第5話:佐藤刑事はデリカシーがない
そんな状況に見合わないほのぼのプレイを行っている刑事と高校生のバカコンビ2人に呆れたのか、さっきまで荒々しい雄叫びをあげていたオオカミ男型の
半人半獣ベースの
よってある程度の興奮状態から脱すればあるいは隠れていた人間の一面が表に出てくるのではと思った佐藤はやっとまともに話が出来そうだと期待に胸を踊らせる。
しかし状況は佐藤の予想というか期待の斜め上をいった。
戦闘態勢を解いたということはこれ以上の戦闘行為の一切は無意味なものだと判断してのことだろう。
ではここで質問だが好戦的な性格をした
その答えを考える猶予さえなかった。
オオカミ男型の
簡単にいえば逃亡である。
「んがっ!?ちょ、まだ話もなにもしてないだろうがっ!!ちょっと待てオオカミ野郎!!」
一足遅れる形で佐藤は車道の方へと逃亡したオオカミ男型の
散々暴れた
という立場上の問題もあるが佐藤が焦って追いかけた理由は単純にまた他の所で暴れられて被害者が出てしまっては大変だからだ。
幸いにもこの商店街では目立った負傷者はいなかったみたいだが次もまたそうなるとは限らない。
負傷者が出てからでは遅いのだ。
そんな正義感たっぷりのおまわりさんが急いでオオカミ男型の
思わず顎が外れそうになりそうな激しいインパクトが佐藤刑事の正義感に溢れていた心を荒んだものへと変えてしまう。
というのも自分がつい数十分まで乗っていた車がオオカミ男型の
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?マイパートナーがぁぁぁぁぁぁぁぁス、スクラップにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!??」
手をワナワナと震わせながらその場に膝をついて崩れ落ちる佐藤刑事。
そんな佐藤刑事をあざ笑うかのごとくまた鼻から短く息を吐くと、オオカミ男型の
それからビルからビルへと淡々とした調子で飛び移っていくオオカミ男型の
未だに避難しきれていない周りのギャラリー達がそんな光景にザワザワ…と同情とも落胆とも違う独特な反応をしている中、唯一金髪少女だけが地面に崩れ落ちている佐藤刑事に近づいてその肩に優しく自分の手をおいた。
「金髪娘…お前……」
傷ついたばかりの心を癒すかのように差し出された優しい手は御歳30の佐藤刑事の目には大層ありがたいものに映ったようで、その目元にうっすらと涙を浮かべながらオーバーに感激している。
対してそんな三十路おじさんの感激の眼差しを一身に浴びている金髪少女はというと、それからニコリと口元を緩め、
「どうせ皆からもらった税金で買ってるタダ車なんだからそうショック受けないでよおまわりさん。どうせまたタダで買ってもらえるんだから気にしちゃダメだよ」
「お前よくそんなキラッキラした目で汚い現実をそう簡単に言えるな!?っていうかこんな公衆の面前で警察の評判が悪くなるようなこと言うんじゃねぇよ!」
「えーだって事実だしー」
「世の中には暗黙の了解って奴が存在するの!お前もそのうちそのぺったんこの胸がもっとデカくなったら分かるようになる!」
「おごふっ!?ちょ、どうしていきなりウチの胸の話になるのさ!第一ウチはまだまだ成長期だからね!発育期だからね!!発展途上国だからね!!!これからドーーーンッ!と肥大化してみせる!」
「そのデフォルトサイズからよくもまあそこまでの自信が湧いてくるなとかペッタンこの方が似合ってるんじゃないかとか色々と言いたいことはあるが、まず断言出来ることは発展途上国は成長過程には入らないからな」
何をーーーーーーーッ!!と騒ぐ金髪少女を適当にあしらい、ようやっと立ち直った佐藤刑事は鉄くず同然になった潰れたパトカーに近づきガラスが割れた窓から首を突っ込み中の様子を確認する。
車内は割れた窓ガラスの破片やら中途半端に膨らんだエアバッグやらで混沌とした状況になっていたが、幸い必要書類や
佐藤は腕だけを突っ込んでグローブボックスの中から戦闘用のリボルバー式の拳銃と実弾を数発取り出す。
そして取り出したそれらを間近で見ると明らかに表情を曇らせた。
明確な殺傷武器。
何度聞いても気にいらないその響きと存在に数年経っても慣れることのない恐怖じみた感情がヌッと顔を覗かせる。
「……なんていちいち気にしてられる状況でもねぇよな」
こんな事で拘泥していてはあのすばしっこいオオカミ男型の
そうなってしまえば本末転倒も良いところだ。
しかしそんなすばしっこい
だからといって走って追いつけられるかといわれれば答えはNoである。
一体どうしたものかと頭を悩ませていると佐藤は地面に無様に倒れている何かに気づいた。
「あれは自転車か……?」
恐らく逃げる際に邪魔になって放り捨てられたものなのだろう。
籠の中には商店街で買ったであろうものが入ってるエコバックがちょこんと乗っている。
いつもであれば近くの自転車置き場や預り所に持っていくところだが今は一刻も早く犯人を追わなければいけない状況だ。
「そういうわけなんでちょっと借りていきますよ奥さん!」
刑事という職業を全力で良い風に利用した佐藤は地面に置かれていた自転車(花柄のエコバック入り)を起き上がらせるとそれにまたがって勢いよくペダルを漕ぎ始める。
「はいどいてどいてどいてぇぇぇぇっ!!」
備え付けのベルをチリンチリンと鳴らしながらギャラリーの群れを自分から遠ざける佐藤はそこに出来た誰もいない空間を颯爽と自転車で走り抜けていく。
