リア充どもの修羅場が見れるぞ!
「あの、アルシアさん。勇人さんと何があったんですか……?」
「何でもないわよ」
「でも」
食卓にはギスギスした空気が。勇人とアルシアに挟まれる形でセリカは木のテーブルに腰掛けていた。
「いいから。それよりセリカ、よく来てくれたわね。確か邪神ジャークを倒した時以来だっけ」
「はい。私はあの後セカン王国に帰りました。アルシアさんと勇人さんはここに居るって聞いていて。
あ、二人共婚約、したん……」
「それよりも。折角来たんだからお茶にしましょう。何飲む」
「あの、えと。紅茶で……」
アルシアはキッチンに向かうと紅茶を淹れる仕度を始めた。キッチンのドアが閉じるとセリカは一息ついた。
「セリカ、悪いな。来てくれたのにいきなりこんなので」
「勇人さん……アルシアさんと何があったんですか?」
「いや、いつもの通りに家で暇してたら掃除しろってうるさくてな。
あいつ、こっちがちょっと言い返しただけで蹴ってきやがんの。ったく」
「え。その、大丈夫ですか?」
「ああ、いつもの事だよ」
勇人とアルシアは原作でもどつき漫才的なやり取りをしており、それは別に珍しい事でもない。と言うのも半ばアルシアの照れ隠し的な意味合いも多く、アルシア自身の本人とは裏腹な行動を取るといったツンデレな事情でもある。
「にしても、
ちょっと今のはやり過ぎじゃ」
「だよなぁ。前よりも攻撃が的確と言うか? なんか殺意みたいなのを時々感じるんだよ」
「さ、殺意? そんな、アルシアさんが勇人さんに?」
「やる。あいつなら殺る。
殺ろうと思ったら殺る奴だ、あいつは」
力強く断言した勇人、その表情は真剣そのもの。それを見るセリカは何とも微妙な顔をしていた。
「お待たせ。はい、有り物だけどお菓子も一緒どうぞ」
「わぁ、ありがとうございます」
キッチンのドアを開けてアルシアが二人分の紅茶を淹れてテーブルに並べた。カップと共にクッキーも何枚か用意されている。
「おい。なんか俺の分が無いみたいなんだが。これは何かの間違いだよな?」
「間違いなんかじゃないわ。別にアンタの分を用意した訳じゃないから」
「あの……?
二人とも……仲良く、しませんか」
セリカの体感温度はとにかく下がっている。そして勇人とアルシアの怒りの温度はとにかく上がっていた。
要するに修羅場という事だ。
「あ、セリカ。気にしないで食べて?」
にっこりとメインヒロインも納得の笑顔を見せている。が、萌えというより恐ええ、といった形相だった。
「は、はい。……わー、アルシアさん。これすっごく美味しい、です」
香り高い紅茶のわりに全く味を感じなかったとか。セリカは冷や汗を流している。
「ちっ、いいけど。ところでセリカ、お前この家に来るの初めてだったよな? 何か用でもあったのか」
「そうでした。
これ、なんですけど……」
セリカは四角い鞄から厳重に封をされた書簡を取り出した。
「セカン王国から書簡を預かったんです。なんでも、姫巫女の一人のアルシアさんと、勇者である勇人さんに宛てたって」
「これ、王室の書簡じゃないの。セリカ、これをあなたが?」
「はい、私も姫巫女の一人ですし。同じ姫巫女のよしみって事じゃないでしょうか」
「ふーん。これ、開けていいか」
「あ。勇人、そんな乱暴に……!」
無造作に書簡を破こうとした勇人の手をアルシアが抑える。
「何だよ」
「これ。王室からの大事な書簡じゃない。もっと大切に扱いなさいよ。大体アンタはそういう大事な時に限って変にやらかすんだから」
「はぁ? そう言うアルシアこそいつもコッチの揚げ足ばっかり取りやがって! いちいち何でも口を出すなよな!」
「そういうアンタこそいつもだらしの無い癖に朝くらいちゃんと一人で起きれないの!?」
「あわわ、二人とも……」
……その時、秘めたセリカの魔法が覚醒した!
リビングを風の魔法の力が走り抜ける。ここに来て秘められた姫巫女の力が彼女の潜在能力を極限まで引き出したのだ!
「止めてくださいっ!」
「くッ、この風の力は……セリカ!?」
「こんなに強い風の魔法を、使えるなんて……!」
リビングに吹き抜ける風、それは絶対零度の空気感を吹き飛ばした。そう、これが五人の姫巫女の潜在能力を覚醒させたセリカの真の力なのだ!
「二人とも……ケンカなんて良くありませんよ!
