わたしを巡る、‘“わたしたち”’の人生の物語!

SNSの代わりに『バイオローグ』という新しいメディアが誕生している近未来――人は全ての情報を、経験や感情までを含めて『バイオローグ』に記録することで、その人物の人格すら再現できるようになっていた。

これは自殺をしたわたしを巡る、‘わたし’と“わたし”の物語で、お互いの対話を通じてオリジナルに近づこうとする、欠けた者同士の対話の物語。

哲学的であり、思索的であるのだが、それを複雑になり過ぎず、難しくなりすぎないように、一人の女の子の物語に落とし込んでいる。掲げらてたテーマに臆することなく最後まで読み進めてほしいと思う。そして、ラスト二話に込められら作者のSF的思考、社会への警鐘、技術やテクノロジーへの可能性に胸を震わせたり、背筋を凍らせたりしてほしい。

正直なところ、僕は震えてしばらく物語の余韻から帰って来れなかった。けっして長くはない物語の中に、新しい社会と、新しい未来の姿や形を確かに感じることができて、いつまでも物語の世界に浸っていられるような気さえした。

物語の中では素晴らしい未来や可能性だけが描かれているわけはなく、しっかりと欠点や悪意、技術やテクノロジーの恐ろしさが描かれているのだが、それでもそれが絶妙なバランスをもって――素晴らしくもなり、悪くもなる可能性を秘めた不安定な未来を描くことに成功していると思った。

最後に、夭折の作家・伊藤計劃氏の息吹と萌芽を確かに感じるのだが――この物語は計劃氏より少しだけ優しく、そして未来の可能性に満ちている!

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