2人でプール

「沙良、今度は体調大丈夫? なんか調子悪くなったらすぐ言うんだよ」

「わかってるって」


 8月上旬。私たちはもう一度プールに来ていた。この前は沙良が具合が悪くなって……いろいろあって、来れなかったから。


「今日は人少ないねー」


 たしかに、この前に比べたらかなり人が少ない。これくらいなら、楽しめそうだ。人が多いと、プールの中がごちゃごちゃして楽しめないかもしれないから。


 水着に着替えて、いざプールへ。ここには、いろいろな種類のプールがある。普通に泳げるのはもちろん、流れるプールや大きな波を発生させられるプール。そして、速いのとゆっくりな、2種類のウォータースライダーだ。


「優香、まずどこから行く? やっぱ流れるプールかなぁ」

「まあ、ウォーミングアップってことで」


 私の狙いは……ウォータースライダーだ。しかも、スリルがある、速い方。ジェットコースターが大好きな私にとって、ここのウォータースライダーはとても魅力的なのだ。


 とはいえ、いきなりウォータースライダーに行くのもなんだか趣がない。というわけで、ここは沙良に合わせることにした。


 沙良は、手先をびちゃびちゃと水に浸けたあと、プールに入った。


「意外と冷たくない」


 真顔で沙良がそう言った。


「残念そうだね」

「いや、冷たいことは冷たいんだけど……『ひゃーっ、つめてーっ』って言うほどでは無かった」

「言いたかったの?」

「お約束的な……?」

「お約束……? まぁいいか。私も入ろ」


 私も手で水の温度を確認したあと、入る。確かに、なんだかぬるい。


 二人で流れに沿って歩く。周りには、家族連れが多い。


「ふぅー、なんかのんびりできるねぇ……」

「沙良おばあさん?」

「まだ若いから!」

「ところで沙良よ、結構身体あったまってきたんじゃない?」

「うん? どういうこと?」

「ウォータースライダー行こう?」

「え? いいよ」


 あっさりと承諾された。あれ、沙良ってこういうの苦手だった気がするんだけど……克服したのかな?


 流れるプールから上がって、ウォータースライダーに向かう。……おや? 沙良が緩やかなウォータースライダーの方に行こうとしてるぞ?


「沙良。どこ行くの? こっちだよ」

「えっ……」

「ほら、行くよ」

「ええぇぇぇぇっ!! 無理!」

「無理じゃないよ! やってみたら楽しいかもしれないじゃん!」

「無理だって! ……あっ、身長制限で入れないかも!」

「何歳だよ! ねぇー行こうよー」

「ほら、混んでるかもしれないし……」

「ここから見えるじゃん、全然混んでないよ」

「ひぃぃ、えーと……」


 沙良が頑なに拒む。


「なんでそんなに嫌なの?」

「だって……私そういうの苦手だし……」

「じゃあ、挑戦したら沙良の言うことなんでも一つ聞いてあげるって言ったら?」

「……へ?」

「あ、いや、やっぱ今の無――」

「なんでも?」


 変なことを言ってしまった……!


「いや、だから――」

「なんでもかぁ……いいよ。行こう」


 やばい。自分で自分の首を締めた。


「ちょ、私の話を聞いて!」

「え? 嫌がってた私にしつこくこっち行こうって言ってた優香さん?」

「うっ……怒ってらっしゃる?」

「まさか、怒ってないよ。……どんなお願いしようかなぁ~」


 もう覚悟を決めるしか無いのか……!




「沙良、もうすぐ私達の番だよ。やっぱりやめる?」

「え? なんでやめるの?」

「だよね。うん」


「次の方ー」


「あ、呼ばれたよ。どっちが先に行く?」

「私が行くよ、後で『滑ってないでしょ!』って言われないためにね」

「わかったよ、この目でしっかり見てるからね」


 そんな会話をしながら、私は気づいていた。沙良の足が震えていることに。そこまでして私になにかさせたいのか……その熱意には恐れ入る。


 沙良がスライダーに座り、係員の合図で滑り出す。「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」という悲鳴が、待機列にまで聞こえてきた……


「次の方、どうぞー」

「はーい」


 私も滑る。沙良のことが気にかかって、純粋にウォータースライダーを楽しめなかった。


 滑り終わると、沙良が待っていた。


「ふ、ふふ……優香、おかえり……全然怖くなかったよ……」

「死にそうな顔で言われても!」


 よほど怖かったのだろう、沙良の顔は青ざめていた。青ざめていたかと思えば、急ににやにやと不気味な笑いを浮かべて私に近寄ってきた。


「さぁ、私の願いを聞いてもらおうか……」

「できないことだったらしないからね。50億くださいとか」

「そうだね……いろいろ考えたんだけど……『1日私のメイドになってくれる権』で」

「……え? なにそれ?」

「なにって、そのままだよ。大丈夫、別に何も用意しなくていいから」

「そういうことじゃなくて! そんなのでいいの? 私、沙良に嫌な思いさせたのに……」

「まぁ……でもお釣りが帰ってくるし……」

「なんて? お釣り?」

「な、なんでもない! てか怒ってないって言ったじゃん? ほんとに怒ってると思ってたの?」


 ほんとに怒ってなかったのか――!


「怒ってると思ってた……いや、わかった。1日メイドになるって、ちょっと意味分かんないけど、従うよ。自分で言ったことだしね」

「ありがとー、さすが優香だね」

「うん、私は自分で言ったことは守る女だから……」


 1日メイド、全く意味がわからないが……でも、沙良が喜んでくれるならいいだろう。さて……さっきは純粋にウォータースライダーを楽しめなかったから、もう一度滑ろう。


「沙良、もう一度滑ろう!」

「もうやだ!」

「えーっ! もう1回だけーっ!」


 結局、沙良が一緒に滑ってくれることはなかった。怖くないって言ってたくせに……

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