第3話:佐藤刑事と金髪少女
「おまわりさんおまわりさんおまわりさぁぁぁぁぁぁぁんっ!!大変大変大変なんだよぉぉっ!!」
声の主はややくすみがかった金髪に白い肌と青い眼をした外国の着せ替え人形のようなかわいらしい容姿をした少女。
着ている制服からここ近辺の高校であることは察しがついたが正確な年齢まではわからなかった。
そんな、もしかしたら見るもグロテスクな肉塊に変貌しかねなかった少女は小さな両拳をガンガンと窓に叩きつけながらワーキャーと盛大に騒いでいる。
耳につんざくようなハイテンションハイトーンなボイスをBGMに、もう若い時のように丈夫じゃないひ弱な心臓に若干の安静をとらせた佐藤刑事は目を上に大きくつり上げながら車から出てきた。
そしてそのまま岩のように固く握った拳で、あわあわと騒いでいる少女の頭にゲンコツをくらわせた。
ゴチンッ!という痛々しい音の後に少女はまるで糸を切られた操り人形のごとく脱力し、その場に倒れてしまう。
きゅー……っと頼りなさげな声と共に地面に倒れこんでいる少女に、しかし佐藤は情け無用の説教を始める。
「車は急には止まれない!それくらい小学生でも知ってるだろうが!数学やら英語を勉強する前にまず交通ルールの基本中の基本を学びやがれ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁすっ!?痛い痛い痛い痛いっ!?なんでいきなりぶってくるの!?傷害罪だ!障害の罪でおまわりさんを訴えてやる!!」
「おお訴えるなら勝手に訴えろ!俺は間違ったことを権力を恐れて指摘しないような臆病な人間じゃないんでな!」
これでも一応警察署に所属している人間である佐藤刑事はそこらの頑固親父も納得なガミガミ加減で頭に大きなこぶを作り地面で苦しげにもがいている少女に交通ルールのなんたるかを教えていく。
「いいか?まず車に用がある時は手だけを出して相手に自分の存在をアピールするんだ。映画とかでもよく見るだろヒッチハイク的なやつ。あれをしてれば大体のドライバーは何かあったんじゃないかって止まってくれる。まあ中には冷たい奴もいるが警察なら絶対に止まるから安心しろ」
「わ、わかったよ……今度から気をつけるって。もういきなり車の前に飛び出したりなんかしないよぉ……」
「本当か?もう2度と交通ルールをおろそかにしないと誓えるか?」
「うん誓うよ誓う!もれなく横断歩道を渡る時は左右を5回は見るっていう特典までつけちゃうよ!」
「そうか。それじゃあ俺は用があるからもう行くが今度から気をつけるんだぞ」
「おいっす!任せておいてよおまわりさん!」
ビシッ!と無駄にキレの良い敬礼をした少女はそのまま再び歩道にたまる人だかりの中に混ざり込んでいく。
そんな少女を見送った後、佐藤もまたやれやれと首を左右に軽く振りながらゆっくりとパトカーの中に体をいれようとする。
が、その瞬間。
「って違う違う違う違う違うよ!待って!今すぐ帰ろうとしているそこのおまわりさぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
またまたさっき入ったばかりの人だかりから飛び出してきた少女は今度は車に乗り込もうとしている佐藤めがけてダイナミックな飛び蹴りをくらわす。
少女が放った飛び蹴りは油断していた佐藤の脇腹に深く突き刺さり、その衝撃に耐えられなかったのか佐藤のそこそこがっしりとした体が大きく横にぶれる。
うごげっ!?と最早人の発する言葉とは違う奇怪な悲鳴を短くあげながら佐藤は飛び蹴りの勢いにのる形で横に吹っ飛んでいく。
対して飛び蹴りを放った少女はというと悪びれる様子もなく自分が蹴り飛ばした佐藤の近くに駆け寄って、またもや慌ただしく声をかけるしまつである。
これはもうなにかしら悪意的なものがあるのではないかと思わざるをえない。
そう考えながら佐藤は蹴られた横腹を軽くさする。
「いてて……一体なんだってんだお前は?」
「だっておまわりさんが折角呼び止めたのに帰ろうとしてたからー。全く警察のかざかみにもおけないね」
「お前が勝手に飛び出してきて勝手に納得して勝手に人だかりに戻ったんじゃねぇか!!」
「そして勝手に蹴らせていただきました。テヘペロ」
少女は反省する素振りもみせず自分の頭をコツンと軽く叩いて下を出す。
その行動は反省だとか謝罪だとかの前に単に人をおちょくっているようにしか見えない。
プルプルと拳を震わせながらも、ここでまた傷害だとかなんとか言われるのは面倒だと思った佐藤は一旦こみあげてくる怒りを堪えて少女の話を聞くことにした。
「それで?俺に一体何の用があるんだ?悪いが小銭を落としたとかは自分で解決してくれよ」
「それがそんな小さなことじゃないんだよおまわりさん!いやその小銭というのが百円ならまた話は変わってくるんだけど…ッ!」
「おーい、早速話が脱線しかけてんぞー?」
最近の電車でさえここまで頻繁に路線の切り替えは行わないだろうくらいのハイペースで話題をあっちこっちに切り替える少女。
