第2話 幼馴染み♂は俺の嫁 その4

 翌日の午後、俺は学校から帰ってすぐ、【ルインズエイジ】にログインした。そして、クラッシュとルミナを結婚させた。

 学校にいる間から、光と何度も打ち合わせた――もとい、光が一方的に『ああでもない、こうでもない』とメッセを送ってきながら決めた計画だった。


『婚約から結婚まででまた引っ張るのも有りだとは思うけれど、連休明けにテストがあるから、いまのうちに決着をつけちゃいたいよね』


 その考えには、俺も同意だった。光とは学校は違うけれど、連休明けにテストがあるのはこっちも同じだったからだ。

 こんな面倒事は連休前に片付ける――俺たちはその結論で同意したのだった。

 【ルインズエイジ】の結婚システムは、結婚するキャラ二名がそれぞれに指輪を持ち寄り、教会にけっこうな額の寄付をすることで成立する。ドレスとタキシードも必要なのだけど、これは教会でも有料で貸し出ししている。

 ルミナと二人で並んで立ち、事前に借りたドレスとタキシードに指輪を装備した状態で教会内にいる神父姿の専用NPCに話しかける。後は会話を進めていけば、結婚成立。所要時間は三分足らずだった。

 これが友人知人を集めての結婚なら、この後は披露宴と洒落込むところだが、今回は当事者だけでの結婚だから、これで全部終わりだった。


『よし、終わったな』


 俺は装備欄からタキシードを外して、そうチャットした。それと同時に、ルミナが叫ぶ。


『あああ!』

『えっ、なに!?』

『なんでタキシード脱いじゃうの?』

『いや、もう終わっただろ。脱いでも問題ないよな?』

『ないけど、これレンタルだから、教会から出たら消えちゃうんだよ。いましか着られないんだよ。もうちょっと着てようよ』

『えー……俺としてはさっさと帰ろうぜ、なんだけど……』

『駄目だよ、もったいない!』

『でも、』

『結婚費用を払ったのは誰?』


 そう発言されると、言い返す言葉は見つからなかった。


『分かったよ。好きにしてくれ』


 俺はもう一度、タキシードを装備した。

 ルミナは白いタキシード姿になったクラッシュの横に立って、腕に抱きついたり、頬にキスしてくる仕草をして、ハートマークの演出効果エフェクトを、花吹雪かライスシャワーのように振りまいていた。

 光はいろんな仕草を取って、ウェディングドレスをたっぷり三十分は楽しんだ。付き合わされている俺も、色んなポーズを取らされた。


『いっとくけど、これはただ楽しんでいるわけじゃないから。色んなふうにプレイ画面スクリーンショットを撮影して、ファミリーのサイトに貼るの。結婚式に呼ばなかった分、そのくらいしないとインパクトが薄いかもしれないからね』


 光はそう言っていたけれど、俺にはそれが言い訳のようにも聞こえていた。

 光が二人きりの結婚式を堪能して、俺がげっそりしたところで、俺たちは一度ゲームを落ちた。夕飯にはまだ少し間があったけれど、光にもいま撮った画像スクショをサイズ調整してサイトにアップロードする時間が必要だったし、俺にも宿題だとかの済ませておきたい私事があったからだ。

 今日の本番である結婚報告は、一門の門人メンバーが大勢顔を出す夜の時間帯になってからだった。

 夕飯だとかを済ませた後、いつもの時間に改めてログインする。携帯でメッセを入れるとすぐ、すでにログインしていた光から個人チャットが飛んできた。


『いま迎えにいくから』


 その数分後、俺と光は二人一緒に、ファミリーの溜まり場に立っていた。

 どこかの宿屋かホテルのロビーといった見た目の室内だ。ルミナの転移魔術でやってきたクラッシュに、ロビーにいた全員が振り向く。本当に視線を向けてきたわけではないけれど、無言のチャットから伝わってくる空気で分かる。

 そんな空気にまったく気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか、ルミナがあっけらかんと発言した。


『こんばんはーっと挨拶をして早々ですけど、今夜は報告があります』


 誰も反応しない。

 ルミナは気にせず続ける。


『もうホームページのほうには写真をアップしてますけど……』


 そこでいったん言葉を切って、ルミナはクラッシュの腕に抱きつく。


『わたしたち、結婚しました♥』


 相手に抱きつく感情表現は、結婚している者同士でしか実行できない。すなわちこの行動は、二人が本当に結婚したことを証明する行為だった。

 ルミナの発言から約二秒の間、沈黙が流れた。そして直後、何人分もの発言がわっと流れた。


『おめでとう!』

『あれドッキリじゃなかったの!?』

『間ってよいきなりだろそんな』

『おめでとー! お幸せにね-!』

『聞いてないよ!』

『プロポーズされたの? どんなこと言われたの?』

『ルーたんどういうこと!?』

『説明して!』

『ルミナちゃん考え直して!!』

『結婚式いつしたの? 呼んでくれたら駆けつけたのに!』


 一斉に発言されても、読む前からチャット窓の欄外に流れていってしまう。目で追うのがやっとだったけれど、祝福と糾弾の二種類が入り乱れていることは読み取れた。祝福は一割弱で、残りの九割強は糾弾だ。

