第6話:金髪少女は自転車を漕ぎたい


「しかし追え追えって簡単に言うけどな金髪娘。お前あいつの速さにこんな主婦御用達のママチャリが叶うとでも思ってるわけ?」


「でもでも大体そういうキャラに限って『うっ……こんな時に古傷が…ッ』とか言って無意味と思われていた前回の戦いが意味を成すことって良くあることじゃない?」


「悪いが俺はあの夢魔むまとそこまで白熱した戦いを繰り広げた記憶はないしする気もない」


「できないの間違いでしょ?」


「お前いい加減にしろよこの野郎。そのファンシーな髪の毛坊主に刈りたてんぞ」


「そんなことをしようものならウチはおまわりさんの毛根という毛根を根絶やしにするからね。スキンヘッドのオカマバーの店員として生きていく事をおすすめするよ」


「よかろう。ならば戦争だ」


「ウチも冷戦状態にはいい加減飽きてきたところだから望むところだよ」


という調子でまたもや些細なことが原因で火花を散らし合う両者。


逃げ場のない自転車という極度に狭い場所で険悪な空気が一気に漂い始めるが、少しだけ大人な精神を持ち合わせていた佐藤がここは自ら身をひいた。


「はぁ…やめだやめ。こんなことしてたらいつまでたってもあいつに追いつけねぇよ。今はいがみ合う前に少しでも早くあの夢魔むまを捕まえないといけないんだからな。お前も手伝いに来たってんならなんか知恵やら力やら貸してくれよ」


「む、確かに。でもウチ作戦とかそういうの考えられないタイプだから悪いけどそっち方面はチカラになれそうにないかも。ごめんねーおまわりさん」


「……お前本当にどうして乗ってきた?」


全くといって良い程使えない金髪少女に見切りをつけた佐藤刑事は考えるのを止め、ペダルを漕ぐことだけに意識をむける。


いくら経験豊富といっても所詮そんなものは何かしらの用意があってこそ初めて成り立つものだ。


こんなママチャリしかない状態で一体全体どうやって数年にわたり培われてきた経験とやらをいかんなく発揮することができようか。


そのため今佐藤が出来る最善の選択は相手の夢魔むまが息切れするのを気長に待って、かつ距離をこれ以上あけられないようにするという脳筋も大絶賛な無謀な内容なのであった。


「(しっかしいつまでもつことやら……)」


いくら日頃から鍛えているとはいってもあくまでそれは人間が可能とする範囲内でのことであって、その相手が夢魔むまとなれば話は全く別になってくる。


人が肉食獣を走って追い越せないように。


人が蝶類のように空を飛び続けられないように。


相手が獣ばりの能力を秘めているとなると、たかだかちょっとばかしトレーニングをした程度の人間では太刀打ちできないのは当たり前だ。


実際必死にこうしてペダルを漕いでいる佐藤の頑張りは虚しく夢魔むまとの距離は徐々に開くばかりで一向に縮む気配などなかった。


佐藤もそろそろスタミナが切れ始めてきたのか、より一層その間が空いていく。


「くそ……ッ!このままじゃ余裕で逃げられちまう……!?」


それはさすがに警察のプライドが許さないと奥歯を噛み締めて無理やり力を込めてペダルを漕ぐが、ベストコンディションの時でさえ間に合わなかったのに息切れ状態の人間がいきがったところで結果は目に見えていた。


荒い呼吸の音が無様に吐き出されるだけで距離は少しも近づく事はなかった。


しかしながら体の方は刑事の意地よりも随分と素直なようで、段々とその動きを遅くしていった。


とうとう速さ的には歩行者と同じくらいにまでおちてしまった。


「ぜぇ…ぜぇ……ま、待てぇー………」


真夏でもないのに汗をダラダラと流しながら力なく叫ぶ佐藤であったが相手の夢魔むまにとってはそんなことどうでも良いようで、こちらを振り返る事もなく順調に逃走を繰り返していた。


