アニメのバトルってやたら激しい割に死人が出ない件



 街で特に何も情報を集められなかった勇人とセリカは魔物の目撃情報のある郊外の森に足を向けていた。



「しっかし、あれから三日も経つのに何の成果も無いとは……なに、本当にこの国脅かしてんの?

 例の魔法使いって奴」


「一応被害とかは聞いたりはしますけど。畑荒らされたり、荷車を襲われたり」


「なんか、こぢんまりしているな……。本当にそいつセリカみたいに魔法使えるのか?」



 原作での魔法は限られた人間(主にメインどころか敵)のみが使う事が出来る能力的なものだ。

 セリカは風、アルシアは光といった具合にそれぞれ使う魔法は異なる。因みに主人公である勇人にも魔法は使える。


 それは他の魔法の力を増幅させる『クロス』という魔法。これを使うことによって勇人はヒロインの力を借りてその力を何倍にも出来る。

 この状態を『オーバー』と呼ぶ。



「魔物を使っているって事は、邪神教団の残党か何かでしょうか。例えばあの三人の幹部の一人、とか」


「有り得るな。改心したマリーナの兄キはともかく、残り二人はどうもしぶとかったからな」



 邪神ジャークの復活を目論み各地で勇人一行と戦った邪神教団。その頂点だった魔王バーン、その下に付く三人の幹部。


 原作単行本やアニメで何度となく戦った生命力溢れるやられ役の華であるのだ。毎回、勇人やヒロインたちの前に現れては手頃な強さの魔物を召喚し、良い塩梅で勇人とヒロインを勝たせるのが主な仕事だったりした。



「やっぱりまだ諦めて無いんでしょうか……邪神ジャークは倒しましたけど、教団自体は潰した訳じゃ無いですし」


「なら何度だって潰してやるさ。邪神ジャークも教団も、復活するんなら俺が倒してやる。俺は勇者だからな」


「勇人さん……」



 と、そこに。日輪を横切って黒い影が道行く勇人たちの目前に迫る!


 空中を一飛びに巨体が道の中央に降り立つ。どすん、と地面を強く揺らして土煙の中から大岩の如き腕が四つ、3、4メートルもあろうかという青色の肌の巨人が赫くその一つ目で勇人とセリカを睨む。鬼を想起させる巨体は二人に無言のプレッシャーを与えている。



「ガアア……ッ!!」


「くっ、なんだ……! 魔物?

 いきなりこんな場所で……!?」


「あれは、タイラントオーガ?

 気を付けてください、勇人さん!」


「ちっ、展開急すぎだろう!」



 背中の剣を素早く構える勇人。その一歩後衛にセリカが魔物の出方を伺う。前衛の勇者に後衛のヒロイン、アニメやゲームでもお馴染みの陣形である。



「俺が奴を引き付ける、セリカは援護を頼む!」


「はい! 行きましょう勇人さん!」


「うおおおーーッ!」



 剣を下手に構えて魔物に突撃する勇人。その背後、セリカは風の魔法を発動させてその身に風を纏う。


 黄色のチュニックが風に舞い、ホットパンツとニーソックスの絶対領域が露わになる!



「ウィンド!」



 セリカの纏う風が鎌鼬となって魔物に向かう。それは一つではなく数多く大小様々に放たれた。



「ガア……!」



 魔物、タイラントオーガは思わず四本の腕を盾に防御姿勢を取る。鎌鼬は容赦無く四本の腕を斬り裂き、鋭く刀傷よろしく幾つも斬り傷を付けていく。



「そこだぁぁぁぁっ!」



 勇人は地面を蹴り剣を振り上げてセリカの魔法を受けて怯む魔物の目前へと跳ぶ。


 魔物の一つ目が勇人を捉えた時、勇人の体は今にも振り上げた剣を振るおうとしていた。魔物の四本の腕が軽く解かれ、

「ガウ」


「ぐぼぁっ!?」



 ばちん。ハエたたきの要領で勇人を地面にはたき落とした。



「勇人さん!?」



 勇人は道の真ん中にめり込み小さなクレーターに沈んでいた。

「……だ、大丈夫、だ。

 このくらい……平気……」


「大丈夫じゃないですよ勇人さん!

 ほら、血!

 血がだらだら溢れてますよぉ!?」



 よろよろ起き上がった勇人の頭からは結構な量の血が出ていた。学校なら保健室、ないし病院送りの重傷だった。



「へ、へへ。やっぱり三ヶ月も剣を握ってないと鈍っちまうものだな……。


 だが、俺も勇者の端くれ、一度倒した魔物に……負ける訳にはいかないんだーーッ!」(アニメ9話、原作4巻)



 ふらつく体に力を込め魔物目掛けての全力疾走。強大な敵を前にしてもめげる事は無い主人公気質、如月勇人が主人公たる所以はその諦めの悪さである……!