 ルミナは両手でグーを作って大喜びする仕草をする。


『みんな、ありがとう! それと、急でごめんね。でも、そうしようって決めたら一秒でも早く結婚したくて……しちゃいました♥』

『おめでとお!』

『急展開でびっくりだけど、そういうのもありだよね』

『若いっていいねぇ』

『ありがとう、みんな。わたし、幸せになりますから!』


 ルミナは感謝とお礼の言葉を返しているけれど、俺はそれどころではなかった。

 範囲チャットや一門チャットは発言内容がチャット窓に記録される他、発言者の頭上にも吹き出し付きで表示される。そうした多人数向けチャットがさっきと打って変わって祝福の言葉で埋まったのは、さっき糾弾していた連中がいままさに、俺に向けての個人チャットで忙しくしていたからだ。


『おまえマジふざけんじゃねーぞ』

『ルーたんと別れろ。でないと見かけるたびにPKすっから』

『手切れ金が目当てなら考えてやるから、一刻も早く消えろ目障りだ**』

『鬱だ最悪だ最低だもう嫌だ何もかも終わりだおまえのせいだ**でやる』


 どす黒いオーラが滲み出てくるほど凝り固まった嫉妬の羅列に、俺はげっそりだった。


(まあ、しょせんはただのチャットで、何を言われようとも、痛くも痒くもないんだけどな)


 そう思う程度で済んだのは、これまでのペア狩り中にも嫌味や暴言の個人チャットが飛んできてたおかげで耐性がついていたからだろう。

 俺は個人チャットを全て無視して、範囲チャットでの会話に混ざる。


『みなさん、ありがとうございます。ルミナと出会ってからの時間は、ここにいる誰よりも短いですけど、共有した時間の密度は誰にも負けないつもりです。これからも嫁共々、末永くよろしくお願いします』


 俺は光が用意してきた文章をそのまま発言した。

 拍手する仕草をしてくれたひともいたけれど、大半は無反応だった。感情表現エモーションコマンドを実行するより、俺に個人チャットを飛ばすほうが大事だったからだ。

 ルミナの夫として嫁の実家ファミリーに挨拶するクラッシュへの個人チャットは、加速を止めない。


(この結婚って、ルミナがこの一門で波風立てずに遊ぶためのお芝居なんだよな。なんか、根本的に間違えていたんじゃないかって気がしてきたんだが……)


 溜まり場に集まっている面々は、表面上は静かにしているけれど、俺のゲーム画面は連中の嫉妬と恨みを言語化したもので溢れ返っている。

 連中の嫉妬は、いまはまだ俺に向いているけれど、いつ光のほうに方向転換するか分かったものではない。よく、可愛さ余って憎さ百倍、とも言うし、嫉妬の矛先が光に向いたときの燃え上がり方は、いま俺が被っているの誹謗中傷なんか目じゃないものになるかもしれない。


(いまからでも、この結婚が偽装でしたって、ネタばらししたほうがいいんじゃないか?)


 俺はそのことをすぐにでも光に相談しようと、携帯に手を伸ばした。

 でも、その手が携帯を掴むことはなかった。その前に、ゲーム画面に奇妙なものを見つけてしまったからだ。何もないところに、範囲チャットで発言したことを示す吹き出しがいきなり表示されたのだった。


『ルミナよくも裏切ったな!!』


 俺への個人チャットは同様の言葉で溢れていたけれど、表面上はお祝いの言葉や囃し立てる言葉ばかりが交わされる和やかな雰囲気だった。そこに突然、何もないところから辛辣な発言が飛び出したのだ。その場の空気が凍るのが、画面越しにもはっきりと感じられた。


『え、誰かいるの?』


 一門の一人がそう発言したのと同時に、別の一人がチャットの吹き出しが出たところへ近づいていって、隠れている敵を暴き出す探知スキルを発動させた。潜水艦のレーダーみたいな、光線がぐるっと一回転する演出効果が出ると、スキル発動させたひとの近くに突然、見知らぬキャラが姿を現した。


『おまえ!!』


 一門の誰かが言った。


『どうしてここに!?』


 もう一人が言った。


 ……ん?


