ラスボスを超えたラスボス?
「お久し振りですわね、ハヤト。
さ、そこにお座りになって?」
絹の手袋越しにソファーに勇人を促すエリザ。勇人は部屋全体の高級感に圧倒されつつぎこちなく応える。
「お、おう。失礼します……」
「? 失礼、ですって? このソファーが気に入らないのでしたら直ぐ、新しい物に取り替えますわよ」
すらりとした手足に真紅のドレス、手足の先を純白の絹で飾り黄金の髪を流麗に縦巻く。抑揚の取れた抜群のスタイルを溢さず受け止める紅いドレスは意思の強さを秘めた瞳を気品で飾る。
……そんなお嬢様気質の彼女は五人目のヒロイン、エリザ。趣味は高笑いのテンプレ通りのお嬢様キャラである。
「エリザ、違うでしょ。別にソファーなんて交換しなくていいから」
「リタ。そうでしたの? それは失礼を。ささ、折角私の家にお越しになったんです。お掛けになって?」
勇人一行はエリザの邸宅を訪れている。五番目に訪れたゴーダの国、そこにあるエリザの邸宅に勇人たちは招かれていた。
「それにしても……大きなお家ですね〜。これ全部エリザさんの家なんですかぁ?」
「いいえ、マリーナ。これはお父様の所有物ですの」
「お父様? たしか、お父様って……」
そこに客室の扉が開かれ、五脚のティーセットと高級なお茶菓子の乗った食台を転がして青い礼服の白髪の男性が入って来る。
「マリーナ、お茶を淹れて来たぞ」
「ま、魔王バーン!?」
「あら、お父様。どうしてわざわざ? 使用人に任せても良かったのに」
「折角私の邸宅に勇者ハヤトが招かれて居るのだ。家の主人として歓迎せずにはいくまい?」
魔王バーン。本編前半に於けるラスボスであり(アニメ12話、原作5巻)同時に姫巫女エリザの父でもある。本編では邪神ジャークに心を操られエリザ除く勇人一行を圧倒する程の力で勇人たちに立ちはだかった。
倒されて魔王城の崩落と共に死んだと思われていたが、最終回で援軍として登場。いわゆる、実は生きてました的展開であった。
「ってか、何で仮にもラスボスが普通に俺たちのお茶淹れてんだ……」
「はは。私とて一度は魔王と呼ばれたとはいえ、生身の人間だ。茶の一つも淹れるというものだろう。
……さ、冷めない内に飲みなさい」
「オホホ。感謝なさい、お父様の淹れる紅茶は最高級の茶葉に最高級の水を使っています。その上、最高級の腕を持つお父様にかかれば完璧です。ささ、遠慮などなさらずに」
「……わー。ありがとう、ございますエリザさん、バーンさん。
……頂きます…………。! 美味しい」
「とっても香りが高くて、渋みも全くと言って良い程無い……。流石、最高級だけはあるわね」
「とっても美味しい紅茶ですね!
あ、お代わり頂けますかぁ?」
「気に入って頂けて何より。菓子折りも最高級の物を用意してある。好きなだけ食べていきなさい」
「…………これがあの、魔王バーン……なのか? なんか凄い気立ての良いおっさんにしか見えないんだけど」
「ハヤト、それは当然です。お父様は紳士ですから。魔王バーンとしてのあの顔は邪神ジャークに因って造られたもの、魔王城に居た魔王バーンと今私の目の前に居るお父様は全くの別物と思ってください」
「ふーん……そういう事だったのか。だからエリザは最後まで魔王バーンの味方であり続けたんだな。
あの時、言ってくれればこっちも何とか出来たかも知れなかったのに」
「いいえ。私はあれが最善の行動だと思って居ます。仮に貴方に話した所で肝心なところで情が残っては貴方もお父様も最悪共倒れになっていたかも知れませんでした。
……それに、結果的にとは言え。お父様は帰って来てくれました。私はそれだけで充分です」
「エリザ……」
「ハヤト、貴方には感謝しています。お父様を邪神ジャークの呪縛から救ってくれた事、どれだけ感謝しても足りないくらいです」
「……俺は勇者だからな。みんなの幸せを守るのが俺の役目だよ」
「ですが、それだけに残念です。話は変わりますが、一人の女性の幸せをいとも簡単に踏みにじるなんて!」
「は、……え?
