第7話:佐藤刑事は助けたい
金髪少女のまるで答えを初めから知っていたかのような的確すぎる発言に誤魔化しの為にとっておいた嘘紛いの言葉が喉の辺りで滞る。
自転車の運転のこともあり安全を考慮して前方に視線を移す金髪少女であったが、先の問いかけに対する反応を求めていないというわけではないらしく視線とは異なった意識的な何かが佐藤刑事を捉え続けている。
「………………」
佐藤刑事は思う。
自分よりひと回りもふた回りも幼い少女に簡単に看破されてしまうということはすなわち、それほどまでに自分の不甲斐なさや未熟さは今まで周りに看過されていたのだと。
刑事だなんだと言っても所詮はあいつも1人の平凡な人間なんだと嘲るような見下したような視線や意見を多くの人が向けていたのだと。
あいつには初めから期待をもつべきではないと。
「………たしかにそうかもな」
ポツリ、と。
佐藤刑事は言葉を漏らした。
だがそれは金髪少女の問いかけに対してのものではなく、自分自身に対する押し問答のようなものに近い。
それでもそうだと察してもなお金髪少女は黙ってその先を聞いていた。
「俺は刑事になってこれまで
人間ごときがいくら頑張ったところで敵うわけがないという弱者的心理からでたものではない。
そういたった理由にはもっと奥深い佐藤 剛個人の人間的な性格が影響していた。
「今でさえ
拳銃を握る手にギリリ…と必要以上の力が加わる。
それはまるでどうしようもできない現実に子供が歯をくいしばり精一杯の反抗を示しているようにも思えた。
「犯罪を犯さない
人間はいつだって未知には臆病だ。
何が怖いのかと聞かれれば誰もが首を傾げる。
どうして距離をあけるのかと聞かれると誰もが口をつぐむ。
何故悪くもないのに邪険に扱うのかと聞かれると誰もが下を向く。
何故ならそれこそが彼らを恐れる理由だからだ。
何も知らないから怖い。
何も分からないから語らない。
だから無意識のうちに彼らを嫌う。
彼らがほんの些細なことでも何か悪さをした際には目の色を変えて彼らを元いた世界へと返そうとする。
理由もきかずに。
「もといた世界とはまるで違う環境に強引に慣れさせようだなんておこがましいにもほどがある。それで少し悪さをしたら今度は突き返すのか?中にはこの世界に居続けたいと願う奴だっているのに?」
冗談じゃないと佐藤刑事は言う。
「お偉い奴だって万引きや暴力の1つや2つ位やっただろうさ。そいつらが大人になってまっとうな人生送っていけんのも周りの誰かが拳ひとつで教えてやったからだろうが。ひねくれなかったのもどうしてそんなことをしたのか親身になって話したからだろうが」
であれば。
それは
「なんてことねぇ。ただちょっとばかしぶっきらぼうで乱暴なだけで、こっちが正面から話せばあいつらも素直に話をしてくれるさ」
まあ単に俺が戦うことに怯えてるだけかもしれんがな、と苦笑と共に付け加える。
「だから俺は無闇にあいつらと敵対なんざしねぇ。今もそしてこれからもな」
「…………そだね」
金髪少女は小さな声でそういったと思いきや直ぐさま後ろを振り返り佐藤刑事の顔を満面の笑みで迎える。
「そうだといいね!!」
純粋なその笑顔に佐藤刑事も思わず笑顔がこぼれる。
恥ずかしそうなそれでいて満足そうな笑みが自然と表にでていた。
「そうと決まれば早くあの
「ああ任せとけ。必ずなんとかしてみせる」
いって佐藤刑事は拳銃を今一度構え直す。
距離は上下の差がなければほぼゼロに等しい。
つまりあとは自分たちと同じステージに立たせるだけだ。
「それでどうするの?まさか動きを封じるのに必要だからって足を撃つとかする気?おまわりさんにそんなこと出来るの?」
「そんなの出来るかアホ。俺はノミの心臓の持ち主だぞ。足だろうがなんだろうが撃つ気はねぇってんだ」
自虐的な発言をする佐藤はしかしどこか自信を感じさせる声色でそう言った。
「だから俺が狙う場所は最初からこいつ一択だ!!」
