第1話 幼馴染み♂からのSOS その3

 突然の告白劇から一時間後。

 その日はもうゲーム終了ログアウトしようとしていた光の前に、第二の挑戦者が訪れた。


「ルミナさん、やっぱり言います。聞いてください! 俺も好きです! 結婚してください!!」


 光がその発言に対して何の反応も取れないでいるうちに、なんと第三の挑戦者まで現れた。


「ちょっと待った! 俺も好きです。俺と付き合うのを前提に結婚してください!」


 さらに四人目も登場。


「結婚は他のやつとしてもいいから、俺と相方になってください!」


 五人目はこうだ。


「俺と相方になってくれたら全財産の十メガあげます!」


 なお、相方というのは、結婚などのシステムに拠らないプレイヤー間相互の取り決めによる協力関係を指す。

 要するに、


「付き合ってください」


 ということだ。

 さらにこの場合は、挑戦者たちは全員男キャラで中身も男だということであり、女性キャラにして中身も女性だと思われている光への申し込みだから、もっとはっきりと、


「ゲーム内での恋人になってください!」


 ということだった。

 さすがに、


「あなたのキャラクターにではなく、プレイヤーに対して恋してます。将来的には現実でも恋人になることを検討してください」


 と明白に発言した者はいなかったそうだが、そういう現実への発展という皮算用を誰もしていなかったとは考えにくい。少なくとも光には、ルミナというキャラクターを通してプレイヤーである自分自身にまで、ぎらぎらした雄の視線が突き刺さってくるのを感じたのだという。


「そのときはちょうど、今夜はもう落ちます、と言っていた直後だったから……何も言わずにゲーム終了させたんだ」

「まあ、その状況でおまえが何を言っても状況を混乱させるだけだったろうし、妥当な判断だったんじゃないか」


 溜め息混じりに言った光に、俺は慰めの言葉をかけた。

 最初は、なんだよネトゲの話かよ……と呆れていたものの、話を聞いているうちに俺の心中にも本気で同情心が沸いてきていた。

 楽しむつもりで始めたゲームの中でこんないざこざに巻き込まれたら、そりゃ溜め息が止まらなくもなるだろう。


「大変だったんだな、光」

「大変だったんだよ……いや、過去形じゃなく、現在進行形で大変なんだよ……」


 電話の向こうで、またも深々とした溜め息を吐いて、光は続けた。


「次の日、ログインしたらさ……まあ、みんな普通なんだよ、表向きは」

「普通というと?」

「前日の告白祭り自体がなかったことみたいに、いつもどおりだったんだ。俺が挨拶したら普通に挨拶を返してきてくれて、普通に狩りへ誘ってくれて、さ」

「でも、それは表向きだけのことだった、と」

「そうなんだよ……」


 光はまもしても深い溜め息を吐き出してから、改めて続ける。


「普通にみんなで談笑したり狩りをしたりしている裏で、みんなして俺にウィスを飛ばしてきまくりなんだ」


 ウィスというのは、ウィスパーの意だろう。ゲームによっては個人チャットやテル、ささやき、秘話などとも呼ばれる、特定の相手にしか表示されない形式のチャットのことだ。

 告白祭りのあった翌日からこっち、光がログインすると三秒もせずにウィスパー受信を意味する電子音がピコーンピコーンピコーンと何重にも鳴り響いて、ウィスパーチャット用のウィンドウがぱっぱっぱとこれまた何個も表示されて、ゲーム画面を埋め尽くすのだそうだ。

 そんなことが続いて、昨日で三日目だという。

 光としては、


「告白の件は、このまま答えを保留にしてうやむやにしてしまおう」


 そう考えていたのだけど、返事を催促するウィスは止みそうもない。むしろ、飛んでくるウィスの内容は日に日に切羽詰まったものや、脅迫めいたものになってきている気さえする。

 まあ、ライバル過多の状況で返事を焦らされているのだと思えば、告白した連中の焦燥感も分からないではない。だから俺は、こう聞き返した。


「うやむやにしないで、はっきり返事をすれば良かったんじゃないか?」

「それで万事上手く収まると思っていたら、そうしていたよ」


 光の返答は、ちょっと俺を馬鹿にしているようにも聞こえた。


「どういうことだよ?」

「たとえば、おまえが好きな女子に告白して、ごめんなさい、とはっきり振られたとしよう」

「いきなり何だよ!?」

「いいから聞けって――おまえ、振られたからって簡単にその子を諦められると思うか?」

「……分からないな。でも、おまえが言わんとすることは分かった」


 告白してきた連中にはっきり断りの返事をしたとしても、連中の中にある光を好きな気持ちがそれで消え去るわけではない。同じ一門として親しくしていれば、遠からずまた誰かが告白してきて、だったら俺も、いや俺も……と、第二回告白祭りが始まる可能性は大いにあり得よう。


「でも、だからって、このままというわけにはいかないんじゃないか?」


 俺はそう問いかける。


「そうなんだよ……もういっそ、ファミリーを脱退しようかとか、しばらくログインするのを止めようか――とか色々考えたんだけど、それも嫌なんだよな」

「なんで?」

「俺、好きなんだよ、このファミリーが。初めてネトゲして、初めて他人とパーティを組んで……それが信じらんないくらい面白かったのは、組んだ相手がこのファミリーのみんなだったからだ。だからさ、脱退したくないんだよ。このファミリーでずっと、加入したばかりの頃みたいに、みんなで楽しくネトゲしたいんだよ」


