第2話 幼馴染み♂は俺の嫁 その5

 再集合の場所に決められたのは、田舎町といった景観の街マップだった。街の中央が広場になっていて、ベンチがいくつか点々と並べられている。そのひとつに、ルミが腰掛けていた。


『あ、要。こっちだよ』


 俺の姿を認めた光から、個人チャットが飛んできた。ご丁寧に、ベンチに座ったルミナに手を振らせてもいた。

 俺はルミナのそばまで近づいていく。そして、ふと違和感を抱いた。


『あれ、他のひとは?』


 ベンチの周りには、クラッシュとルミナの姿しかなかった。ルミナと同じ家紋をつけているキャラは一人も見あたらなかった。


『あのね、待ち合わせの場所はここじゃないんだ』


 ルミナが首を横に振りながら発言した。


『え?』

『マスターには、わたしたちはちょっと遅れます、って言ってあるから……』

『そうか。二人だけで打ち合わせておきたいことがあるんだな』


 俺の発言に、ルミナは黙って首を傾げる仕草をした。


『ん? 違うのか?』

『違うというか、違わないというか……』

『どっちだよ?』


 歯切れの悪い光に、俺はちょっと苛々しながら聞き返した。その苛々がチャットからだけでも伝わったのか、ルミナは慌てた様子で言ってきた。


『ありがとうって伝えたかったの』


 ……ん?

 俺は少し考えてから、疑問をそのまま打ち込んだ。


『わざわざ感謝の言葉を言うために、二人になりたかったのか?』

『うん』

『……どうせ個人チャットでやるんだし、みんなと合流しておいても問題なかったんじゃないか?』


 光は何も言わない。俺の発言が続く。


『というか、電話なりメッセなりでよかったよね』


 光は何も言わない。


『わざわざこんな手間をかけること、なかったのに』

『というか二度手間だよな、これ。この後また移動するんだろ』

『さっさと、みんなのところに行こうぜ。んで、もう一度改めて結婚報告して、それで計画終了ってことで』

『……光? あれ? 接続切れてる?』


 ここまでずっと無反応の光が、さすがに気になってきた。でも、光は答えない。といより、微動だにしない。

 本当に接続が切れているのか、それともパソコンの前から急に離れないといけない事態が発生しているのか――。

 携帯で連絡しようかと思ったとき、ようやくルミナが発言した。


『もういい』


 たった一言だった。

 もういい、って……どういう意味だ? 口調や表情のないチャットのやり取りで、そのたった一言、たった四文字からだけで何をどう読み取れというのか。


『すまん、光。ちょっと分からない。何が、もういい、なんだ?』

『いいよ、もう』

『だから何が』

『みんなところに行こう。それで終わりだから』


 俺がなお言い募ろうとするのを遮って、ルミナはベンチから立ち上がり、歩き出した。俺も慌ててチャットを止め、その後を追いかけた。

 ルミナが向かったのは、広場から大分離れた街外れに建つ民家だ。ルミナに続いてその中に入ると、そこには一門の面々が勢揃いしていた。あまり広くない室内マップだから、満員電車のようになっている。

 揃って入ってきた俺たちを、何人かが嬉しげに囃し立てる。その裏では、俺に対する個人チャットがいくつか飛んできている。そうした状況を、俺はどこか遠くのほうに感じながら、結婚報告の続きをやった。


『これからも嫁のことをよろしくお願いします』


 もっと長々と発言したような気もするが、よく覚えていない。


『そうだ。よかったら、きみも我々のファミリーに入らないか?』


 マスターさんがそう水を向けてくれた。

 すかさず、ルミナが乗っかる。


『あっ、ぜひぜひお願いします! マスターが言ってくれなかったら、わたしからお願いするつもりだったんですから』


 これは事実だ。なぜって、嫁が旦那を自分の一門に誘わないのは不自然だから。


『それなら話が早い。みんなも異存はないよな? いや、異存のある者がいたって、ここはマスター権限で押し通させてもらおう』


 マスターがそう言った直後、一門への加入要請を示すダイアログが表示される。俺は承諾のボタンをクリックする前に一応、


『本当にいいんでしょうか?』


 と、全員に聞いてみる。

 個人チャットでは反対の嵐だったけれど、表向きには賛成の言葉しか上がらなかったから、俺は頭を下げて感謝する仕草をしながら、承諾のボタンをクリックした――クリックしようとした。


