あれから三ヶ月





「ふぅ……やっと着いた」

 額の汗を拭ってセリカは一息吐いた。栗色のポニーテールが風に揺れている。黄色のワンピースと茶色の革のブーツ、四角い鞄を左肩に下げている。



「ここが、アルシアさんと、

 勇人さんの……」

 本作のメインヒロイン、アルシアの故郷であり本作の主人公である如月勇人の住む町、ファスト。設定的に最初の町なのでそう名付けられた町だ。



「アルシアさんの家は、どこだろう」



 このファストの町はセリカが登場する前の場所なので必然的にこの町を訪れた事がない事になる。(アニメ1、2話、単行本1巻)

 なので彼女はアルシアの家を知らなかった。



「お嬢さん、何処かお探しかい?」


「あ、えと。アルシアさんの家は何処かわかりますか? こう、オレンジの髪の長い……」



 身振り手振りでセリカは伝えると、親切そうなおじさんは何を言わんとしているかを理解した。

「ああ、もしかして姫巫女様のアルシアさんかい。それならそこの通りを曲がってしばらく行った所だよ。有名な人だから聞けばすぐわかるはずだ」


「はい! ありがとうございます」



 手を振って別れるとセリカは通りを歩き始める。


 その間、町人に道を聞いたり、かれこれ十分強時間がかかるのだが、それでは間が持たないので原作を知らない読者の為に簡単に原作の説明をしておこう。






 本編、『クロス・オーバー!』は異世界に召喚された高校生、

 如月勇人きさらぎはやとがチートでテンプレしてハーレムする話である。






 その最終回の三ヶ月後、結局メインヒロインであるアルシアとこのファストの町で一つ屋根の下同棲どころか婚約までしてしまう。


 そしてハーレム物の宿命主人公補正により五人も居るヒロインの内の一人、彼女セリカは物語のキーである五人の姫巫女の一人であり、今日はセカン王国から書簡を預かり、知己の関係という事もあり彼女の家を訪れる事となっていた。



(勇人さんと会うの久しぶりだな……でも、勇人さんとアルシアさんは婚約もしてるって……はぁ、私もできれば……)



 と、婚約を決めた後も彼女のハートをキープし続ける主人公勇人は異世界マーニウス・エールに勇者として召喚されたごく普通の高校生である。


 詳しくは長くなるので止めるがとにかく、ラッキースケベを頻発する無駄にモテるリア充と認識しておけば大体合っている。ヒロインに囲まれアリシアとも婚約した為、元の世界に帰らずにいた。




 リア充爆発しろ。




「アルシアさんのお宅かい? そこの角を曲がればすぐだよ」


「ありがとうございます。お姉さん」


「やだ、お姉さんなんて。嬉しい事を言ってくれるじゃないか」



 そんな目上の人の気配りを忘れない素敵な娘セリカはようやくアルシアの家の前に立った。


 尺の都合もある為、実質三十秒も無い。



「着いた。

 アルシアさん、居るかな。勇人さんも」



 家の前は庭が広がっていて、花や野菜なんかが植えられており、手入れも行き届いている。それ以外は他の家とは変わらず白塗りのレンガの家と赤い三角屋根がセリカを出迎えた。



「わぁ、アルシアさんこんな庭を作っていたんだ。ちょっと意外だな」



 本編では話程度にアルシア宅の庭の事は聞いて居たが、本人の活発さからセリカ的にもう少し荒れた庭を想像していたのは裏設定。アニメではそれがやや反映されている。(アニメ15話)



(ちょっと緊張するなぁ、きっと勇人さんとアルシアさんは……)





『はっ、勇人! 別にこの昼ご飯はアンタの為に作ったんじゃないんだからねっ!』


『ありがとう、いつも俺の為に飯を作ってくれて。パク。んん、やっぱアルシアの作る飯は最高だぜ』


『そっ、そんな事言われても嬉しくなんかないんだからねっ!』


『そんな所も可愛いぜ。さぁ、ご褒美のキッスだ……』



(……的な事になっていたりして。


 ……あれ、なんか微妙に違う気がするのはなんでだろう)



 勇人以外の男性経験の無いセリカが想像した一場面は勇人を百倍で薄めてありったけの調味料で合成した殆ど別人のイケメンとテンプレ通りのツンデレなアルシアの姿だった。当然間違った妄想なのは間違いない。



 首を傾げつつドアの前に立ったセリカは一息吐いて、

「……よし」



 扉に手を掛けて開ける。

 鍵は掛かっていなかった。



「お邪魔しま……」


「ぐぼぉぉっ!?」


「きゃ……っ!?」



 どたんばたん。アニメだったらそんな感じの効果音が出ただろう。


 扉を開けたセリカに向かって勇人の体が飛んできたのだ。状況を理解出来ないままセリカと勇人の体は地面に倒れている。


 セリカの小さな体に大の字でもたれ掛かり、しかも顔面はワンピースの股間辺りのスカートに埋まっている。



「痛たた……っ。

 って、勇人さん!一体何やってんですか!?」


「あ、ぐっ……。その声は、セリカ? お前なんでここに」


「それより勇人さん。……その、体を」


「あ、……っと悪い。

 痛く無かったか」


「私はお尻を打っただけで、勇人さんこそ大丈夫ですか?

 いきなりこんな……」



 久しぶりに対面するなり十分訴訟に発展するレベルのラッキースケベを発動させたのは本編の主人公、如月勇人その人である。


 せいぜい中の上止まりのルックスと寝癖に近いボサボサの黒髪、本編の中で鍛えられた肉体は寝間着姿のままだった。



「ああ、そうだ、アルシアの奴……」


「? アルシアさんがどうかしたんですか」


「あの暴力女、ちょっと気に入らないからってすぐ暴力に訴えやがって……!」


「アンタだって、ロクに家の事も手伝わないじゃないの。この穀潰し」


「え」



 箒を片手に玄関の中から現れたセミロングのオレンジ色の髪の女性。薄紅色のエプロンを着け、右手に下ろす箒で今にも殺人事件を起こさんかといった迫力。吊り上がった目の上にはびきびきと青筋が立っている。



「アルシア……さん?」



 本編最終回より三ヶ月。


 スゥィートな妄想は砕かれ、一組のカップルを巡る修羅場がセリカを出迎えたのだった。



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