逃避行は勢いが肝心だけどその後が割と大変
「勢いでここまで来ちゃったけど……
どうしよう」
家出から数日、足の向くままにアテもなく旅を続けた結果、セカン王国を超えて本編で次の目的地だったサード公国にアルシアは来ていた。ここサード公国には五人の姫巫女の一人、マリーナの実家があり公国の中心に属する彼女の家を頼ろうとしたが、肝心のマリーナが居ないので途方に暮れていた。
「マリーナもどっかに行っちゃうし、リタも旅に出てるらしいし、他に頼れそうなのは……」
広場の噴水の縁に腰掛け、人の流れを見るでもなく雲ひとつ無い空を見上げている。オレンジの髪の癖毛が風に揺れる。
「あとは、エリザの処か。でも、ここからだと遠いのよねぇ……ゴーダって」
ゴーダは本編で次の次に訪れる場所で、砂漠地帯のサード公国、降雪地帯のシイの村に続く火山地帯の国で、五人目のヒロインであるエリザの故郷でもある。
因みにボスキャラの魔王バーンはエリザの父親であり、最終回後は仲睦まじく暮らしているとか。
「勢いで出たは良いけど、あんまり頼れる人って少ないのねぇ……。みんななんだかんだで忙しいみたいだし、どうしようかな……」
そう。本編の様に何か目的もある訳でもなく、アルシアは困り果てていた。そりゃあそうである、なんたってラスボスも倒した訳だし。
むしろそんな目的らしい目的があれば本編ももう少し長く続いているのである……!
「……あれ、アルシア?」
と、凛としたクールボイスが聞こえる。ふとアルシアが声の方に目を向けると、そこに深い青色の髪、その下の黒い瞳がアルシアを覗いていた。
「やっぱり。アルシアね、久しぶり」
「もしかして、リタ!?」
「もしかしなくてもそうよ。
こんな所で会うなんて奇遇ね」
四人目のヒロイン、リタ。
クール属性を一手に担うサバサバクール系ヒロインである。青を基調とした短いコートを羽織り、その下には黒のインナー。膝までのジーンズを履き、足を護る硬質なロングブーツで足を固めている。
腰には無骨な拳銃と一対のトンファーを忍ばせており護身用とは言え時に魔物と渡り合う事さえある。小顔ながら凛とした顔立ちと細いながら引き締まった肉体は他のヒロインとは一線を画す健康美を見せていた。
「確か、旅に出たって聞いたけど。どうしてここに?」
「それは偶々ここに足が向いたからよ。マリーナの家が有るって聞いたからついでに寄って行こうと思ったけどあの子も旅に出たって。アルシアも?」
「うん。私もちょっとマリーナの処に行こうと思ったけど、間が悪かったのかな。あはは……」
「ふぅん……。あ、そうだ。アルシア、婚約したんだってね? 勇人と」
「え? あ、うん。そうだけど」
「あの節操無しも遂に身を固める決心をしたのね。全く、周りにあれだけいい顔しておいて……。
とにかく、おめでとうアルシア」
ヒロインの一人でもあるリタも、ハーレム系ヒロインの宿命か主人公である勇人に多少なりとも好意を持っていた。
いや、最初こそ殺意を抱くほどに未熟な勇人を嫌悪していたが(アニメ7話、原作3巻)旅を続ける内に理解を深めていき、最終回が近付くにつれて次第に好意を寄せていったのだ。
「う、うん。ありがとう、リタ……」
「そう言えば勇人は? 一緒に居るんじゃなかったの」
「勇人は、その」
「……判った。また何処ぞの女の子にちょっかい掛けてるんでしょうね。
いいわ、私が成敗して来る」
リタは素早く腰に忍ばせた拳銃を取り出す。生存競争の厳しい雪国で鍛えられた熟練の銃捌きだ。周りの通行人が拳銃の登場に軽く引いている。
「いや違うから!
いや違わ、ないけど。とにかくそれ仕舞って!」
「……いいけど。なんか煮え切らないわね、今日のアルシア」
銃を仕舞うのを見てアルシアがホッと撫で下ろす暇も無いままリタは問い掛ける。え、と不意を突かれていた。
「いつもならもう少しハッキリしてるじゃない。勇人の事は後で絞めるとして、どうしたの。何かあった?」
「やっぱり鋭いね、リタは。……実は、その。言い辛いんだけど」
「いいわ。割と付き合い長いし、遠慮なんて」
「……驚かない?」
「大抵の事にはね」
「……その。勇人とは、別れちゃって」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
再び、広場の注目がリタに集まる。アニメでもそうそう滅多に出さない大声でリタは叫んでいた。
リタの表情も驚いて居たが、アルシアの表情はもっと驚いていた。……何を隠そう周りの通行人はもっと驚いていた。
「ちょっと! あんた、決戦の前に
『どうせ結婚するんだったら勇人がいい』とか言って無かったっけ!?」
(アニメ22話、原作9巻)
「リタ! クビ、首絞まって!
苦るし……っ!」
ぐわんぐわんアルシアの首元を揺らすリタ。端から見れば殆ど首を絞めている格好だった。
「あ……ごめん、取り乱しちゃって。……その、本当なの」
「別れた、って言うか。
こっちが愛想尽かしちゃって出て行っただけなんだけど。婚約は、正式に破棄した訳じゃないんだけどね」
「………………。
その、なに。
つまり、ケンカ別れ……?」
「…………うん。そう、なんだけど」
お互いに言葉を無くす。幾らかの通行人が固唾を呑んで見守る中、リタが口を開く。
「なら、簡単じゃない。どちらかが謝ればいいのよ」
「え?」
「詳しい状況は分からないけど、取り敢えず勇人の方が悪いんでしょ?
なら私がアイツの首根っこ捕まえてでも謝らせるから」
「いや、でも。私は」
「大丈夫よ。私は気ままな一人旅だから。道草なんて関係無いわ」
「別に、そんなんじゃなくて」
「これを期にあの男の性根も叩き直せるわね。安心して、直ぐに見付けるから」
「リタ? ちょっと!?」
スタコラと軽い足取りでセカン王国方面へと向かっていくリタ。
「じゃ、行ってくる! 二、三発は打ち込んで来るから期待してて!」
手を振って人混みの中へと消えていく。広場には一人、静止の腕を伸ばしたままのアルシアが一人。
「……別に、仲裁をして欲しい訳じゃ、なかったんだけど……」
苦虫を噛み潰したような顔でアルシアはそう呟いた。
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