 電話越しでも、光の切実な気持ちが伝わってきた。だから、俺も本気で、なんとか万事が丸く収まるやり方はないものか、と考えてみた。でも……。


「……無理なんじゃないか? 告白の返事をこのまま保留にし続けても、断りの返事をしても、人間関係がギスギスするのはどうしたって避けられないだろ」

「多少のダメージは覚悟しているよ。でも、ダメージをできるかぎり少なくしたいんだ」


 そこでふと、俺は根本的な解決策を思いつく。というか、根本的なことを思い出す。


「なあ……おまえが中身リアル男だって宣言すればいいだけじゃないのか? その連中がおまえに告白してきたのって、おまえのことを中身女だと思っているからだろ。だったら、おまえが中身男だって知れば、むしろそいつらのほうから引き下がっていくだろ」

 俺としては名案すぎるほど名案だと思ったのだが、光の返事は芳しくなかった。


「……言わなかったか? 俺は何度も、中身は男ですよ、と言っているんだ。でも、誰もそれを信じてくれないんだ」

「写真なり生徒手帳なり見せれば一発だろ」

「ネットに個人情報をばらまくような真似は遠慮したいよ。それに、写真を見せたところで、それが俺本人だと信じてもらえる気がしない」

「ああ……」


 それは確かに、と俺も思った。

 光のことを女性だと信じ切っている連中だからして、兄か弟の写真でしょ、とか言いそうだ。


「それに、」


 と、光は言う。


「後々、俺がネット関係のトラブルに遭うことがあったとして、そのときに“あのとき、ファミリーのみんなに個人情報を流したことが原因なのかも”と疑ってしまうような可能性を作りたくないんだ」

「へぇ……そこらへん、わりと古風な考えなんだな」

「中学でも、ネットが原因の事件に巻き込まれた生徒が後を絶たなくて、生徒会のほうでも注意喚起の資料まとめだとかをやってきたからね。保守的な考え方にもなるよ。むしろ、そんな俺がネトゲに嵌ったことのほうが驚きなくらいだ」


 光はそう言って笑ったが、すぐにその笑いを収めると、改まった口調で言ってきた。


「さて、ここから本題だ」

「長い前振りだったな」


 俺の嫌味は聞き流された。


「この状況をできるかぎり傷の少ない形で乗り切るためにはどうしたらいいか、俺は昨日一晩、ガチで寝ないで考えた。そして閃いたんだ」

「ほう」

「俺に旦那ができればいいんだよ!」

「……ほう?」

「つまりな、俺が中身男だと信じてもらえない以上、今回の告白を断っても、誰とも付き合わないままでいたら、また告白される危険性がある。だが、俺が誰かと結婚してしまえばどうだ? 既婚者に告白しようというやつはそうそういないだろうし、告白されても“すでに旦那がいますので”と言えば、波風立てずに断ることが可能になる。どうだ、これが最善策だろ!?」

「おまえが寝てないせいで、思考が面白い方向にぶっ飛んでいるというのはよく分かった」

「その言い方は、賛成してくれている、ということだよな」

「まあ……うん。実際、悪くない方法かもな」


 以前にテレビドラマだったか何かで、既婚者の女性が合コンに参加させられる羽目になって、左手薬指の結婚指輪を外しておくように注意される……という場面を見た記憶がある。光がやろうとしているのは、それと逆のことというわけだ。


「【ルインズエイジ】の結婚は、夫婦になったキャラの両方に、互いの名前が入った結婚指輪が与えられるんだ。それを装備しておけば既婚者だってすぐに分かるから、告白してくるやつもいなくなるだろ」

「なるほどな。よかったじゃないか。これで問題は解決だ」


 俺は携帯を耳に宛がったまま頷いてから、


「で、それのどこが相談なんだ?」


 その疑問を問い質した。

 光は朗らかな声で答えた。


「だからさ、おまえにやって欲しいんだよ」

「何を?」

「旦那役を」

「……は?」


 俺が間抜けな声を上げたのを、光は自分の言葉がよく聞き取れなかったせいだとでも思ったらしい。教師受けのする、はきはきした言葉遣いで改めて言ってくれやがった。


「おまえに、俺とネトゲの中で夫婦になって欲しいんだ」

「……」


 唖然としすぎて呻き声すら出せない俺に、光は少し緊張した声で、さらにはっきりと言い放った。


かなめ、俺と結婚してくれ――結婚してください。俺の旦那になってください! 俺に、おまえの名前が入った結婚指輪をください!」


 ……要というのは俺の名前だ。

 川村かわむらかなめという名前だけ聞くと、


「あれ? こいつ、もしかして、自分のことをと言っちゃってるけれど、じつは女子なんじゃね?」


 などと勘繰ったやつもいるかもしれないが、お生憎様。俺は紛れもなく男である。

 俺の幼馴染みである伊東光は男で、俺も男だ。すなわち、どちらも男だ。男と男なのだ。


「……」


 俺は無言で電話を切った。



 だが、すぐさま向こうから、またかかってきた。無視しても、何度もかかってきた。いっそ着信拒否設定にしてやろうかと思ったところへ、今度はメールで言ってきた。


『おまえの宿題とテスト勉強と家の手伝いをさんざん面倒見てやったのは誰だ?』

 ……結局、俺は光の頼みを引き受けた。引き受けざるを得なかった。


 実際のところ、俺は幼稚園に入る前からの付き合いであるこの幼馴染みにさんざん世話になってきたわけで、その事実を持ち出されたら断ることはできなかった。俺は義理堅いのだ。

 ……というか、断ったら、色々と秘密にしておいて欲しいことを両親に暴露されそうな気がしたのだった。


(まあいいさ。どうせ、ネトゲの中での話だ。それに、結婚指輪さえ手に入れば、後は俺がログインしなくてもいいみたいな口振りだったし……うん。ここはひとつ、幼馴染みのために、快く一肌脱いでやるとするか)


 通話が終わった後、俺は自分に向かって頷くとパソコンを起ち上げ、【ルインズエイジ】を始める準備に取りかかった。

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