ヒロイン対ヒロイン
「見損なったわよ、勇人……! いや、見込みなんて最初から無かったけど」
「な、何でお前がここに居るんだよ? リタ!」
石張り道のど真ん中、仁王立ちで一人の少女が立ち塞がる。
細身の体は少女のそれではなく、しなやかに鍛え上げられた強靭な肉体。体のラインの出る黒のインナーと膝までのジーンズは彼女の筋肉を薄く浮かばせ、腰に無骨な拳銃、一対のトンファー、風に靡く羽織る青のコートは迫力を誇張させる。青髪黒眼、小顔ながら緊張感のある表情は少女というより熟練の戦士を思わせる。
「どうしたんですか、リタさん! 久しぶりに会うなり見損なったなんて!」
「なんだ、セリカも居たのね。
……ははぁ、なるほど。そういう事」
「リタ、お前どうしたんだ。一人で納得しやがって」
「勇人。アンタは私と会った時からそうだったものね?
アルシアにセリカにマリーナ……いつも女の子を侍らせてたわね。
挙句、エリザまで毒牙に掛けて。正気の沙汰とは思えなかったわ」
「ぶっ! ……そりゃ世界を救う為であってだな。つーか、お前も結局付いてきただろ!」(アニメ8話、原作3巻)
「あれは不可抗力よ。教団の連中にシイの村が襲われ無ければ誰がアンタなんか……!」(アニメ8話、原作3巻)
解説しよう。原作にて四人目のヒロインとなる彼女、リタは四番目に訪れた五人の姫巫女の居る場所『シイの村』に住むハンターの少女である。
幼少の頃より積雪地帯であるシイの村にて外に棲息する獣を狩り、過酷な環境を生き抜いてきた氷のようにクールな武闘派ヒロイン。
彼女は割とガチなバトルシーンを担当する事が多く、一対のトンファーと拳銃、自身の氷の魔法を駆使した戦闘シーンは他ヒロインと一線を画し、更に敵女幹部のビーティルとは宿命のライバル染みた関係となっている。
……そんなクールビューティな戦闘ヒロイン、それがリタというキャラクターなのだ。
「リタさん、今日は一体? 確か邪神ジャークとの決戦の後はシイの村に戻ったって聞きましたけど」
「うん。あの後、村に戻ったけどやっぱり外の世界が忘れられなくてね。
もう一度、自分の足で世界を見て回りたくて旅に出たんだけど……まさか、こんな事になってたなんてね。
ガッカリよ、勇人」
「な、俺がどうかしたのかよ?」
「とぼけないで。アンタ、婚約まで交わしたってのにアルシアを泣かせて自分は捜しもせずに外で遊んでいるなんてね」
「いや、遊んで無いし仕事だし。
というか泣かされたのはむしろこっち……」
「問答無用! アンタみたいな女たらしのロクでなしは一度絞めといた方がいいと思ってたわ」
「思ってたのか!?」
「アルシアだけでなく、今度はセリカまでたらし込んで……アンタの様な奴を野放しには出来ないわ。
今すぐここで取っちめて、アルシアの所に連れて行く!」
素早く一対のトンファーを腕に持ち替え、やや姿勢を落とし戦闘態勢を取るリタ。氷の様な眼差しが鋭く勇人に向けられる。
「リタさん止めて下さい! 勇人さんは確かに自分でも気付かない内に女の子をたらし込む天性の女たらしさんですけど、でも。優しくて、女の子の好意には全く気付けない鈍感な人なだけなんです!」
「……セリカ?
それ、フォローじゃないぞぉ?
むしろ、援護射撃?」
「よく判ってるじゃないセリカ。そんな唐変木で、無駄にモテて、気付くと女の子にセクハラかましてる変態。そんな奴の肩を持つ事はないわ」
「ぐっ」
「確かに旅の途中、何度もそんな場面を見ましたし、遭いました。
でも悪気は無いって分かってますし、病気みたいなものですから。
だからってアルシアさんの事だって全部が全部、勇人さんが悪い訳じゃ」
「だったら、なんでアルシアはわざわざ自分から家を出て行った訳?
なんだかんだで一番あの子が勇人に気があったじゃない。
そんなあの子が自分からなんて……どう考えても悪いのは勇人じゃないの」
「うぐぅ……っ」
「それは、確かに、そうですけど。
でもっ、幾ら女の子の心がわからない勇人さんだってこのままじゃいけない事くらい判ってる筈です!」
「へぇ、じゃあ。
セリカはどうするのよ?」
「わたしは、……私はこんなわたしを助けてくれた勇人さんの味方に……力になり続けます!」
決意の表れか、セリカの周囲には旋風が立ち籠める。
黄色のチュニックが風に靡き、栗色のポニーテールが緩く流れている。キッと引き締まった表情は小さな体から強い決意を想わせる。
「……ふぅ、全く。アンタって子は。
良いわ、こっちもアルシアの為に、特にそこの馬鹿を取っちめる為に。
一肌脱ぎましょうか!」
鋭利な眼光が刺し貫く。立ち籠める旋風に対抗してか彼女の足元には霜が降りていた。周囲の空気は凍り付き景色を停止させていく。氷の魔法の力は辺りの総てを氷結させ、その動きを制する。
「くっ……、勇人さん、来ますよ! ……勇人さん?」
セリカが振り向くとそこには石畳に小さくなってすっかりいじけた勇人の姿が。よく晴れた晴天なのにそこだけどんより暗くなっている。
「……ああ、うん。
帰って……いいか?」
力なく返事を返すのが精一杯の勇人であった。
「てやっ!」
放たれた超小型の竜巻と言える風の奔流が石畳を疾る。弧を描きながら青の少女の下へと襲い掛かる。
「はぁっ!」
対して迫る風の奔流を超低温で精製した氷柱を打つける。旋風と氷柱は衝突し、相殺。
互いにエネルギーをぶつけ合い形状を維持できず風と氷の魔法は消滅する。
「やるわね、セリカ!」
「リタさん……やっぱり手強い……!」
都合十分、風の魔法と氷の魔法の対決は苛烈を極めていた。ヒロイン同士のまさかの対決という事態の中、勇人は。
「……うわ、すっげ。リタの奴、また腕を上げたんじゃないか……?」
ボー然とその対決を眺めていた。
「って、何時までもボー然としてる場合じゃない!
とにかく、早く止めないと……!」
「セリカ、どうしても勇人の肩を持つのね。でも勇人は結局アルシアを選んでたのよ?
気持ちは解らなくも無いけどそれはセリカにとっていい事なの……?」
「それは、でも。……それでもっ、私は勇人さんの為なら!」
「どこまでアイツの事を……。
でもね、私だってあのバカの顔を一発殴っとかなきゃ気が済まないのよ!」
リタは両腕のトンファーを携えて空気を冷たく切り裂きながら一気に距離を詰める。
「負ける……もんかぁぁぁぁっ!」
セリカも風の魔法を剣の形に収束させ、負けじと風の如く走り抜ける。
「二人とも、よせっ!」
「「あっ」」
その瞬間、勇人は二方向から物理的な何かが迫ってくるのをスローモーションの如く確認した。
片や金属の鈍い輝きのトンファー、もう片方はセリカの魔法で剣の形に収束した風の剣。
止めに入る勇人の目前にそれらが振り下ろされるのをはっきりと視認し。
「ぐふっ……!」
衝突。そして、ぐらりと哀れな男の体がゆっくり崩れる。
「勇人!?」
「勇人さんーー!?」
薄れゆく意識の中、勇人は二人のヒロインの顔を最後に意識をフェードアウトさせていた。
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