 この二人の言葉に、俺は引っかかるものを感じた。

 なんだかまるで、隠れ潜んでいたこのキャラのことを知っているような口振りではなかったか?

 俺は突然出てきたキャラに、改めてカーソルを持っていく。

 少し長めの金髪に碧眼という顔立ちに、ほっそりした体つき。ビジュアル系とでもいうべき青年キャラだ。太もものベルトに短剣の鞘を括りつけているところからして、職は斥候スカウトだろう。斥候にはその代名詞とも言える透明化スキルがあったから、間違いあるまい。

 斥候の青年は、俺を含めた周りの面々が驚いているのを気にも留めずに――いや、そもそも、透明化が解除されたことすら気にせずにチャットを連打した。


『よくも裏切ったなルミナよくも信じてたのに裏切ったな裏切ったな!!』


 句読点を忘れた叫びに合せて、指を突きつける仕草をする。指先が向いているのは、ルミナのほうだ。

 そこまできたら、たぶん一番の部外者である俺にも、こいつが何者なのかが推察できた。

 光が最初に電話してきたときに言っていた彼だ。光に熱烈なアプローチをかけて、プレゼント攻勢をかけまくった挙げ句、光に拒絶されたことで暴言を吐き散らし、それが原因で一門から追放されたという彼だ!


『ねえ、あなたがどうしてここにいるの? ずっと隠れてたの?』


 ルミナが問いかける。チャットの文章がよそよそしいものに見えるのは、ルミナというキャラの向こう側にいる光がドン引きしているからだ。


『ああ、隠れていたよ。だって、隠れてないと追い出されるだろ』


 元プレゼント君こと現ストーカ君は、清々しいほどあっけらかんと言ってくれた。


『隠れてたって、まさか毎日ここにいた……とかじゃないよね?』


 一門の一人がおずおずといった感じで発言する。


『いたよ』


 ストーカー君は今度もまた、何の躊躇もなく即答した。


『それ、完璧ストーカーだよね!? ありえないんですけど!!』


 抗議の声が上がるけれど、ストーカー君はまったく怯まない。


『人聞きの悪いことを言わないでくれ。ぼくはただ、ルミナを見守っていただけだ』

『……いや、おまえ、ルミナちゃんに暴言を吐いて追放されたんじゃないか』

『あんなのちょっとした喧嘩だ。恋人同士なら喧嘩のひとつやふたつ、よくあるものだろ』

『いつの間におまえとルミナちゃんが恋人になってたんだよ!?』

『ずっと前からだよ!』

『いえ、そんな事実はないですが……』


 ルミナがそう発言をして、首を横に振る。しかしそれでも、ストーカー君は動じない。


『はは、ルミナは恥ずかしがり屋だからな。みんなの前じゃ秘密なんだよな。いいよ、無理して言わなくても』

『いや……本当にまったく身に覚えがないんですけど……』


 ルミナが――光がドン引きしている。傍で見ている俺ですら背筋に気持ち悪い汗がじわぁと滲むくらいだから、光はどれだけ気色悪い思いをしていることやら。


『でも、ぼくが見守っていて正解だったろ』


 ストーカー君は得意げに言って、俺のほう――クラッシュのほうに振り向いた。


『おまえ、よくもぼくのルミナを誑かしたな! このクソ野郎**!』


 クソが伏せ字にならなかったことに密かな感動を覚えていた俺を、ストーカー君は短剣で斬りつけてきた。街中でも攻撃行動を取ることはできるけれど、ダメージやそれに類する効果は発生しない。何の外もないただの示威行為だけど、そうだと分かっていても、けして気持ちのいいものではなかった。


『おまえ! おまえだ! おまえのせいで、ぼくのルミナは!!』


 いちいち叫びながら攻撃してくるストーカー君に、俺はといえば、棒立ちしたままだ。


『ええと、』


 俺はどうにかこうにか、考えをまとめながらチャットを打つ。


『さっきは、きみ……ルミナが裏切った、みたいなことを言っていたよね。それなのに、どうして俺に斬りつけてくるんだ?』


 純粋に疑問だった。

 一番最初の発言から考えるなら、ルミナにこそ斬りかかるべきだろうに……どうして、俺に? というか一体いつ、怒りの矛先がルミナから俺に方向転換したんだ?

 俺の疑問に、ストーカー君は攻撃しながら即答してくれた。


『その手には乗らないぞ!』


 ……ん?


