第13話:佐藤剛の教育方針


「………今、絶対失礼な事考えてたでしょ?」


「さ〜ね〜。どこぞの金髪娘が嘘をつくのが下手なのはバンパイアの性質となんか関係あるのかな〜とか思っただけだ」


「ぐぬ……ッ」


なんとバレてしまっていたか!?というセリフがぴったりと当てはまるような反応を示すサクラ。


寧ろよくもまあ、あそこまで違和感に満ち溢れた状況で自分の発言は嘘ではなく真実そのものだと言い張ろうと思ったものだ。


と、ここでふと佐藤刑事は大学の頃に学んだことを思い出した。


夢魔むまとは人間の意識が生んだ存在というのは周知の事実だ。


であるならばその存在を1つの個体として成立するにあたって果たしてどのような定義や法則がそこに含まれているのだろうか?


バンパイアやオオカミ男などルーツとなるべき対象を枠組みとするまでは理解出来るが、ではその中身を決めるのは一体なんなのだろうかというところに行き着く。


夢魔むまの存在構築は人間の脳にある精神的・性格的・知識的の大きく分けたこの3つが関係しており、それが人間の睡眠中にダイレクトに夢意識むいしきに反映されるという。


もちろんこれはあくまで仮説の範囲ではあるのだが佐藤も含めた夢魔むまにある程度の知識がある人たちは好んでこの仮説を前提としてとりあげる。


というのも理論的にも1番納得がいくものであるからだ。


その仮説において夢魔むまの存在構築とは夢意識むいしきに導入された人間の三大構築要素が何十何百何千と積もりに積もって夢魔むまという一個体として成り立つとされている。


この一説には、しかし未だに議論され続けている不明快な疑問が存在している。


それは法則性があるのか否かということだ。


この法則性とは先ほどあがった人間の三大構築要素のことである。


夢魔むまは人間の三大構築要素が一定のラインまで導入・反映されて初めて夢魔むまという一個体として成立するわけだ。


とするならばその一定のラインまで導入される三大構築要素に法則性はあるのだろうか?


例えば性格的・知識的な要素が極端に少なく精神的な要素が多く含まれて構成された夢魔むまは存在するのかということである。


なんらかの比率でしか成立しないという考えももちろんあるが、しかしそれでは皆が皆クローンのように何も個体差の無い性格も考え方も一致する存在になってしまうのではないだろうか。


とするならばここでいう個体差とはすなわち存在構築にあたって導入された構築要素の偏りが原因の1つではないのだろうか……ということである。


結局たかだか1大学生の1人だった佐藤が正しい答えを導き出せるなんてことはなく、真実は闇の中へと消えていった。


「(って言ってもサクラを含めた夢魔むまがそれぞれの個性をもってるのもまた事実だ。となるとやはり構築要素の偏りこそが夢魔むまの個性を生み出しているってことになるのか…?)」


佐藤刑事はその場から静かに立ち上がり机の上に置いてあるパソコンへと向かう。


なにやらブツブツと呪文さながらに言葉を発しながらパソコンを起動させると、すぐに書類製作アプリを開いて慣れた手つきでキーボードを叩いていく。


「……………………あれ?」


更なる言及があるものだと身構えていたサクラであったが、その好戦的な姿勢から発せられたものは気の抜けた間抜けな声であった。


「ちょちょちょっ!おまわりさん!?どうしたのさまた勝手にマイワールドに入り込んじゃって!?あの一瞬のやりとりで一体なにを記録しようと思ったの!?」


佐藤刑事が会話の途中でいきなりデスクトップにむかうことはよくあることだ。


サクラ自身ある程度佐藤刑事と一緒に住んでいて分かりきっていたことだったが、それでもやっぱり唐突に自分の世界に籠られてしまうと話し相手としては困惑せずにはいられない。


「(う〜ん…悪気がないのも分かってるしお仕事だからってのも分かってるんだけど……でもやっぱりここではいそうですかって認めるのはイヤだな。なんかパソコンに負けた気がする)」


現役女子高生でバンパイア型の夢魔むまで可愛くて美人で色っぽくて煌びやかで華やかでetcな自分がたかだか記録するくらいしか能がない無機物に魅力で劣っているとは認めたくなかった。


その他にも自分にもっとかまってほしいとかそもそもまださっきの話が終わってないからとか色々と理由はあるわけだが、今の彼女を突き動かしているのはシンプルにという願望のみである。


そうと決まれば話は早い。


甘噛 サクラは両手を上にあげ腰を一段低くおろし夜叉の構えのごとく独特な体勢のまま一歩、また一歩とジリジリとパソコンに集中している佐藤刑事に近づいていく。


そうして2人の距離が人一人分程になった辺りでサクラはその独特な構えのまま椅子に座ってキーボードを懸命に叩く佐藤刑事の背中めがけて飛びかかる。


ちょうどそのタイミングだろうか。


佐藤刑事がパソコンに記録し終わり自分の座っている椅子を机から離したのは。


さて、そうなると展開的にはどうなるだろうか。


サクラは佐藤刑事の背中に飛びかかろうとしていた。


が、しかし佐藤刑事はやることを終えて椅子を後ろへとさげてしまった。


するとサクラが飛びかかろうとしている対象は佐藤刑事などではなくパソコンやらキーボードがのっている机へと強引にシフトチェンジしてしまう。


となれば次の展開は容易に想像できるだろう。


「おっまわーーりさーーーーごげふっ!?」


ドガシャアッ!!と普通に暮らしていてまず聞くことのない物理的音が室内を颯爽と駆け巡っていく。


その音が鳴り止むやいなや椅子をひいた佐藤刑事が見たものは先ほどまで自分が使っていたパソコンやらキーボードがのってある机に金髪娘が頭をつっこんでいるバイオレンス極まりない光景であった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?おま、なにいきなりキーボードめがけて飛びかかってんだよ!?びっくりするだろうが!」