エリザ、話変わり過ぎだぞ……!?」
「とぼけるのはおよしになって!
アルシアさんから話は聞きました。折角の婚約を無下にするとは女性にとって侮蔑以外の何物でもありませんわ!
さぁハヤト、今直ぐ観念して御縄に着きなさい!」
「またこのパターン!?」
「そうよ、アルシアにせめて謝りなさい! 抵抗するなら腕尽くで……」
「リタまで!?
って、待て待て。逃げ場が……!」
ずい、ずずい。立ち上がったエリザとリタに囲まれる形でソファーの背に勇人は追い込まれる。憤りの表情と般若の形相に挟まれてダラダラと冷や汗を流す勇人。
「ふぇ? ふぁやとさん、ふぉうひはんでふかぁ?」
それをマリーナはお菓子を頬張りつつ見て。
「ちょっ、エリザさん、リタさん!? 勇人さんは……」
「問答無用!!」
「リタ? ぐああああ!?」
どたんばたん。足払いからの迅速なリタの関節技が勇人を襲う。
「勇人、さん……!?
…………わー、紅茶美味しい」
そしてセリカは割り込みは無理と判断して、紅茶を啜っていた。
それからそれから。
「落ち着いた様ですね、ハヤト」
「…………ああ、最初から落ち着てたけどな」
「勇人が無駄に抵抗するからよ」
「してねぇよ!??」
リタの関節技にノックアウトされた勇人は絨毯張りの上に正座させられ勇人の精神はギブアップ寸前だった。
そして若干涙目だった。
「エリザさん、アルシアさんがここに居るって聞きましたけど本当なんですか」
「ええ。丁度お父様が呼びに来ている筈ですから、もうじきでしょう」
「アルシアさんですか? 久しぶりに会いますね!」
「……お前はいつも楽しそうで良いよな、マリーナ……」
「観念なさい。
日頃の行いの結果よこれは」
「……リタ、どうしてお前はいつも俺にばかり、」
「……………………」
「いえ。なんでもありません」
がちゃり。扉が開いてバーンが部屋に顔を見せる。
「エリザ。アルシアを連れて来たぞ」
「ありがとうお父様。こちらの準備は出来て居ます、アルシアさん。お入りになって?」
「……本当に、勇人が居るの」
扉の向こうから控え目にアルシアの声が尋ねる。
「うん。アルシアの望み通りに取っちめて来たわ。後はあなた次第よアルシア」
「……え? あ、うん。ありがと、リタ。……じゃあ入るね?」
扉が軋みを上げて靴音が部屋に入る。バーンに先導されてオレンジ色の髪の少女が現れる。髪よりも色彩の薄いオレンジ色の袖なしワンピース、つり目の美少女顔と頭頂部に揺れるクセ毛は一同のよく知るアルシアの姿だった。
「みんな、久しぶりね。
元気そうで良かった」
「わぁ、アルシアさん!
久しぶりですねっ」
「マリーナまで……。
本当に全員集合ね」
「では、私はこれで失礼するよ。勇者と姫巫女の邂逅に魔王が居ては無粋だろうからな」
そう言うとバーンは静かに部屋を後にした。扉が閉められ、緊張が俄かに走る。
「よ、よう。こんなところで何してんだ、……アルシア」
「アンタこそ。……なんで正座?」
「あー……それは。
……勘弁してくれ……」
「さぁ、ハヤト。積もる話もあるでしょうから、そこのソファーでゆっくりと話をしましょうか?」
「……一応聞くが、これって拒否権とか黙秘権は……」
「は? そんなもん知らないわよ。
勇人にそんなもの必要あるの?」
「ひでぇ……。人権侵害だっ……!」
「……何でも良いけど。勇人、とりあえず立ちなさい」
「ああ、わーったよ。……はい、これで良いんだろアルシア?」
パチン! よろよろと立ち上がった勇人の頬をアルシアの平手が炸裂した!
「あ、アルシアさん! いきなり勇人さんに……!?」
「…………っ。
痛いじゃないかよ。アルシア」
「一発くらいじゃ足りないくらいよ。
バカ勇人……!」
キッと頬を抑える勇人を睨むアルシア。ここに、魔王バーンを超える真のラスボスが勇人の前に立ちはだかる……!
(……勇人さん、アルシアさん……)
それをセリカは物憂げに見つめていた。
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