第3話 幼馴染み♂を売る その3
【緑林亭】の門人一同は、溜まり場にしているホテルのロビーに集まって話し合っていた。議題はもちろん、晒し板に書き込まれたクラッシュのトレイン画像についてだ。
話し合うこと自体はべつに、ゲームにログインせずとも携帯のグループチャットなりで行えることだけど、そちらでのチャットはあまり活発になっていなかった。この話題に触れることを、みんな躊躇っているのだった。ゲーム内で話題になったのも、誰かがふと口にして、なんとなく始まってしまったのだった。
『これ、昨日の狩りのとき、だよな』
一人がそう発言する。俺に向けてのものだ。
『そうだと思います』
俺は続けて発言を打ち込んでいく。
『あのときは逃げるので精一杯だったから、細かいところまで憶えているわけじゃないですけど』
『要するに、このSSは間違いなく自分だって認めるんだね?』
もう一人が、ずばっと切り込んできた。
『その通りです』
俺は数秒の間を置いてしまいつつも、肯定の返事をした。そうするしかなかった。件のSSを何度も見直したけれど、やはりどう見ても、昨日のパーティ狩りで逃げまわっていたときのSSだった。
『でも、これは仕方ないよ!』
ルミナが擁護の声を上げた。
『あのときは、クラッシュが敵集団を引っ張って逃げてくれたから、全滅しないで済んだんだよ。クラッシュはわたしたちを助けようとしたんだよ!』
でもそれは、昨日の狩りに参加した面子なら誰でも分かっていることなのだ。その面々が問題にしている、あるいはしたがっているのは、そこではないのだ。
『それは分かっているよ、ルミナちゃん。でも、逃げているときに新入りがトレインしたのも事実だろ』
『そうそう。それに、そこを第三者に目撃されていて、しかもSS付きで晒されたって状況が問題なんだよ』
『ルーたんには難しいかもしれないけど、事はもう、新入りくん一人だけの問題じゃないんだよね』
示し合わせたような矢継ぎ早の発言に、ルミナはどうにか発言を差し挟む。
『一人の問題じゃないって?』
するとすぐさま、返事が畳みかけられた。
『この晒しSS、新入りくんの名前だけじゃなくて、うちら一門の名前も出ちゃっているでしょ』
『つまり、新入りくん個人じゃなくて、うちら全体がトレインするような迷惑集団だと思われかねないってことだね』
『あーあ、困ったことをしてくれたもんだ』
『なんでよ!? クラッシュは悪いことしてないじゃない!』
ルミナがまた一発言をどうにか返すが、投げ返される発言はこれまた山ほどだ。
『いや、悪いことなんだよ』
『その気がなかったとはいえ、結果としてトレインしたわけだからね』
『他の人がいなかったらまだ良かったんだけど、現にいて、SS撮られてるわけだし』
『言い逃れのできない証拠が出ちゃってるんだもんなぁ』
『こんなの証拠じゃないじゃない!』
ルミナが頑張って発言を連投する。
『このSSを見たって、故意にトレインしているのか、ただ逃げているだけなのか判別が付かないじゃない!』
だが、その反論では弱かった。たちまち、さらなる反論を呼ぶ。
『判別が付かないってことは、故意にトレインしていたと取られても仕方ないってことだよね』
『それに、故意にしろ仕方なしにしろ、事実としてトレインしていたわけだし』
『俺たちは一応仲間だし、事情も分かっているけれど、そうじゃない人がこのSSを見たらどう判断するかっていうのが問題だからなぁ』
ぽんぽん上がる反論の言葉に、ルミナもさすがに黙ってしまった。
俺もこの場に同席していたのだけど、ここまでは一言も発していない。問題になっているのが俺自身の事であるだけに、俺が何を言っても言い訳にしかならないと思ったからだ。それに実際、彼らの言っていることは正しい。
『ありがとう、ルミナ。でも仕方ないよ。あのSSはちょっと言い訳できない』
ずっと黙っていた俺が発言したことに驚いたのか、周りからの反論や野次は飛んでこない。ただルミナだけが即座に言い返してくる。
『そんなことないよ! ちゃんと誤解だって説明すれば大丈夫だよ!』
『説明するって?』
『だから、晒し板? そのSSが載せられた掲示板でだよ』
『逆効果だから絶対にしないように!!』
俺の発言に、やはりずっと静観していたマスターさんが続いた。
『クラッシュ君の言うとおりだよ。こういうのは反応しても、火に油を注ぐことになるだけだ』
『じゃあ、どうすれば?』
『もっとも有効な対処法は、無視することだな』
マスターさんは断言した。それに異論を唱える者はいなかった。
『そういうものなの?』
ルミナだけが、戸惑いも露わにそう発言する。
『否定も一部肯定も言い訳も、相手を面白がらせるだけだ。無視していれば、すぐに飽きるものさ』
マスターさんの返答に、ルミナはこくこく頷く仕草をする。
『ああっ、あれですね。芸能人のスキャンダルみたいな感じ!』
『そういうことだ』
俺も頷きの仕草をしながら発言して、さらに続けた。
『だから、ルミナも余計なことはしないように。いいな』
『なんだよぅ! 分かってるよぅ!』
ぷんぷんっと頬を膨らませて鼻息を荒げる仕草で、ルミナは言った。お互い、中身が男同士だと分かっているのに、よくもまあ、そんなぶりっこ口調ができるものだ……いや、男同士だと分かっている同士だからこそ、そこまではっちゃけられるのか?
