ヤラレ役、その悲哀



「よっし! 全ッ快!」


「あ、無理はしないでくださいね勇人さん! 病み上がりなんですから」



 十日後、病院から無事に退院した勇人は再び王国を荒らす魔法使いの手掛かりを求めて悪人が潜みそうな岩礁地帯へと足を運んでいた。



「ふっ、ナメるなセリカ。俺は勇者ハヤトだぜ? 魔王バーンや邪神ジャークを下し、大抵の怪我は一週間で治る俺が魔物如きにやられる訳が無いだろう!」


「なんていうか、身も蓋も無いセリフな気がしますがそうですね! 今までそれでなんとかなって来ましたし」


「おう。そしてこういう展開の後は何かしら起きるのが定番のパターンだろ。

 こういう行った事のない場所にこそイベントが仕掛けてあるもんさ」


「それで、この岩しかない殺風景な場所ですか? こんな場所に誰も来ないと思いますけど」


「だからこそだ。大抵、正体が分からない系の敵はこういう人が来ない場所でほくそ笑んでいたりするもんだ。

 ……それに敵はタイラントオーガなんて大物をけしかけて来た。ああいう強力な魔物を召喚するには人目がない方がいいだろ?」


「なるほど。確かに教団の幹部の方も魔物は人目がつかない場所で召喚しているみたいでしたし、それはそうかも知れませんね」


「病院のベッドの上で寝ている時に気付いたんだ。もしかしたら、敵はジャーク教団の関係者、それも幹部クラスの相手かも知れない……って。

 それだったらあんな強い魔物を召喚しても不思議は無い」


「そうですね!

 いつも勢いで物事を解決してたのに今日の勇人さんは冴えてますねっ!」


「……なんか、時々辛辣な事を言うよなセリカ……」






 岩場の探索を始めて小一時間。雑談のネタも尽きかけた頃、少し開けた土地に出た。そこに。



「……誰か居る……?」



 勇人とセリカは岩陰に隠れてその人影を観察する。ウエーブのかかった萎びれた黒髪と無精髭、黒いボロボロのマントを羽織った鷲鼻の中年。



「あれって……確か、ジャーク教団の」


「サルダン……! なんでこんな所に」



 ジャーク教団三幹部の一人、サルダン。魔物の召喚を得意とする悪の魔法使いである。

 最初にファストの町で勇人とアルシアを襲った敵であり、最も登場回数が多く最もやられる回数の多い、ぶっちゃけヤラレ役だ。


 彼がヒロインと勇人を襲う、程よくピンチにさせる、新能力や必殺技とかでやられる……これが引き立ての黄金パターンである。


 毎回負けながらもバラエティ豊かな魔物と、憎めないキャラクターで人気を博していた隠れ人気キャラクターでもある。因みに主に支持していたのは30〜40代前後のサラリーマンの方々だとか。




「やっぱり、アイツまだ悪事を働く気だったのか……! こんな所でコソコソと」


「見てください勇人さん! あれ、魔法陣なんか描いてますよ。魔物を召喚する気でいる様です!」


「ちっ、やっぱりか! タイラントオーガも奴の仕業かアノヤロー!」



 勇人とセリカは岩陰から躍り出て魔法陣に向かい合うサルダンの元へと走る。特に勇人は額に青筋を立てながらの全力疾走だった。








「……『古の盟約に因り我、汝を召喚す』……サモン!」



 サルダンの詠唱に応えて魔法陣は光り輝く。稲妻が線に沿って妖しく走る。その中央の六芒星の中から漆黒の炎が猛り、地の底より魔の眷属がその姿を顕す。


 現れたのは蝙蝠の翼、鋭い爪と赤黒い色味の肌を持つトカゲに似た頭を持つ悪魔。全長にして二メートル程の脚のない一本の長尾を持つ魔物が姿を見せる。



「なんだ、リザードエビルか。

(アニメ15話、原作6巻)


 あーやっぱ最近やってなかったからか、半年前よりも腕が落ちてるか……?」



 頭を掻いて魔法陣の中央に浮かぶ魔物を見て溜め息を一つ。どうしたものかと魔物の紅い眼と睨めっこしていると。




「そこまでだぁぁぁぁっ!!」



 そこに青色のジャケットを着て片手に剣を振り回しながら突進してくる勇人の姿。その後ろには黄色のワンピースのセリカが付いている。



「な、何だァ!?

