この作品を読んで改めて実感しました。
SFというジャンルの素晴らしさを。
他のジャンルの作品が王道だの創作ロジックだの既存の名作だのの重力にとらわれ、わずかに残った未開の地を求めて地べたを這いずり回っている間、彼らは重力を無視してふわふわ宇宙まで飛んでいくことを競ってるのです。(いや、まあ、SFはSFなりの既存作の影響はあるのでしょうが、それでもです)
この物語はなぜか月に倒れている記憶喪失の男、つまり全くの白紙の男に、 謎の声がありとあらゆる可能性をうそぶくという体裁をとっています。
その『声』が提示する可能性のうちいくつかは、私が読んでも何が元ネタか分かる内容のものです。ちゃんとしたSF読みの方が読んだら、もっと多数のオマージュ元を言い当てることができるでしょう。あるいは物語のうちいくつかは作者さまの全くのオリジナリティに由来するものでしょう。
ですがこの短編の最も優れている点は、SFという作品の粋を集めていること、つまり発想の自由さがもつ魅力をこのわずかな分量に凝集させていることです。
だから読み終えた人はきっとため息をつくのです。
本当にSFって素晴らしい。
フィクションとはいえサイエンスというロジカルを積み上げるはずのジャンルが、結果的に他のどんなジャンルをも超越した大ボラのような話に至るという妙。素敵ですよね。
しばしの無重力を味わいたい方に、オススメの短編です。
かく言う僕にも、控えめに言ってわけがわかりませんでした。
僕にはまだまだ読者力が足りないようです。
......感想、これで合ってますか?(笑)
真面目な話、このわけのわからなさこそが作品の醍醐味なのだと僕は解釈致しました(もちろん褒め言葉です)。
過去、これほどまでに主人公と感覚を共有できる作品はあったでしょうか。
自身の置かれている状況が飲み込めない主人公。作品の内容がなかなか理解出来ない読者。そして、最後まで個としての正体の明かされない二人称(あなた)。
もはや無粋かもしれませんが、小説の文面を越えて現実の「あなた」に作用する混乱、これこそが、この作品の意図するところなのではないでしょうか。
もはや「主人公」という概念そのものも危うくなります。
僕は当初、この作品は斬新なショートショートラッシュなのだと錯覚致しましたが、こちらの方がしっくり来ます。無論、ショートショート的な世界観も作品における大きな魅力であることは言うまでもありません。
「あなたは月面に倒れている」
この一言を今ここでもう一度目にして、あなたが頭に思い浮かべたものは何でしょうか。
僕は、あの月面で「過ごした」ひとときを思い出しました。
......ん? これは果たして本当に僕の思い出だっただろうか......。
きっと、そういうことです。
しかし、この作品をある特定のジャンルにカテゴライズすることは不可能ではないでしょうか。或いは、既にそのようなジャンルが存在しているのかもしれませんが、どちらにせよまったく独立したジャンルであることには間違いありません。
そのジャンル名を尋ねられたら、僕は「カンガルー」と答えることでしょう。
果たして、僕の解釈はどこまで正解なのでしょうか......。
混乱は、まだまだ続くようです。
どこかで聞いたような、聞きたいようなお話が絶対的危機にある主人公に囁かれます。
(死にかけの主人公にはどうでも良い話ばかり)
倒れた主人公の周りを何の悪意もない子犬のようにぐるぐると話が回っていく。
しかし、わたしはそれら小断片の物語いずれかに琴線に触れるなにかを発見してしまう。
やがて気がつけばウイルスに感染し、奴らの遺伝情報を増やす機械になりはてている。
感動や衝撃、意外な展開で人の心を変えるような小説ではない。どのみちそいつらは一過性だ。
しかしこの小説は読了後、わたしはこれまでとは違った何かを再生産し始める。
「物語の原点」に繋がる何か。
繰り返し繰り返し読みたくなる。ああ、これで何回目だろう。
そのたびに生まれ紡ぎ出される何かはわたしを変えていく。
そして今日もわたしはこの小説を読んで犬。