『さて、ルミナくんも分かってくれたところで、この件に対する一門としての対応方針を発表しよう』
マスターさんがそう発言すると、全員、黙ったまま続きを待った。
『この件に対する方針は、無視だ。知らない人からチャットが来ても、反応は一切しないように』
俺もまったくの同意見だった……が、
『ちょっと待って、マスター』
集まっていた面子の中から、異論の声が上がった。
『反応を返さないっていうのは賛成。でも、その前にやっておいたほうがいいこと、あるよね』
一人が言うと、示し合わせてでもいたかのように、別の一人が続ける。
『ガンを治すことができなくても、患部を切除して転移を防ぐことはできるってね』
その例えにぴんとこなかったようで、ルミナは首を傾げて頭上に「?」を浮かべる仕草を取る。
『あのね、ルミナちゃん。つまりこういうことだよ。迷惑行為をするPLが一人いるだけで、うちら全員が同類だって見られちゃうってこと』
さらに続けて別の一人が、
『だから、新入りくんには、うちを抜けてもらおうって話だよ』
『えっ、なんでそうなるの!?』
ルミナが声を荒げた。表示される文字の大きさに変化はないけれど、そういう雰囲気は伝わってくる。
『まあまあ、ルーたん。落ち着いてー』
『落ち着けるわけないよ!』
『抜けてもらうって言っても、一時的なものだよ』
『そうだよ。ほとぼりが冷めたら、また戻ってきてもらってもいいんだし』
『そのほうがお互いのためだとも思うんだよね』
『そうそう。弄るネタを少なくしたほうが、面白半分でちょっかいかけてくる連中も飽きやすいだろうし』
口々に説得されると、ルミナもそれがいいように思えてきたのだろうか、言い返すのを止めてしまう。そして、いまにも『うん、分かったよ』と発言しそうだったとき、マスターの頭上にチャットの吹き出しが表示された。
『それは許可できないな』
マスターは異論の声が上がる前に、矢継ぎ早に発言する。
『さっきも言ったが、ファミリー全体としての方針は無視だ。クラッシュ君を破門にすれば、まさに犯人の思う壺。喜ばせるだけだ』
そして最後に、こう言い放った。
『我々は愉快犯に屈しない。これは決定事項だ』
マスターさんがはっきり宣言したことで、異論の声はなくなった。
『まあ、マスターがそう言うなら……』
『とりあえずは様子見ってことで』
『それで何もなければいいんだけど、ね』
懐疑の声はないでもなかったけれど、正面切って反対する者はいなかった。
『マスター、ありがとう!』
ルミナが感激の声を上げ、笑顔でお辞儀する仕草で感謝を表した。俺もそれに倣って、頭を下げる。
『ありがとうございます』
それから集まっていた面々のほうにも向き直って頭を下げ、
『俺のせいで心配させてしまって、すいませんでした。今後は気をつけます』
そうやって謙ることも忘れなかった。
俺はこの一門にとって新入りで、しかも、みんなのアイドルであるルミナの旦那という立場だ。一応は受け入れられたとはいえ、ゴメンナサイとアリガトウは欠かせないのだった。
ところが、話はこれで終わらなかった。
この翌日――というか、この話し合いが持たれた数時間後の深夜、晒し板に新たな投稿があった。
『トレイン厨を飼ってる一門のメンバー発見』
という本文に添えて、【緑林亭】メンバーの写ったSSが何枚か貼られていた。
これに対する反応は、
『で、こいつらが迷惑行為をしている証拠SSは?』
『こいつら有名人なの? いきなり貼られても、さすがに私怨乙としか』
そんな感じで、わりと冷めていた。
でも、貼られたSSに写っていた当人たちにとっては、そんなことは慰めにもならなかった。
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