『待って!』


 一人の門人が発したチャットに、俺の右手の人差し指はマウスを左クリックする寸前で止められた。

 誰が発言したのかは、チャットログを見ればすぐに分かる。発言内容の前に発言者の名前がばっちり記されるからだ。

 ――が、今回はその手間が省けた。発言者はさらに続けて、自分の頭上にチャットの吹き出しを表示させたからだ。


『正直、サイトでSSを見たときから胸が苦しくて、全然祝福できなかったんだ』


 発言者はイケメン風好青年な見た目の騎士だった。

 イケメン騎士は詩を朗読するかのように語り続ける。


『でも、俺の個人的な気持ちでルミナちゃんの幸せに水を差したくなかったから、我慢しようと思った』


 その語り口に、俺はぴんときた。こいつこそ、さっきのストーカー君が一門を追放されたとき、ルミナにまっさきに告白したやつだ。ルミナへの大告白大会を勃発させて、光に「そうだ、幼馴染みの要を使って偽装結婚しよう!」と思いつかせた張本人だ。何の根拠もないけど、朗々と語るこいつを見ているだけで確信できた。


『けれど、こんな苦しい気持ちを押し隠したままじゃ、彼を心から俺たちの仲間に迎え入れることなんてできない!』


 イケメン騎士は俺を指差し、あたかも大声を張り上げるように宣言した。


『クラッシュさん、俺と……ルミナちゃんを賭けて決闘してください!』


 その発言にほぼ全員が、ぎょっとしたり、天を仰いだりする仕草をした。俺と光……クラッシュとルミナは突っ立ったままだ。唖然としすぎて、キャラに驚きの仕草を取らせる余裕もなかったからだ。

 俺たちのそんな戸惑いは、イケメン騎士には伝わらなかったようだ。


『いまから闘技場に行って、一対一で決着をつけましょう。あなたが勝ったら、俺はあなたの一門加入を認めます。でも、俺が勝ったら、ルミナちゃんとは離婚してもらいます』


 いや、その条件はおかしいと思うぞ。俺が勝ったら加入を認めるというのなら、俺が負けたら加入を認めないというのが順当なんじゃないか? ……という反論をチャット入力欄に打ち込む気力が沸かないでいるうちに、成り行きを見守っていた面々の中からさらなる声が上がった。


『ちょっと待った!』

『その決闘、俺も参加するぞ!』

『だったら俺もだ!』

『ずるいぞ! 俺だって!』

『じゃあ、勝ち抜き戦で優勝した奴がルーたんの旦那で!』


 俺のチャットログに個人チャットを飛ばしてきていた男どもも、発言先を範囲チャットに切り替えて喚き始める。


『おいおい。君たち、止さないか』


 マスターさんが制止しようとするも、この流れはもう止まらない。


『すいません、マスター。これは俺たち個々人の問題です』

『いやいや、君たちがどうこういうような問題ではないと思うが』

『マスターもルミナちゃんと結婚したいんですか?』

『いや、それはないが……』

『だったら口出ししないでください。失礼を承知で言いますけど、マスターはいま部外者です』


 イケメン騎士の発言に、マスターさんの発言が止まった。マスターさんを言い負かしたことに調子づいたのか、イケメン騎士はまるでその場の全員を代表するかのごとくに、今度はルミナを俺を指差して宣言した。


『ルミナちゃん。誰があなたに一番相応しいのか、見ていてください。ここにいる全員を倒して、俺が一番だって証明してみせますから』


 ぐっと握り拳を作る仕草。たぶん本人は、格好良く決めたつもりなのだろう。何の反応も示さずに棒立ちしているルミナが、こいつの目には頬を染めて感極まっているようにでも見えているのだろう。

 俺の目には、彼女が唇を噛み締めて、怒りに身を震わせているように見えた。だから、俺が彼女の代わりに言ってやった。


『おまえら、いい加減にしろよ』


 俺がそう言った途端、白熱していたチャットがぴたりと止まった。全員の注目が俺に集まるのを感じながら、俺は発言を続けた。


『ルミナは賭けの賞品じゃない。ルミナは俺の嫁だ。これ以上、俺の嫁を侮辱するんじゃねえ!!』


 一瞬、沈黙が訪れた。

 勝手に盛り上がっていた連中が黙っている。でも、この沈黙はいま一瞬だけのことだ。俺が何もしなければ、口々に反論を喚き立ててくるだろう。だから、彼らがチャットを打ち込む前に、俺はルミナの手を取った。

 夫婦同士でしか実行できない、伴侶にも手を握り返す仕草を取らせる感情表現エモーションだ。


『ルミナ、移動スキルを』


 俺は個人チャットで、ルミナにそう促した。

 ルミナは返事のチャットを打つ暇もあらば、瞬間移動のスキルを発動させて、隣り合って手を繋いでいる俺ごと、彼女の仲間が犇めている狭い室内マップから離脱した。

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