まずは難しい事はいわない。
まずは最初の、幼年編を読んでくれるだけで構わない。
この作品のすばらしさは、これを読むだけでも伝わる筈だ。
この作品は、凄まじい熱量を秘めた作品といえる。音楽に対する膨大な知識と、音楽に対する卓越した感性から描写される情感溢れる文章が読者を世界観の中に引きずり込む。音楽について、ここまで精緻にかつ丁寧に、暴力的に描き抜かれた作品には、そうそう出会うことができない。
音楽を齧った事があり、かつ音楽を扱った創作に少しでも触れたり、挑戦した事がある人なら、この作品のすさまじさがわかると思う。ここまで音楽と物語と、キャラクター性が破綻せず調和した作品は本当に難しく、稀なのだ。
音楽に限らず、芸術を扱った創作は、どうしても読者の経験によってその物語性が制限される。簡単にいえば、「生まれてから一度も視力を持たなかった人間に、どうやって空の青さを伝えればいいか」という問題だ。
特に音楽のように専門性の高い分野では、専門的な用語を使えば使うほどに、「どういう音楽か想像できない」「聴衆に感情移入できない」という問題が生まれ、作品との間に壁が生まれてしまう。しかしそこでエンタメを優先して音楽の描写がおざなりになると、音楽が脇役のようになってしまい、「音楽である必要性はどこにあるの?」と読者が疑問を抱いてしまう。
これは並大抵の努力では突破できないジレンマで、音楽系の創作が難しい理由の一つだと思う。
この作品では、個々の登場人物達がそれぞれが自分の音楽性に対して恐ろしく実直な性格をしている。登場人物のキャラクター性が、個々の音楽を抽象化し、具象化する役割を果たしているおかげで、物語の中から音楽を想像しやすくなっている。物語と音楽が乖離せず、完全に一体化しているのだ。
物語の構成の中に、音楽を完全に組み込んでいる。ここまで物語と音楽が完全に調和した作品はそうそう思い浮かばない。これは本当に純粋な音楽の物語なのだ。
さらに、これほど自分の音楽に素直な登場人物たちなのに、ストーリーが全く破綻せず、エンターテイメントとして成立している。
これは単純なことに見えるかもしれないけど、簡単なようでものすごく難しい。ここまで自分の音楽に対して素直で、自分を絶対に曲げないようなキャラクター達を混ぜ合わせて、物語を綺麗に進行する事は至難の業だ。
だからこそ、この先どう物語が展開していくのか、とても気になる。このレビューを書いた時点ではまだ第2章までだが、本当に続きが待ち遠しい作品だ。早く彼女たちのコンチェルトを「聞き」たい。
音楽、という個人的に全く接点の無い題材であるこの作品を、友人に勧められたのが読むきっかけでした。上記した通り私自身は音楽に関して造詣など欠片もなく、正直初めは興味すら湧かなかったのです。
馴染みの無いジャンルだから面白くない? 読み進めるのが難しい? ⋯⋯幼年編を読んで、そんな考えは吹き飛ばされました。水底で踊るような人物相関、それぞれがすこぶる魅力に満ち溢れた登場人物、叩きつけるような心理描写、極めつけは演奏シーン。
これは言葉を連ねるのは無粋というものでしょう。一度でいいので、4話まで読んでみて評価して欲しいと強く主張します。
ピアノ、しかもクラッシックの話。この時点で、敬遠してしまう読者も多いのではないでしょうか。しかし、音楽に興味がない人も、ぜひ3話まで読んでみていただきたい。この作品は、ハイソな教養小説の皮をかぶってはいるが、その本質は激熱のバトルものなのです!
というのはあくまでぼくの主観ですが、3話・4話の流れは本当に熱い。誰もが知っているあの曲を、完璧なクラッシックとして演奏してみせる間宮。そしてその間宮の演奏に応じる型破りな王城……まさにバトルものの王道展開。これからこの作品がどういった方向に進むのか、まだわかりませんが、ぼくとしては「咲~saki~」のような塩梅で、音楽バトル&百合な展開を期待します。
ジャック・ルーシェがプレイ・バッハでジャズとクラシックの融合を見事に成し遂げてから半世紀ほどが経ちましたが、今でもジャズとクラシックの違いと対立、メロディとリズム、楽譜と即興、水と油のようなそれらを融合させる試みはホットなトピックであり続けています。
本作は、めんどくさい音楽オタクがめんどくさいオタク特有のめんどくさいオタク語りをすれば、冗長で退屈で衒学的になりがちなこのトピックを、それぞれの音楽をそれぞれの少女たちに代表させ、その人間関係によって描き出すことで、非常にとっつきやすいものに仕上げています。
ジャズの天才とクラシックの天才の王道の対立構造。そして、その双方の良さ、素晴らしさを素直に受け止めることのできる「元・現代クラシックの申し子」が、どのような演奏を成し遂げていくのか。続きがとても気になる作品です。
(幼年編完結時点でのレビューです)
幼年編では主人公・黎元美鍵が様々な人間と出会い、その優しさや厳しさ、そして時にその人たちの「音楽」に触れることで、自分自身もまた「音楽」へと誘われていきます。
一文一文から漏れだす登場人物たちの情念が、まるでこちらにまで迫ってくるかのような力強さを孕んだ文章。しかしそんな力強さとは正反対にそこに描かれるのは、触れれば壊れてしまいそうなほどに危うく、儚く、そして優しい世界。そんなこの作品に心底惚れ込ませられました。
特にその力強さの象徴ともいえるのはⅢ・Ⅳ話での演奏シーンです。対比によって描かれる二つの演奏は、まるでその場の音楽がこちらにまで伝わって来るような錯覚を覚えました。
現在の幸福に満ちた音楽を奏でるまでに、一体彼女たちにどんな軌跡があったのか。期待と、そして少しの不安を基に読み進めれば、きっとあなたもこの物語の虜になることでしょう。