自転車など随分と久しぶりにのった佐藤であったが体力には自信がある為そこまでの疲労感は感じなかった。
普段無意味と思っていたトレーニングがまさかこんな場面で生かされるとは予想だにしていなかった。
やはり全ての物事にはなにかしらの意味があるものなのだなと感服しながらペダルを漕ぐ佐藤であったが事態の方は一向に改善する様子を見せない。
道路という決められた通り道があるこちらと違ってオオカミ男型の
おまけにスピードも違うので徐々にではあるが
「くそっ!今度からは下手な筋トレなんかよりも無空術を学ぶメニューを取り入れた方が良いんじゃねぇか!?」
「でも無空術って建物が密集した住宅街とかじゃまともに使えないから結局覚え損だと思うけど?」
「だとしても覚えられるんなら覚えておきたいだろ。現に今こうやって必要な場面が出てきてるわけだしどうしてお前が後ろに乗っているし!?」
声のした方を振り返ってみるとそこには現場においてきたはずの金髪少女の姿があった。
それもご丁寧にルール違反のテンプレである自転車の二人乗りを刑事である佐藤の操縦している自転車で行うという形でだ。
皮肉にもそんなことに気付かずにバカ真面目にペダルを漕いでいたとは刑事としての名折れである。
いやもっとも操作協力の為といってこうして市民の自転車を勝手に使っている段階で最早十分に名折れではあるのだが。
「ってかなんで来たんだ!?こっちは仕事でやってるんであって別に遊びだとかそんなんじゃないんだぞ!?」
「相手がオオカミ男じゃなくって犬だったら飼い犬を探すおまわりさんみたいなファンシーな光景に見えたのにね」
「飼い犬探しだって警察の立派な仕事だ!いやだからそうじゃなくってどうしてついてきたんだ!?」
佐藤の問いかけに金髪少女は、うーん…と首を捻ってみせる。
まさか考えなしに単なる興味本位でついてきたのではないだろうかと呆れる佐藤であったが金髪少女の答えはそんな予想とは違ったものだった。
「いつも頑張って街を守ってるおまわりさんの為にウチも何か役にたてないかなー……って。で、その方法を考えてたら気付いたらもう後ろに乗っちゃってたんだ。えへへ」
とり繕っていない純粋なその言葉に一瞬。
「(……やばい…)」
ほんの一瞬だけではあるが。
「(思わず……)」
御歳30の佐藤 剛は胸からこみ上げてくる感情を思わず表に出してしまいそうになった。
いつも頑張って街を守ってる。
自分の不甲斐なく遠回りしてばかりの行動が、そんな風に思われている。
文句を言われる筋合いはあっても褒められることはないと思っていた。
警察とは所詮そんなものだとばかり思い切っていた。
周りからは無意味に避けられ嫌われるし、ちょっとした注意でさえも「警察だから良い気になりやがって…」などと胸に突き刺さる陰口を平気で言われる始末である。
それでいて自分は
そんなだらしのない男をしかしこの少女は頑張って街を守っていると言ってくれたのだ。
中傷でも誹謗でもない感謝の意を込めて。
そう思うともうサビだらけの水道管のごとく脆くなっている涙腺の佐藤おじさんは涙を堪えずにはいられなかった。
「って、ありゃ?おまわりさんもしかして泣いちゃってる?」
「バカ野郎!な、泣いてなんか…泣いてなんかないわいこのバカ野郎!」
「キャハハハッ!本当に泣いてるー!もー強がらないで素直に泣いてるっていえばいいのにってちょっと待って!?鼻水やら涙やらとにかく液体という液体がウチの顔めがけて降り注いでくるんですけど!?向かい風の恩恵を最大限に利用してるんですけどぉっ!?」
もういい加減にしてよー、と金髪少女はポケットの中からハンカチを取り出してそれを涙やら鼻水やらでぐっちゃぐちゃな顔をしているおじさん刑事に渡す。
「お、おぉ……すまないな」
軽く会釈をしてから渡されたハンカチを顔にもっていく佐藤。
涙を拭うくらいで済むだろうと思ってハンカチを渡した金髪少女であったが御歳30の佐藤刑事はそんな可愛らしい想像を軽々と超えていく。
具体的にいうと渡されたハンカチをまるでティッシュのようにして鼻をかんだのだ。
ズピーッ!という水っぽい音をBGMに流石の元気な金髪少女も佐藤のおじさんくさい行動につい呆然としてしまう。
いやこれはおじさんくさいとかではなく単純に佐藤 剛そのものがデリカシーもエチケットも何もないズボラな人間だということなのかもしれない。
そんなことなどさて知らず、あらかた鼻をかみ終えた佐藤刑事は鼻水で放送禁止レベルの絵面になったそれを悪びれる様子もなく金髪少女に返そうとする。
「ん、助かった」
「………………ウチとの記念にとっておいて」
「?いやいやそんなの申し訳ないから返すって。ほら」
「あー……うん…そうだね…」
口角をひくひくと引きつらせながら渋々といった調子で汚れたハンカチを受け取った金髪少女。
が、しかしそれをどこか確信犯的な様子で勢いよく後方へと投げ飛ばす。
「わーしまったー風が強くてハンカチが飛んでいってしまったー。これはもうダメだなー手遅れだなーよひ諦めようそうしよーーー」
「なにっ!?じゃあ早く引き返さないと…ッ!!」
「もう察してよ!なんか…こう……乙女心というか単にあれをまたポケットにいれるのが嫌だというか………と、とにかくあれはあとで取りに行くとして今は早くあの
金髪少女のあまりの必死さに若干うろたえながら適当に納得した佐藤は再びペダルを漕ぐ足に意識を集中させる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます