体育祭、昼休みには2人きりで……
「学級対抗リレーの選手は、編成所に集合して下さい」
「よーし、じゃあ行ってくるわ。我が力、刮目して見よ」
日差しが照りつける炎天下の中、彩が編成所へと向かった。相変わらず中途半端な中二台詞だ。
「彩、行ってらっしゃい! さぁ明海ちゃん、私たちは応援するよー! おー!」
「お、おーぅ」
私と明海ちゃんは「彩アンド沙良応援団」だ。私達が勝手に名乗っているだけだが……ところで、沙良が出る障害物競走はまだまだ後のほうだ。今は暇そうにしている。
「沙良暇なんでしょ? 彩の応援しよう」
「お、そうだね」
「位置について……よーい」
パン!!
銃声と同時に、第一走者が一斉に走りだした。火薬の匂いが応援席の方まで届く頃には、すでに第二走者が走りだしていた。……そういえば、彩は何番目に走るんだろう?
「ねぇ、彩って何番目に走るか知ってる?」
「あ、彩ちゃんはアンカーだよ」
明海ちゃんが答えてくれた。なんと、アンカー。運動神経がいいのは知っていたが、まさかアンカーを任されるまでとは。
「お、お、いけるか? あー、もうちょいだった。……あっ、抜かれそう、頑張って!」
沙良はグラウンドを食い入る様に見ている。学級対抗リレーは、1クラス10人選抜される。現在9人目が走っていて、うちのクラスは8組中2位だ。
いよいよアンカーにバトンが手渡される時だ。
「「「あっ!」」」
私達3人の声が重なる。彩に手渡されるはずだったバトンは彩の手に収まらず、砂の上に落ちた。彩は慌ててそれを拾い走りだしたが、すでに4位にまで落ちていた。
「彩ーっ!!」
「彩ちゃん、がんばって!!」
「あ、彩ちゃん……!」
私達は彩に聞こえるよう、大きな声で応援する。いつもは声の小さい明海ちゃんも、だ。
彩が一瞬こっちを見たかと思うと、急に走るスピードが早くなったような気がした。3位の人を抜き、2位の人も抜き、1位の後につけた。
1位との差が縮まりつつある。しかし、残りの距離はもう殆ど無い。
最後の数十メートルがとても長く感じられた。私の目には、彩と1位の人が同時にゴールしたように見えた。
「現在のリレーの結果について、審議します」
放送で審議されることが告げられた。うちのクラスは……彩は、1位だったのか、2位だったのか。
「どっちだったんだろう……」
かなりリレーにのめり込んでいる沙良が、心ここにあらずと言った感じでつぶやいた。
「審議の結果をお知らせします。映像による審議の結果、同率1位とさせていただきます」
「同率って……喜んで良いのかなぁ」
沙良が複雑な表情をしている。
「沙良ねぇ、彩、最初は4位だったんだよ。そこから1位になるとか、相当すごいでしょ」
「確かに優香の言うとおりだ。彩ちゃんすごい!」
競技から彩が応援席に戻ってきた。バツの悪そうな顔をしながら、頭をかいている。
「まさかバトンを落とすなんて……落としてなければ1位だったのに……!」
「あ、彩ちゃん! かか、かっこよかったよ!」
「ありがとう、明海ちゃん……でも悔しい! あたしの馬鹿ァーーッ!」
彩がものすごく悔しがっている。今にも地団駄を踏み出しそうだ……私も彩をほめてみる。
「まぁまぁ、2位でもすごいじゃん。最後、めっちゃ抜いてたし」
「うん、ありがとう……」
元気が無いな。私に励ますことはできなさそうだ。
「あー、なんか不安だなぁ……」
昼休み。私は沙良と二人で弁当を食べている。校舎の裏の日陰なので、人は私達しか居ない。
どうやら、沙良は午後の障害物競走が不安らしい。
「大丈夫だって。沙良運動神経良いじゃん。それに、もし結果が良くなくても誰も責めないよ。私と明海ちゃんの徒競走見たでしょ?」
「見たよ……遅すぎでしょ、ふたりとも」
「どんなに遅くても私らよりはマシだと思って、気楽に行こうぜ」
「全員参加の徒競走と、選ばれて出る種目とじゃプレッシャーが違うんだよぉー!」
沙良は結構プレッシャーに弱いタイプだ。沙良のプレッシャーを軽減してあげたい。私にできることといえば……
「安心させるためにキスをする……?」
「え? 優香、なんて?」
「沙良、障害物競走、不安?」
「うん、まぁ」
「よし。私に任せなさい」
「なになに? なんかいい方法あるの?」
沙良が純粋な目でこっちを見てくる……なんか後ろめたいような……いや、きっとキスすればリラックスできるはずだ! 沙良のためだ!