 ありゃあ、勇者ハヤト! クソっ、何でココに……!」



「やっぱりお前か! 懲りもせず今度はセカン王国を襲っていやがったのか!」


「何のことだか知らねぇが……ここで会ったが百年目、姫巫女の嬢ちゃんも今日は一人しか居ねぇ!


 いい機会だ、今までの礼をたっぷりと返してやるぜぇ!」



「! 気をつけてください勇人さん、何かするつもりみたいですよ!」


「その通りだ嬢ちゃん!

 行くぜ、連続サモン!」



 再び魔法陣は輝きを帯びて、中央からは黒い炎が沸き立つ。その中から一体、また一体とリザードエビルの姿が現れる。



「ははは! どうだ、これだけの魔物の数じゃあどうしようも無いだろう勇者ハヤト? 一人しか姫巫女を連れていないお前にこの数は無理だろう。


 この分なら五分と掛からず手前をボコボコに出来るなぁ……!」


「くっ……!」


「さぁ、行けぇ!!」



 魔法陣から現れた何体ものリザードエビルが翼を翻し、爪を駆り立てて勇人たちに襲い掛かる……!









 五分後。



「また、負けた……!?」

 あっさり敗北を喫したサルダンが地面に突っ伏していた。



「なんか、やっぱりって感じでしたね」


「ああ、セリカもそう思うか」


「何故だ? アレは絶対勝てると思ったのに……!」


「諦めろ。お前は多分、そういう星の下に生まれついたんだ。


 で、何だってこんな所で魔物なんか、王国を狙ってたのかお前」


「……だから、何のことだ。俺は久しぶりに召喚の調子を見ようと」


「とぼけるな。この間タイラントオーガをけしかけたのはお前だろ?」


「はぁ? 知らんぞ俺は。タイラントオーガどころか、久しぶりに召喚をしたばかりなんだぞ」


「馬鹿言え、お前以外だれがあんな強い魔物を召喚できるんだよ」


「知らんもんは知らん。

 人の罪を人に押し付けるな」


「……なんだ、本当に何も?」


「知らんといってるだろうが」


 勇人とセリカは二人して顔を見合わせる。


「じゃあ単にサルダンさんは?」


「ここに居合わせただけだ」


「あー……。

 …………その」



「「すみませんでした!!」」



 二人の合唱をサルダンは複雑な表情で見上げていた。









 そんでもって。


「サルダン、お前何やってたんだよ」


「何って、本業の方が疎かになってたんでね。久しぶりにやってみたんだが」


「……そこに私たちが現れて邪魔が」


「その通りだ嬢ちゃん。いや、あの後教団も解散しちまって稼ぎが無くなっちまってな。


 色々見て回ったんだがどうも仕事が長続きしなくてね、本業の魔法使いでやってけないかと思ったんだが。今のご時世、身元不確かな魔法使いなんて何処も雇ってくれないだろ?


 だから召喚術師で何とか食ってけないかと試行錯誤しようとして、手前らに出くわしたって訳さ」


「苦労してたんだな、アンタも」


「おうさ。他の連中も部下どもと商売やったり、何処ぞに旅に繰り出したりしてるらしいがな。


 手前みたいに可愛こちゃん侍らせて楽しくやってる訳にはいかんのよ」


「む……。そんな訳、無いだろ。

 第一、俺はオマエの言う様な節操なしとかじゃないぞっ」


 サルダンは心底不信そうに顔を歪める。



「今更、どの口が……。

 いや、それより。どうした? いつもの他の嬢ちゃんはどうした」


「あ、いや……」


「何かあったか。

 そうでなくてもいつもあの気の強い嬢ちゃんが居ると思ったが」


「サルダンさん、それはその……」



 勇人とセリカは言葉を失う。対してサルダンは何をするでもなく、


「わかった。

 ま、これは嬢ちゃん達の問題だな。

 他人の俺が言う事じゃ無いが、これ以上拗らせる前に片を付けた方が良いぞ。

 時間を掛けるほどこの手の問題は面倒になる」


「サルダン。お前」


「ま、良いさ。色々立て込んでるみたいだが、若いんだ時間が解決してくれる。それじゃこれで失礼するぜ。


 あと、良い仕事あったら教えてくれ。なるべく給料の良い奴で頼む」



 そう言い残し、手を振って別れた。

 黒いマントが風に吹かれて靡いている。

 勇人とセリカはその後ろ姿を見送っていた。



「サルダン……。

 あいつ、人生相談なんか出来たんだな」


「ええ、もっと何も考えて無い方だと思ってました」




 遠くで、

 黒い人影がズッコケるのが見えた。



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