「ガウア」


「ぶごぉぉっッ!?」



 ぺちん。今度は横跳びにぶっ飛ばされる勇人。二、三度地面を跳ねて十メートルほどの飛距離を記録した。



「勇人さん! やっぱり無茶ですよ、

 勇人さん一人でタイラントオーガに立ち向かうなんて!」



「あ、ああ……そうだな。

 やっぱり、魔法も無しで勢いで勝てるもんじゃないよな……!」



 よろよろと起き上がる勇人。見た目二割り増し、内実ケガの具合は更に悪化していた。



 主人公である勇人は他のヒロインの魔法を増幅させる事ができるが、それは裏を返せば自分一人では何も出来ないという事になる。


 ヒロインの助けがあってこそ勇人は主人公足り得るのであって、ヒロインの助けがなければ無力なやたらとモテる主人公(笑)になってしまうのだっ。


 それ故某巨大掲示板ではヒモ主人公、主人公(笑)と言われているとか。



「やっぱり、クロス無しじゃ勝てませんよ。勇人さん、私とクロスしてください!」


「わかった。セリカ、行くぞ!」



 勇人は白い魔法のオーラを纏う。白いオーラは矢のように伸びセリカの体を伝う。白い魔法のオーラに触発されてセリカは緑色のオーラを纏った。



「「同調(クロス)!!」」



 どちらともなく声は重なる。共に手を引き駈け出すように二つのオーラは共鳴し、その力を二倍、三倍に高めていく。


 勇者ハヤトの魔法『同調』、これは共に手を取り合う者の力を高め合う絆の力。絆が深まる事に力を増す、ハーレム物の主人公に許された最強の魔法……!


 勇者ハヤトが勇者たる最大の所以である。



「勇人さん! 私の力を、使ってくださいっ!」



 二つの光源を辿ってセリカの魔法の力が、想いが勇人の体に流れ込む。直向きで純真、初夏の風の如き爽やかな疾風が駆け抜ける。



「ありがとう、セリカ!

 凄い魔法だ……これならっ!」



 嵐、竜巻。今の勇人の体を駆け巡る風はそれ程に激しかった。セリカの風魔法は単行本にして9巻、アニメ話数にして20話強の冒険から非常に強力なものになっていた。だが、それ以上に勇人の体は疾風を纏う。


 セリカの風魔法を勇人が増幅しその力は二倍以上、セリカの魔法の力を受け止める勇人、その力は信頼に裏打ちされた確固たる力でもあった。



「うおおおっ!

 いっけぇぇぇぇーーッ!」



 勇人の両脚は疾風を纏って怒涛の勢いで疾る。構えた剣は風の刃となって、勇者ハヤトは生ける嵐そのものになる。



「疾風!

 ウィンドスラーーッシュ!!」



 一陣の嵐が魔物の体を斬り裂く。風の刃は青い巨体を切り抜けて音より風よりも速く駆け抜ける。


 風の姫巫女、セリカは駆け抜ける勇者の後姿を見、その復活を見届けた。



「グガァァァァ……!」



 胴を両断され四つ腕の魔物は断末魔を上げた。断面から崩れゆく巨体は形を維持出来ずに端々から崩壊。風に塵として消えていった。



「やったぁ!

 やりましたね、勇人さん!」



 無邪気に歓声を上げてセリカは勇人の元に駆け寄る。こういう時素直に勝利を喜べるのが彼女の長所でもある。

(アニメ5話、原作2巻)



「ああ、やったなセリカ……痛たた」


「大丈夫ですか勇人さん?」



 勝利したものの、勇人はこめかみから血を流して、服もボロボロ。青タンやら擦り傷やらが至る所に見える。



「大丈夫、だ。なんか全身がスゲェ痛いが、今まで大丈夫だったから問題ないだろう」


「いや、でも私には死にかけの重症患者に見えますけど……」


「大丈夫だって。なんせ、次の回にはこういうのは治ってるもんだ、


 ……ぜ?」



 ばたり。倒れ込む勇人。何か色んな所から血がどくどく流れていた。



「勇人さん!?」


「……あれ、おっかしいなぁ……頭がボーっとするぞ? なんだかんだで旅の時は大丈夫だったんだけど……?」


「しっかりして下さい勇人さん!?」


「セリカ……」


「はい!」


「救急車、呼んでく……れ。

 ……ガクッ」



「……救急車!?しっかりして下さい、

 勇人さぁーーん!!」



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