「沙良、目、つぶって」
「……まさかとは思うけど」
「っ、そうだよ。」
「えぇーここ学校だよ?」
「でも周りに人居ないじゃん」
「誰か来るかもしれないでしょ!」
「お願い……最近してなかったし……」
「なんで『お願い』なんだよ! 私の不安を取り除いてくれるって言ったのに、結局優香がしたいことしようって言ってきてるだけじゃん」
「そうだよね……ごめん」
沙良に的確に矛盾を指摘されてしまう。怒らせてしまったかもしれない……
「そんなにしょんぼりしないでよ、なんか罪悪感が。……わかったよ。今回だけなんだからね。優香なりに私のことを気遣ってくれたんだろうし……」
沙良が頬を赤らめながらそんなことを言い、目を閉じた。
「ありがとう、沙良。沙良のそういう優しいところ、大好きだよ。……あ、別に都合いい女だとかそういう意味じゃなくて、純粋に相手のことを気遣える優しさに惚れたというか……」
「もう! するならするで早くしてよ!」
「わ、わかった」
……
「優香……なんか久しぶりだったね……優香は前みたいなキスじゃなくてよかったの……?」
「……」
前みたいな……というのは、あれだ。私達がおかしくなってた時の……
「優香がしたいんだったら、してもいいよ……?」
沙良が上目遣いで私を伺ってくる。そんな風に言われたら……
「優香? 聞いて――むぐぅ!?」
「沙良がそんな風に誘うからだよ……? 私どうなっても知らないから……」
壁の方に迫る。沙良の背中が壁についた。私は右手を壁につき、沙良が逃げられないようにした。私が顔を近づけると、沙良は観念したように目を閉じた。
沙良の唇に私の唇を重ね、いつもより激しい……互いを求め合い、感じ合うキスをした。
「はぁ、はぁ……どうだった、沙良……?」
「……言わせないでよ」
「聞きたいな……沙良がどう感じたのか」
「意地悪。……よかったよ。優香、好き……」
「私も沙良のこと大好きだよ。……チュッ」
互いに愛の言葉を囁きあった後、また唇どうしが触れ合うだけのキスをした。
「障害物競走の選手は、編成所に集合して下さい」
「行ってくるよ」
「頑張れ!」
沙良を送り出す。結局、あれで不安は軽くなったのだろうか……聞くのを忘れていた。
「位置について、よーい」
パン!
……
「ま、まさか最下位になるなんて」
沙良がトボトボと戻ってきた。
「最後の障害の借り物までは1位だったのに、なんで?」
そう、沙良は持ち前の運動神経を活かして、ほとんどずっと1位だったのだ。なのに、借り物で大変時間を使ってしまい、最下位にまで転落した。
「借りるものが英語で書いてあったんだよぉぉ……」
「あぁ……ドンマイ……あっ、でも、沙良は私の中では永遠に1番だよ!!」
「ちょっ、何言ってるの! ほら、彩ちゃんと明海ちゃんがこっち見てる!」
「「??」」
「ごめんごめん、なんでもないよ、ふたりとも」
そんなこんなで、私達の体育祭は終了した。長かったような、短かったような、でもやっぱり長かったような一日だった。
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