叫びながら急いで机に頭だけ綺麗につっこんでいるサクラを救出する佐藤刑事。


机から強引に引っこ抜いた後、慌てて間抜けな相棒バディーの顔を確認する。


「お、おい…大丈夫、か?」


「…………………………大丈夫って言ったらかまってくれる?」


「いやその取引は全くもって理解できないがとりあえずお前が無駄に頑丈で大がつくほどの馬鹿だってことは理解できた」


「馬鹿じゃないもん!!これでも学校だと下の中くらいの成績はあるんだから!」


「いや下の中って別に褒められたもんでもないだろ」


どれだけ甘々なんだお前の価値観は…と呟きながら佐藤刑事は改めてサクラの顔を確認する。


まじまじと自分の顔を見てくる佐藤刑事に少し照れくさそうな表情を浮かべてみせるサクラ。


照れるというような仕草を余裕でこなせるあたりどうやら怪我をしている様子はなさそうだ。


キーボードと机を貫通するほどの衝撃をくらったというのにここまでなにもないとは、これもまたバンパイアの特徴の1つなのだろうか。


というかそもそもそんな机やらなんやらを貫通するほどの勢いで飛びかかろうとする方が頭がおかしい。


もっといえば自分がついさっきまでその対象だったということを考えると背筋を冷たいものが通り抜ける感覚さえ覚えるほどである。


「にしても……これまた随分とド派手にやらかしたもんだなぁ…」


チラリと後方を確認すると綺麗に真っ二つに割れたキーボードと隕石でも落ちたんじゃないかと誤認するほど丸い穴がぽっかりと開いた机が共倒れのように仲良く死亡している。


家具のほとんどは元から用意されていたものなので実質的な被害はないに等しいのだが、それでもちょっとばかりだが虚しい気持ちになってしまう佐藤刑事。


これも歳のせいだったりするのだろうか。


「………おまわりさん怒ってる?」


狸寝入りを止めたサクラがいつもの元気満点な感じから一変して申し訳なさそうに佐藤刑事に尋ねる。


対して佐藤刑事は激しく叱りつけるわけでもなくいつもと変わらない調子でその問いかけに答える。


「……悪いことしちゃったなってのは分かるか?」


「うん……わざとじゃないとはいえおまわりさんの使ってたキーボードとか机とか壊しちゃったのは事実だし………本当にごめんなさい」


己の反省を認め、ぺこりと頭をさげるサクラ。


最近の若い子に見習わせたいくらいの綺麗な謝罪に思わず感心の声をもらす佐藤。


その声すら怒声の予兆だと思ったのかサクラは頭を僅かにあげて佐藤刑事の顔をのぞき見る。


「やっぱり怒ってる?」


「そうだな…本音を言えば怒ってる。危ないことだし大事なものを壊すってのはその人に対してとても失礼な事だからだ」


だけどな、と佐藤刑事は付け加える。


「悪いと思って謝ったんならもう何も言わない。今度からは同じ事を繰り返さないように気をつけるんだぞ?」


この優しい言葉づかいや幼子をあやすような会話の内容に相手が夢魔むまだからといって小馬鹿にし過ぎているのではないか?と疑問に思う者もいるだろう。


だが、それは偏見以外のなにものでもない。


例えば自分が車に詳しいからといって相手が同じく自分と同じくらい車に詳しいかといわれればそれは違う。


逆に相手が当たり前だと思っていることが自分にとってどころではなく世間一般を通じて誤っている場合もある。


自分が知っているからといって相手にそれを求めてはいけない。


相手が自分とは違うことを行ったとしてもそれを真っ向から意味もなく否定してはいけない。


子供が大人からうける指導や教育とはこれと同じ事ではないだろうか。


だからこそ佐藤刑事は周りからどう思われようがあくまで相手と同じ目線で物事の見解を得ようとする。


そうしてそれらを自分の中で噛み砕いて考えて最適と思われる答えを相手に教える。


他の人が相棒バディーに対してこのような初歩的な教育をしているかどうかはわからないが、だとしても佐藤刑事はこのスタンスを崩すつもりはない。


あくまで彼は甘噛 サクラの良き理解者にならんとしている。


「……じゃあ許してくれるの?」


「ああ。もちろんタダってわけにはいかないけどな」


佐藤刑事は不安がるサクラとは非対称にニヤリといたずらな笑みを浮かべてみせる。


もしやあの温厚な佐藤 剛がとんでも残酷刑罰を用意しているのではないだろうかと予想し顔をサーっと青ざめさせるサクラ。


そんなサクラをニヤニヤと見ながら佐藤刑事は固定電話の上に設置したフックタイプの鍵置き場に手を伸ばして鍵を1つ取った。


「それじゃあ行くか」


「ほえ?い、行くってどこに?」


サクラの問いかけに佐藤刑事は鍵を指でクルクルと回しながら自信ありげに返答する。


「そんなの決まってるだろうが。おお仕置きかけにいくんだよ」





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