第12話:バンパイアは流されやすい

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夢魔むま課の刑事は頻繁に銃器を用いるということで他の課と比べるとなにかと優遇されているところがある。


上位の捜査権利や許可申請せずとも発砲できるなど難しいものが多いが一般人がもっともわかりやすいであろうものであげるとするならば変則的ではあるが必ず週2日は休日が与えられるということだろう。


「よーするに、おまわりさんは暇人ってわけ?」


「学生と労働者の休日を一緒にするんじゃねぇ」


署が相棒バディー制度の受諾に伴って提供してくれたマンションの一室で相棒バディーこと同居人である金髪少女の一言に気だるげな態度で反応する佐藤刑事。


一緒の部屋に女子高生と三十路の男が暮らしているというこの事態は普通であれば犯罪として扱われそうなものだが生憎とそういった展開はない。


というのも相棒バディー制度にはいくつか厳守すべき項目があり、その中の1つに『相棒バディー関係にある者は常に親交を深めるべし』というものがある。


親交を深めるとは具体的には何かというと、ようするに普段から目を離さずに些細な変化に気づくように常に配慮しろとのこと。


つまるところ同居という答えに行き着くわけである。


さて、いざ同居をするとなるとやはり色々と気をつかう所がでてくるものだ。


くわえて同居人がまだ思春期真っ盛りな女子高生ともなればいわずもがな懸念点は通常の数倍以上にも膨れ上がる。


部屋はきちんと各々のものが用意されてはいるが洗濯機やお風呂場といったものまでは流石に複数用意できるわけもなく共有しなくてはいけない。


さすがのサクラもそこらへんはちゃっかり女の子女の子して自分のことを毛嫌いするのでは……と思っていた佐藤刑事であったがしかしというかなんというか当の本人は別段そこまで気には留めていなかったようで、


「おまわりさ〜ん洗濯するんならウチのもやっておいて〜」


と、気にするどころか自分から要求してくる始末である。


まあこういった細かいところは気にしない竹を割ったようなような性格が甘噛 サクラの良いところでもあるのだが、さすがに年頃の女の子が三十路の男に自分の下着を洗うように言うのはなにかとマズイ気がする。


そこらへんもキチンと指導しなければと思いながら朝刊に目を通していた所で場面は最初の方へと戻る。


「いいかサクラ?俺たち夢魔むま課に休みがあるのは銃器を頻繁に使うからだ。ちゃんと寝てもいない奴に銃を使われるのはお前だって気が気じゃないだろ?」


「だっておまわりさんってば終わらなかった仕事家に持ち帰ってどのみち夜更かしして寝れてないじゃん。そういうのをふまえるとやっぱりウチらとあんまり変わりないじゃない」


「おいおいどこが一緒だってんだ?お前らなんか仕事でもしてんのか?食って寝て遊んでまた食ってる寝てるだけじゃねぇか」


「失礼な!ウチはちゃんとお喋りだってしてるもん!!」


いや、そこは勉強しろよ。と思いながらも言ったところで素直に言う事を聞くわけもない為、静かにそれを飲み込む佐藤刑事。


「だってさ〜ウチらも休み休みと言われても結局は宿題やら予習やらで土日は大して遊ぶこともなく終わっちゃうんだよ〜?ほらね仕事が宿題や予習って言葉に変わっただけで内容的には一緒でしょ?」


