発想の無重力こそがその誇りである



この作品を読んで改めて実感しました。
SFというジャンルの素晴らしさを。

他のジャンルの作品が王道だの創作ロジックだの既存の名作だのの重力にとらわれ、わずかに残った未開の地を求めて地べたを這いずり回っている間、彼らは重力を無視してふわふわ宇宙まで飛んでいくことを競ってるのです。(いや、まあ、SFはSFなりの既存作の影響はあるのでしょうが、それでもです)

この物語はなぜか月に倒れている記憶喪失の男、つまり全くの白紙の男に、 謎の声がありとあらゆる可能性をうそぶくという体裁をとっています。

その『声』が提示する可能性のうちいくつかは、私が読んでも何が元ネタか分かる内容のものです。ちゃんとしたSF読みの方が読んだら、もっと多数のオマージュ元を言い当てることができるでしょう。あるいは物語のうちいくつかは作者さまの全くのオリジナリティに由来するものでしょう。

ですがこの短編の最も優れている点は、SFという作品の粋を集めていること、つまり発想の自由さがもつ魅力をこのわずかな分量に凝集させていることです。
だから読み終えた人はきっとため息をつくのです。
本当にSFって素晴らしい。

フィクションとはいえサイエンスというロジカルを積み上げるはずのジャンルが、結果的に他のどんなジャンルをも超越した大ボラのような話に至るという妙。素敵ですよね。

しばしの無重力を味わいたい方に、オススメの短編です。

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