いろんな意味で優柔不断な感じがする。
いやここは優柔不断の亜種バージョンとでも言った方がわかりやすいだろうか。
とにかく話をさっさと進展させたい佐藤刑事は金髪少女に話の続きを促す。
「なんか商店街で急に男の人が暴れだして通りにある色んな店を壊して回ってるらしいの!ね、大変でしょ!?」
「お前なんでそんな大事なこと言い忘れたんだよこのアホがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「だって言おうとしたらおまわりさんが急にウチのこと叩いてきたんじゃん!ウチは無罪だよ。むしろおまわりさんに事件を伝えたことで賞状を貰えるくらいだよ」
「そんなんで賞状なんてもらえないっての。どうでも良いからさっさとその場所に案内してくれ!」
佐藤の頼みに、こっち!と先陣をきって走っていく金髪少女。
目の前で事件が起こってるというのにいつまでも倒れているわけにはいかない。佐藤はその場から立ち上がり急いで少女のあとを追いかける。
人だかりの中へと入っていった少女は体が細くて小さいのがうまくはたらいて楽々奥の方へと進んでいけるが、がっしりとした体格の佐藤が通る空間などほとんどなく一歩進むのさえ苦労した。
「ほらおまわりさん!あそこあそこ!!」
「ちょ、ちょっと待て……あともう少しでそっちにつくから………!」
早く早く!と急かす少女の声に後押しされるようになんとか人だかりを抜けることに成功した佐藤。
直後に佐藤の目に入ったのは騒ぎを起こしているという男の姿。
しかしそれはただの一般男性ではなかった。
それは頭の上から足元まで綺麗に隠れるほど大きな黒いローブを見にまとっており、そのせいで表情はまるでうかがえない。
しかし体の大きさが普通ではなかった。
体長は3mをゆうに越しており、下半身とアンバランスな程に上半身だけが異様に筋肉質に発達していた。
シルエットだけでいえば一昔前の少年漫画に出てきそうな上半身はごついが下半身は意外とひ弱なロボットを想像させる。
明らかに人ではない。
そう判断できるほどの特徴が佐藤の目の前にいる騒動の発端にはあったからだ。
「(くそ…
今回の
周りを見渡すと椅子やら机やらぐちゃぐちゃにされた店内と亀裂がはいった地面。そしてそれを彩るように粉々に破られた硝子など商品らしきものが散乱していた。
これだけ情報がそろえばどう優しく考えてもあの
佐藤は腰からフリントロック式の拳銃を抜き取りそれを暴れている
「
佐藤の刑事としての命令に今までプロレスを眺める観客気分だった周囲の人間は、危険を感じ取ったのか悲鳴と共に慌ててその場から立ち去っていく。
ドタドタドタ!!!と人の走っていく音を聞きながら佐藤刑事は拳銃の照準を暴れているという
しかし拳銃の中には何も装填されていない。
実弾はもちろん持っているがその場合は今もっているフリントロック式のものでは発砲できない。
というのもこのフリントロック式の拳銃は覚醒弾を撃つためだけに開発されたものであり覚醒弾であれば弾を装填するだけで発砲できるが、本当にフリントロック式の拳銃に実弾をいれて発砲したいとなればそれこそ粉末状の火薬やらそれを押すための棒などいろいろな手間が必要になる。
しかし突然だったということもあり実弾を発砲できるリボルバー式の拳銃はパトカーの中に置き忘れてしまった。
とはいえ佐藤 剛に
そのため今やっていることは、あくまで相手を大人しくさせるのと周りにいた一般人を現場から離れさせるために行っていることだ。
「(もっとも好戦的な
ここ数年で培ってきた経験からそう結論付けた佐藤は弾も入っていないただの玩具同然の拳銃を突きつけながら目の前にいる
「おいそこのお前!一体どうしてこんなことしたんだ?なにか気にくわないことでもあったのか?」
佐藤の問いかけに、しかし黒いローブを着た
そのかわりに佐藤を自分の正面にとらえるように体の向きを変える。
獲物を狩る前の予備動作とも思える行動に思わず体が強張る。
嫌な汗が背筋を流れるのを感じながら佐藤はまばたきすることもなく全ての意識を目の前の
その身体能力は人間というよりは獣のそれに近いからだ。
「もう一度聞くぞ!どうしてこんなことを_________________」
佐藤が再度問いかけようと口を動かす。
しかし散々暴れまわっていた
佐藤が言い終えるよりも先に目の前にいた
もちろんその素早さは人間がどうこうできる領域を軽く超えており、認知はできるが体の方がそれに見合った速度で反応しない。
こちらにむかって襲いかかってきたという状況だけが無慈悲に頭の中を巡っていく。
「やば……ッ…!?」
そんなことを口にしてもどうとなるわけでもなく、弾の入っていない無意味な拳銃だけが律儀に迫り来る
黒いローブの中からギラリと怪しく光輝く刃物のようなものが顔を覗かせる。
それが問答無用に自分の首元へと鋭く突き出される。
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