいるけれど、つまるところは単なるゲーム上のシステムだ。狩りを便利にするための一要素だ。とくに男性キャラ同士で結婚している連中は、結婚システムをそういう観点でしか捉えていない。でも、異性キャラに結婚を申し込む者は大抵の場合、結婚という単語をもっと情緒的な意味で考えていた。

 もってまわった言い方をしないですっぱり言うなら、


「好きな人とじゃないと結婚は無理。好きなあの子と結婚したい」


 と考えているのだった。

 光に唐突な求婚をした彼も、そういう情緒的な思考をする男子だったというわけだ。これが行き過ぎたら、いわゆるというやつだが、彼はそこまで自分勝手ではないようだった。


「答えはいますぐじゃなくていいです。ただ、俺がルミナちゃんのことをそう思っていると知ってもらえるだけで満足なんです。だから、答えられないときは答えないままで全然いいです。ただ……俺はずっと、待ってますから」


 もしもこれが少女漫画で、ヒロインがイケメン男子から言われた場面だったなら、次のページの見開きでヒロインが泣き笑いしながらイエスと答えていたことだろう。

 ところが、告白したほうは爽やかイケメン男性キャラで、中身も本人が公言しているとおりに男性なのだろうけれど、告白されたほうはキャラこそ可愛い女性キャラでも、その中身は俺の幼馴染みの男子高校生なのだ。ミスター女装コンテストで最優秀賞を取ったことがあるとはいえ、普通に女子が好きな思春期の男子なのだ。

 ネットゲーム内のキャラクター越しでのこととはいえ、男性からわりと本気っぽい感じで告白されたときの気持ちは、


「どう受け止めたらいいのか分からなくて、本気で言葉が出なかった。キーを打ってはエンターを押さずに消して……を、ひたすら繰り返すことしかできなかった……」


 ……だそうだった。

 そのときの告白はそれで終わったのだけど、ただでは終わらなかった。

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