折角邪神ジャークを倒せたのに、こんなの……あんまりじゃないですか!」
セリカの風の魔法が二人の体を包み込む。先ほどまで息を巻いていた両者は次第に落ち着きを取り戻していく。
「お互い、誤解し合っている事があるなら話し合いましょう。二人は、恋人同士なんですから……」
「ああ、そうだな。
すまないアルシア。俺も悪かったよ」
「ううん、こっちこそ。
ゴメン勇人……」
二人を包み込む風が優しく頬を撫でる。勇人とアルシアは風に促される様に互いに指を重ね……。
(……って感じで終わってくれればなぁ……)
……なんて事にはならず、リビングには勇人とアルシアの叫声が飛び交っていた。
(なんか、ピンチの度にそんな感じで新しい能力に目覚めたりとか、都合良く助けが来たりしたんだけどなぁ……。
あ、クッキーおいしい)
リビング激震、本編の二大巨塔の対決は更にヒートアップ。それに挟まれるセリカはどうする事も出来ず、ボー然と見るばかり。
「あーもう、うるせぇ! 大体な、迷惑なんだよ。俺のいない時に勝手に部屋掃除しやがって、モノ置いた場所とかわからなくなるだろうが!」
「それは勇人が部屋を散らかしてるからでしょ! ロクに家事も手伝わない癖に偉そうな事言ってんじゃないわよ!」
「ああ、そうかよ。お前のお節介なんて嬉しくも何ともねぇよ。
ああ、クソ。
婚約なんてするんじゃなかったぜ」
その時、一瞬で空気が凍り付く。
何か、形のないモノが音を立てて崩れる様な、特にアルシアはそんな顔をしていた。
「勇人さん!
それはいい過ぎじゃ……」
「勇人……」
「ん、……ぐぅっ……!?」
セリカが気がつくと勇人の体が殴り飛ばされ床に腰を着いていた。
「ああ、そう。分かったわよ。こっちこそアンタみたいなのは願い下げよ」
そう言うとアルシアは自室に戻り強めにドアを閉めた。
「……あの、勇人さん?
大丈夫、ですか」
「ぃ、つつ……。
あの暴力女、本気で殴りやがって」
「でも、今のはいい過ぎですよ。
ちゃんと謝るべきじゃ」
「知るか、んなの。あいつにはアレくらい言わないと分かんないんだよ」
「……でも」
アルシアの部屋のドアが開く。
現れたのは膝まで伸びる長い裾を垂らす胸に茶色の胸当てを添えたオレンジの袖なしワンピース。膝に太ももまでの黒いニーソックス、スネまでの高いブーツを履き、腕には茶色の腕当てを服の袖代わりに中指に通している。
これは二人の見慣れた旅の服装だった。
「どうした、アルシアなんで着替えた」
「この家を出る為よ」
「はぁ!?」
アルシアは勇人を一瞥すると戸棚をガサゴソやりながら続ける。
「アンタには愛想が尽きたわ。そこまで言うなら一人でやれば?
あ、アンタにはセリカも居るものね、困った時にはみんなの所に転がり込めばいいじゃない? アンタ、妙にモテるしね」
「アルシアさん、
なんで、そんなことを」
「ゴメン、セリカ。
私、しばらく帰らないかも」
「おい、本当に出て行く気かよ!」
「止めたければ止めれば。泣いて謝るんなら許してあげるけど」
「そうかよ。じゃあ、出てけよ!
もう帰って来んな!」
アルシアの手から光の玉が迸る。光の玉は勇人の頬を掠め、窓を粉砕した。
アルシア得意の光の魔法、特に強めのツッコミである。(アニメ6話、原作3巻)
「……じゃあね」
踵を返すとアルシアは廊下を歩く。誰も声を掛ける事もできず、アルシアはドアを開けて去っていった。
「……あー、せいせいする。
うるさいのがやっと消えたぜ」
「勇人さん……」
「そうだ、セリカ。
その書簡の中身って?」
「あ、そうでした……ね」
セリカは書簡を丁寧に開けると中から王印が押された書類が取り出される。書類にはこう書かれてあった。
『勇者ハヤトと姫巫女アルシア。この手紙を読んでいると言う事は姫巫女セリカも共に居るのだろう。邪神ジャークを討ち果たし世界を救った貴公らに折り入って頼みがある。
それは近頃、魔物を召喚し王国の治安を乱す魔法使いが現れた。貴公らにはその調査を依頼したい。セカン王』
「これって王様からの依頼、命令って事ですかね?」
「みたいだな。
…………よし、行くぞセリカ!」
「え、でもアルシアさんは」
「あんなジャジャ馬知るか! 俺は俺で勇者としての使命を果たすだけだっ!」
自棄っぱち気味に勇者ハヤトは寝間着姿で新たなる旅立ちを決意したのだった。
(勇人さん、アルシアさんの事、本当に放っておく気なのかな……。
でも、隼人さん優しいですし、直ぐに仲直りしますよね)
しなかった。
アルシアは間も無くファストの町を出て行った。それに遅れる形で勇人とセリカはセカン王国へと旅立つ。
果たして、二人の関係は、セカン王国を脅かす魔法使いの影とは? 波乱に充ちた旅立ちは何処へ向かうのか。
そしてここに来てセリカの気苦労は最高潮に達していたとか。続く。
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