叫び衝撃に備えてグリップ部分を強く握る。
「今だ!止まれぇぇぇぇっ!!」
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
佐藤のオーダーに迷うことなく戸惑うことなくブレーキをかけ爆走自転車を力一杯止める金髪少女。
ガガガガガガッ!!と小石やへこみやらでデコボコしたアスファルトと接したタイヤが悲鳴をあげながら熱を発する。
地面に焦げ付いたような線を引きながら鼻につく臭気を漂わせながら、それでも金髪少女はそれらを無視して言われた通りに自転車のブレーキを精一杯かける。
その甲高い音と臭気にいち早く反応したのは他でもないオオカミ男型の
今の今まで余裕しゃくしゃくといった様子で建物の上から上へと飛び移っていたオオカミ男型の
しかし、特にどうということもない。
何故ならいくら同じスピードで追ってこようと上下の差はどうにもならない。
くわえて自分を追っていた自転車はブレーキをかけて減速している始末。
これでは無意味にその存在をバラしてしまったようなものである。
恐れるものなど何もない。そう判断したオオカミ男型の
その瞬間。
バンッ!!と圧縮した空気が爆発するような音が盛大に鳴り響く。
音の正体は他でもない佐藤刑事が構えていた拳銃から発せられたものだ。
その証拠とばかりに拳銃からは白煙が舞っている。
「いくら獣ばりの瞬発力があろうと流石に建物の端からじゃねぇと次の建物には届かない。だったらそこを狙えば良い。一段と距離があいた建物と建物を飛び移ろうとする瞬間を狙って足場を壊しちまえばそれで終わりだ。とはいえ相手は半人半獣の
なんせ相手は人間の知能と獣の身体能力をもった稀有な存在だ。
いくら距離があいた建物をみつけて、そこで発砲したとしても発砲音に反応して飛ぶことを止めることだってなんら難しいことではない。
だからこそ、そういった思考を張り巡らせない為の何かが必要だった。
「獣は音や匂いに敏感だ。ならそれを使って注意をひき他のことには意識を向けなくすることだって可能だ。それに今のお前は人間性よりも獣性の方が勝っているんだ。音や匂いの正体がわかればそれ以上の考察をしようとはしない」
つまり、と佐藤刑事は言う。
「他のことに意識が向いていたお前は足場が砕かれるだなんて微塵も思わなかったってわけだ」
今求められているのはすばしっこく動き回る
であれば別に
いくら獣の身体能力があろうと人間の知能があろうと翼のない生き物は足場なくしてその場に留まることはできないのだから。
佐藤の発砲により足場を破壊されたオオカミ男型の
悲鳴のような憤怒の雄叫びのようなものをあげながら、しかし重力には従順に。
直後、ゴシャッ!!という騒音と砂埃のようなものが盛大に巻き上がる。
それとほぼ同じタイミングで爆走自転車の動きもようやく止まった。
タイヤから自転車らしからぬ煙を漂わせてはいるが果たしてこれは持ち主の元に返したところで使い物になるのだろうか。
「………なんか、すごい音したけどあれ大丈夫?」
煙をあげる自転車から降りた金髪少女は不安そうな声で佐藤刑事に尋ねる。
対して佐藤刑事はなんてことないという顔をしてそれに答える。
「まあ普通にこの高さから落ちたってあいつら俺らと違って頑丈だからな。ま、死ぬことはないだろ」
「そんな雑な感じでいいの!?もしお陀仏してたらどうするの!?」
佐藤の計画性のない返答に慌てて
しかしながらいざ行ってみるとそこにいたのはオオカミ男ではなく大量のゴミ袋に埋もれた小柄な少年であった。
みれば目をグルグルとまわして絶賛気絶中のようだ。
「だーから言っただろ。ここいらはゴミの不法投棄が多くてな。ここなんてまさにその人気ナンバーワンの不法投棄場所なんだよ。だから落ちたところでクッション代わりにはなるだろうと思ってな。ちゃんと考えてるんだぜこれでも?」