『俺は分かっているんだ。おまえはそうやって、俺とルミナの仲を引き裂くつもりなんだろ!』


 ……はい?


 こいつは何を言っているんだ?


『さっきは不覚にもおまえの策略に引っかかりかけてしまったけれど、もう騙されないぞ』

『騙す? 俺が、きみを?』

『おまえがルミナを騙して、俺との仲を引き裂こうとしているのは分かっているんだ!』

『俺が騙しているのは、おまえなのか? それともルミナなのか?』

『どっちもだ! 言い訳するな!!』


 言い訳ってどういうことだよ……ああ、駄目だ。こいつとの会話を続けていると、俺の頭がどうにかなりそうだ。いや、もしかしたらもう、どうにかなってしまっているのかも。なぜって、俺はこいつの一言がつんと言ってやらなくては気が済まなくなっていたからだ。


『とにかく分かった。きみはルミナのストーカーなんだな。ルミナが怖がるから、そういう真似は金輪際、止してくれ』


 金輪際なんて言いまわしを使ったのは、たぶん初めてだ。


『怖がらせているのはどっちだ!!』


 ストーカー君が激昂した。ただ文章が表示されるだけのチャットでも、怒っているのが伝わってくる。


『ルミナを怖がらせて脅して追い詰めて無理やり結婚したんだろ分かってるんだぞこのクソ野郎**! リアルで**! いや**にいってやる俺のテクなら調べればすぐ分かるんだぞおまえの住所なんてそしたら絶対**て**てやる!!』


 句読点を忘れた長文を読むのは大変だったけれど、趣旨は読み取れた。要するに、俺を脅しているわけだ。面白いじゃないか。


『いいよ、俺にだったら。ルミナに付きまとうのは止めてくれるのなら、俺のことはいくらでも好きにしてくれ』


 自分でもびっくりするほどヒーローっぽいというか中二病的というか、歯の浮くような格好いい台詞が、クラッシュの頭上に表示される。その隣で、ルミナが火照った頬を両手で押さえて照れる仕草をしている。


『ふざけるな!!』


 ストーカー君が荒ぶる。


『おまえ勘違いしてんじゃないぞルミナの前だからってかっこつけて航海させるぞ脅しじゃないからな! おまえ、まじリアルで**から! もういまおまえの住所調べてるから明日いくから! 嘘じゃないぞ、俺ツール使ってっから、おまえのキャラデータから住所とか余裕でぶっこ抜けるんだからな!!』


 うん、ここまでの発言もかなりアウトだったと思うけれど、いまのは完璧にアウトだよな。

 俺の気持ちを代弁するように、一門のマスターさんが発言した。


『ここまでの発言は動画で保存させていただきました。もちろん、SSも撮っています。一式揃えて運営に通報しようと思いますが、謝罪の意思はありますか?』

『謝るのはおまえらだろ!!』


 ストーカー君は聞く耳持たずだった。


『俺はおまえらの陰謀に嵌められてファミリーを追放されたこと、まだ許しちゃいないんだ! 謝罪するのはまずそっちだろうがあ!!』


 だんだんと理解できたが、どうやらストーカー君の脳内には、自分に都合の悪いことを自動で他人のせいに置き換える機能が備わっているらしい。便利そうな機能だが、欲しいとは思わない。


『分かりました。穏便に済ませられればいいと思ったのですが……残念です』

『何が残念だ! 被害者ぶってんじゃねえ! 謝ったって許さないどうしても許してほしいなら通報なんて止めろいいな!?』


 ストーカー君はマスターさんに向かって捲し立てる。通報されたら弁明のしようがないと弁えるだけの理性は残っていたようだが、いまさら後の祭りだろう。


『俺もSS撮ってたんで、いま公式サイトの送信フォームから通報完了したよ』


 一門の一人が言った。


『俺もチャットログを付けて、いま送ったとこ』


 もう一人も言う。

 その後にも通報報告が二人ほど続いたけれど、ストーカー君はその間ひたすら喚きちらしていた。不快になる文字の羅列をひたすら連続発言していたのは、もしかしたら、チャット窓に表示されている記録ログから自分の発言を欄外まで押し流すつもりだったからなのかもしれない。そんなことをしても無駄どころか、いっそう深い墓穴を掘るだけなのに。

 これ以上の会話は死体に鞭打つようなものだと判断したのか、マスターさんが一門チャットで『場所を変えよう』と提案してきた。俺も、ルミナからの個人チャット経由でそれを聞いた。反対する者が出るわけもなく、俺たちは各自、手持ちの転移アイテムを消費する等して、ストーカー君が追いかけてこられないようにこの場を離れた。

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