「ち、ちくしょう…俺がもう10歳若かったら…」


「おじさんって皆それと同じセリフ言うけど若い頃どれだけすごかったの?スーパーマンかなにかだったの?」


「気持ち的にはあの頃はいつだってスーパーマンだったよ。いつかは空を飛べたり弾丸を弾き返したり飛行機を持ち上げたりできると思ってた」


「いやいや気持ち的にはって。それ身体能力となんら関係ないじゃん」


「バカだなお前は…人間その気になればなんでもできるんだぞ。かくゆう俺も昔は手首から蜘蛛の糸が出そうになったことが度々あってだな…」


「この世界のおじさんは皆記憶を改ざんする傾向があるってことがよく分かったよ」


「んだと!?そんなに言うなら現役の若者が一体どれだけやれんのか見せてもらおうじゃねぇか!!こんなおじさんより速く自転車も漕げるんだろうなおいっ!?」


もうちょっとした八つ当たりにも見えなくない佐藤の言葉に、しかし金髪少女は大して怯む様子もなく「別にいいけど?」と一言で承諾した。


あまりにもあっさりと挑戦をうけてきた少女にマジですか?と自分で提案しておきながら不安そうに心配する佐藤。


しかしながら金髪少女は後にひく事もなく半ば強引に佐藤と場所を入れ替え、ペダルの上に自分の華奢な足を2つ乗せる。


「ほい!じゃあ最初からフルスロットルで突っ走るからねー!しっかり掴まっててねおまわりさん!」


「ははっ、そんなに忠告してくれなくても所詮女の子の自転車を漕ぐスピードなんてたかが知れてるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるぅぁぁぁあああああああああああっ!!??」


最初舐めてかかっていた佐藤であったが後半にいくにつれて女の子も顔負けの悲鳴をあげながら必死に落ちまいと金髪少女の腰に回していた手に力を込める。


というのも金髪少女の自転車を漕ぐスピードはもはや人間が出せるスピードの域を軽く超えており、体感速度的には遊園地にあるジェットコースター並みかそれ以上のものだったからだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?え、なに、ふぉ、ちょっ……速っ!?色々と言いたいことはあるけどとにかく速っ!?」


凄い勢いの向かい風により息をするのもやっとな佐藤は顔のシワをブルブルと風で揺らしながら現在進行形で自転車を猛烈に漕いでいる金髪少女に声をかける。


「お、おい金髪娘。お前そのちっちゃい体のどこにこんなバカみたいな力がごごごごごご……ッ!?」


「あ、なんかその言い方かっこいー!それってよくラスボスが瀕死の主人公に対して言うやつだよねー!うわマジか!ウチもまさかのRPG系主人公にランクアップかー!こいつは燃えてきたぞー……」


「別にそういう意味で言ったわけじゃ……っていうかお前実は結構なゲーム好きなんじゃぁぁぁぁぁぁいぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」


佐藤が何かを言い終えるより早く自転車の速度がまた一段と跳ね上がる。


「なに!?マジでなんなのお前!?どんだけスタミナとパワーにポイント振ってんだよ!?」


「いやっほぉぉぉいっ!もう主人公にはなれたことだし今度はシリーズ通して必ず出てくるマスコットポジションのキャラ目指して頑張るからねおまわりさん!!具体的にいうとピカチュウ的なやつ!」


「なんで数あるキャラ候補の中でマスコット枠をチョイス!?ってかピカチュウとか目と耳と鼻がある以外に共通点ねぇじゃねぇか!!」


急な速度の変化に対応できなかった佐藤はそれ以上の発言をすることは叶わず、自分の口を風圧でプルプルと震わせながら少女の腰にしがみつくことに専念してしまう。


なにも知らない人が見たら思わず近くの警察官を呼んでしまいそうな犯罪臭溢れる絵面になっている2人だがそんなことを気にすることなく(刑事は気にする余裕もなく高校生はキラッキラの笑顔でペダルを漕いでいる)自転車で道路を爆走している。


先ほどの佐藤の走りとは別格の速度で走ること数10秒。


もう逃走されると諦めていた状況から一変し、今となってはもうオオカミ男型の夢魔むまと同じくらいの場所に追いついていた。


違いといえば地上にいるかビルの上にいるかの違いくらいである。


「どりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁっ!!あ!見つけたよおまわりさん!ほらほらあそこ!今保険会社の上に飛び移ったやつ!」