「そんなの聞いてないよ!!っていうか、え?さっきのオオカミ男型の
「あ?何言ってんだ。お前の目の前でかわいく気絶してるじゃねぇか」
佐藤の言葉にへ?っと思わず目をパチクリと開閉させる金髪少女をおいて後ろからゆっくりとやってきた佐藤はゴミ袋に埋もれた少年の両足を掴んで引っ張り上げ少々強引に救出する。
「よっ……と。ほうほう、こいつはまたかわいいワンちゃんだこと」
引っ張り上げた少年は人間でいうと精々小学校一年生位の見た目をしており、どうみても子供であった。
「うぉぇぇぇぇぇっ!?こ、これがさっきのオオカミ男型の
「あーあーうるせぇなぁ。お前は疑問提示の王か」
ったく……と言いながら佐藤は気絶している少年を地面に寝かせる。
「オオカミ男型の
「きっかけ?」
「ほら良く聞くだろ?丸い物を見たらオオカミ化するってやつ。今回の件も多分それが原因だ。こいつが暴れていた商店街の店に全部共通していたのは丸いものがあるかどうかだった」
「いわれてみれば確かに地球儀だとかリンゴだとかちゃぶ台とか丸いものばっか壊されてたような…」
「だろ?だからこれは意識的なものじゃなく
そう言い終えると佐藤は身をかがめて地面に寝かせていた少年の頬を軽く叩く。
「おーい、起きろー。起きないとその尻尾にパン挟んでケチャップかけて食っちまうぞー」
「あ、ウチも食べたい!ちゃんとマスタードもかけてね!」
「………お前って冗談とか通じないタイプ?」
とかなんとか馬鹿なやり取りをしていると、『ん………』というソプラノボイスが2人の耳に入ってきた。
声のした方を見れば先程まで気絶していた少年が目を覚ました瞬間であった。
少年はゆっくりと起き上がり周りをキョロキョロと見渡す。
「………ここは?おじさんは誰?」
「やっと目覚ましたか。安心しろ俺はお前の味方だ。もっともこの金髪娘はお前をマスタードやらケチャップやらをかけて食べたいみたいだが…」
「否定はしない」
「マジかお前っ!?」
金髪少女の危険性を感じでアワアワと震える佐藤を見て、不安そうにしていた少年もくすりと笑みをこぼす。
「ふふっ、おじさん達面白いね」
「あ、やっと笑ったー。やったねおまわりさん!ウチ達面白いんだって!お笑い目指せるって!」
「子供に好かれるために面白くなるのは刑事の仕事だからな。あとお笑いは絶対に目指さんからな」
えーなんでー!?という金髪少女を無視して佐藤刑事は少年と話を始める。
「お前、いつからここに来たんだ?」
「………分かんない。気がついたらここにいて…それで……」
そういって自分の尻尾に目を向ける少年。
なんとなく言わんとしていることを察した佐藤は、そうか…と優しく言葉を返した。
「もうヤダよ……いつも目が覚めたら壊れたお店や建物があって…こんなところにいたくない。早くお家に帰りたいよ……」
やはり根は子供となんら変わらないのだ。
少年は尻尾をしゅんと落ち込ませながら大粒の涙を目からポロポロと流して今の自分の心情を吐露し始めた。
「……元の世界に家族や友達はいるのか?」
「ひっぐ……ゔ、ゔんっ…お、お母さんとお父さん……それに、友達も…」
「なら………帰りたいか?」
「……か、帰れる…の…?」
「あぁ。お前が望むのなら。ただお前がこの世界に残りたいと思うのならそれだって叶えてやる」
佐藤刑事がそう言い終えた段階で遠くから騒がしいサイレンの音が聞こえた。
恐らく騒ぎを聞きつけた一般人が通報したのだろう。
しかしそんな音など気にとめることなく佐藤は語りを止めない。
「自分で決めるんだ。お前はどうしたい?」
強要するわけでもなく、あくまで自分で決めさせようとする佐藤刑事の優しい問いかけに少年は未だにこぼれ落ちる涙を手で乱暴に拭うと、やがてしっかりと自分の言葉で想いを伝えた。
その言葉に佐藤刑事は…………。
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