「……たしかに…って違う違う!なにを言葉遊びで誤魔化して正当化しようとしてるんだ!そもそも学生にとっては勉強が仕事だろうが!ちゃんとやる気を持って取り組め!」


「うへぇ〜…なんで大人は皆同じことばっかり言うのさ〜………」


そりゃ、それが子供の義務だからだろうという佐藤刑事の先生さながらの言葉に更にぐでぇ〜とソファの上で体を脱力させるサクラ。


「……む?そう考えるとウチは土日も返上することなく仕事をし続けているってこと…?」


「またお前は変なところで頭の周りが早い奴だな…だが、ん〜確かにその理論は一理あるな」


「でっしょ〜!だからウチはおまわりさんよりも偉いのだ〜!にっしっしっし!!」


だからなんなのだという感じだが納得してしまった以上、今から難くせつけるのはどこか子供っぽい。


仕方なく人差し指でポリポリと自分の頬をかいていると、ここでふと佐藤刑事はそもそもの話題の根本について疑問を感じた。


「っていうかさっきからどうしたんだ?なんでさっきまで普通に飯食ってたのに急に休みだなんだの会話にそこまで没頭して…?」


「おおっ!待ってました待ってました待ってましたよそこのお兄さん!!そのセリフをウチは待ってたんです!!」


「………もうお兄さんと呼べる年齢じゃないんだけどね」


ビシィッ!とカッコ良く指を突きつけてきたサクラに冷静な返答をしながら佐藤刑事は手に持っていた朝刊を机の上に置く。


その表情はどこか呆れているようにも捉えられる。


対してサクラの方はというとカッコ良くポーズを決めているあたりからわかると思うがなかなかのドヤ顔となっている。


「ふっふっふ……そっれがですねー!今日は何の日かご存知かにゃ?にゃにゃにゃー?」


「な、なんだよ急に?今日…今日ねぇ………なんかあったかなぁ…?」


「ヒント!まさに記念すべき日!もうこれだけで勘の良いおまわりさんなら分かるはず!!」


「記念すべき日?なんだそれますます分かんなくなったぞ?」


うーんうーん…とあいも変わらずボサボサな頭を乱暴に掻きむしりながら唸りをあげる佐藤刑事。


しかしながら三十路ともなると記憶の方にも多少の齟齬というかくすみがかっているというか、ようするにどうにも上手く記憶を引き出すことが出来ないというような状態に度々なってしまうのだ。


まだ若い現役女子高生のサクラには理解しがたいというかそもそも予想もしていないのだろう、早く言って欲しそうに両手を握ってワナワナと震えている。


いよいよ答えざるをえなくなってしまった状況へと追い込まれた佐藤刑事は錆び付いた頭を必死に絞り込む。


「えーっと………あ!たしか今日はスーパーで納豆が安く売ってる日だ!どうだそれだろ!?」


「ちげぇよ!ぜんっぜん!最大級に!最上級にちげぇよ!っていうかバンパイアのウチに豆製品を食べさせるって一体なに考えてんの!?死んじゃうよ?ウチ吐血しまくりで死んじゃうよ!?」


「ああ、そういやそうだったな。……なあ、ふと思ったんだが文献だとバンパイアの特徴は強力故に弱点多しと書いてある。とするとだ、この弱点っていうのにはやっぱり強弱は関係するのか?」


「うわ、またでたよおまわりさんの夢魔むま研究。本当に飽きないよね〜」


「そりゃ夢魔むま課にいる以上色んな夢魔むまの情報を知っておく必要があるからな。それが相棒バディーともなれば尚更だ」


で、どうなんだ?と今度は立場をぐるりと変えて佐藤刑事がズイズイっとサクラの方へと近づいていく。


とはいえ自分のことを大事に思っての質問だということを知っているサクラは特に嫌そうな顔をすることなくそれに答える。


「ん〜、たしかに弱点ってひとまとめで言っても強弱はあるかな。まあそれぞれで微妙に違うとは思うけど」


「なるほど…弱点といっても個体差がある、と。それでお前はどんなのが弱点なんだ?」


「へ、ウチ?そうだなぁ……十字架とか野バラとかは全然平気だし食べ物とかも気持ち悪くなるくらいで特に問題ないかな」


「あ?なんだそりゃ。それならお前なんも弱点ないじゃねぇか」


「そう言われてもあんまり効かないってのが現実だし…」


文献にあった弱点多しとは数の事だけを指しており具体的な中身の説明はされていなかった。


それはつまり数は多いがそれ自体がバンパイアに与えるものは微々たるものであり生命に危険を与えるほどのものではないということなのだろうか。


たしかに冷静に考えてみればバンパイアとは永遠を生きる者・不死身の王とも呼ばれるほどに生命力に特化した個体だ。


そんな個体がまさか豆まき1つで絶命したとなればここまで話も大きくは膨らまないだろう。


だとするならば彼女らにとっての弱点というものはようするに体調を崩す程度のものでありそこまで危険視すべき事柄ではないということなのだろう。


そう考えるとやはりバンパイアという存在は絶対的なものなのだと結論付けざるをえない。


「そういえばバンパイアの弱点に流水は通れないってのがあったが…あれは大丈夫なのか?」


何気ない質問。


予想ではまた『効かないよ〜そんなの〜』という返事がくるものだと思っていた。


しかし。


「………よ……余裕…だし」


「…………………………」


どう考えても嘘だ。


早急にそう結論付けるのにそう時間はかからなかった。


というのも帰ってきた言葉は震えに震えているし、言い終わった後のサクラの目は荒波にもまれる魚のごとく泳ぎまくっているしで逆にこれが真実だと判断できる要素が何1つとして存在しない。


「な、何さ…べ、別に水が苦手とかそんなんじゃないんだからね?た、単にちょっと噛んじゃっただけであって……」


フォローしようとしてさらに事態を悪化させるサクラ。


どうやらバンパイアは嘘をつくのが下手らしい。


と、これもまた彼女の言う個人差というものがあったりするのだろうか。



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