「さすがのおじさんもここまで近づいたら嫌でも見えるってぇの。で、肝心なのはどうやってあいつを俺たちと同じステージに立たせるかだが……なぁ金髪娘。お前勢いそのままに建物の屋上めがけて大ジャンプとかできないわけ?」


「いくらウチでもおまわりさんを乗せたままで、しかも自転車でってなると少し厳しいかも。ウチ1人で壁伝いオッケーなら軽々と行けるんだけどね」


「あ、やれることはやれるのね?」


そんなの出来る訳ないじゃん!馬鹿じゃないの!?くらいの罵声をイメージしていた佐藤であったが予想の斜め上をいく返答に気の抜けた声を出してしまう。


本当にこの金髪少女は何者なのだろうか?


もしかすると最近の若者のポテンシャルは皆これくらいなのかもしれない。


皆が皆まさかの奇跡の世代なのかもしれない。


「どうする?ウチが屋上に行ってあの夢魔むまをこっちに誘い出す?」


「そんな危ないことさせられる訳ないだろが。ちとキツイだろうがお前はこのスピードを維持して頑張って並走してくれ」


「後30分くらいはこのままいけるけどさ一体どうするの?もう飛びうつる建物がなくなるところまで追い詰める?」


「お、おぉふ…そんなにいけんのか。ま、まぁそこまで長い時間走らせるつもりはないから安心してくれ」


そういって金髪少女の漕ぐ自転車のスピードにも慣れてきた佐藤は片手を自分の腰の辺りに持ってくる。


腰に装着したガンケースに手を伸ばしそこから先程潰れた車内から取り出したリボルバー式の拳銃を抜き取った佐藤はそれを自転車という不安定なバランスの中で構えた。


「よく聞いてくれ金髪娘。俺が止まれと言ったら全力でブレーキをかけてこの暴れ馬を止めてくれ」


佐藤は言うなり静かに銃口を建物から建物へと軽快に飛びうつっているオオカミ男型の夢魔むまに向ける。


しかし片手は自転車から転がり落ちない為に金髪少女の腰にまわしてしまっているため実質支えなしの片手発砲となっている。


これではろくに照準を定めることも出来ないだろう。


金髪少女もそれを知っているのだろう。こいつマジでかという感じで佐藤の顔を見る。


「……ちゃんと前見て走っとけ。気が散ってタイミングがつかめん」


「いやそうは言うけどねおまわりさん。これだけスピードが出てる中で発砲するって聞いて、はいそうですかって簡単に承諾できないよ」


「は?そいつはなんで?」


「なんでって……だっておまわりさん今からあのオオカミ男型の夢魔むまを撃つんでしょ?こんな不安定な場所で、しかも急停止して更に衝撃がすごい中で正確に撃ち抜けるとは思わないよ。次元大介くらいじゃないとまず無理だよ」


「たしかに次元大介はすごい奴だが俺だってあの20分の1位の力はあるぞ」


「……うん、ごめん。あまりにも割られすぎてて全く分かんないや」


「具体的に言うと五右衛門と同じくらいだな」


「うわすっげぇ!すっげぇけど絶対に嘘だし今すぐ謝った方がいいと思う!」


感動しているのか指摘しているのか中途半端な感じの金髪少女。


しかしながら彼女がいいたいことも分かる。


彼女が言いたいことはつまるところ、こんな不安定な場所で発砲などしようものなら照準もずれて流れ弾が関係のない一般市民に被弾する恐れがあるということだ。


もしそんなことになれば最早夢魔むまがどうこうなどと言っていられなくなる。


金髪少女はその辺りをいち早く察して佐藤の頼みごとを懸念していたのだ。


くわえて金髪少女にはもう1つ懸念材料になっていることがあった。


「それにおまわりさん夢魔むまに発砲できないじゃん」


金髪少女の一言に銃を構えている佐藤の顔がわずかに沈む。


「……どうしてそう思った?」


「だってさっき商店街であの夢魔むまに銃を向けた時、おまわりさん威嚇とか牽制とかそんなの全部無視して最初から撃つ気なかったじゃん。だからあの時にも対応できなかったんでしょ?もっと別のところに目を向けていたから。意識をもっていかれていたから」


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