第11話:佐藤刑事と甘噛 サクラ

危険な存在。


残酷に聞こえるがしかし現実をしっかりと含んだその一言は嫌に佐藤刑事の耳にこびりついた。


確かに危険な夢魔むまを人に害を与えない友好的な夢魔むまへと上手く教育することが出来たのなら、その信頼は確実なものへと変わるだろう。


だがその為にサクラを物のように利用することはお人好しの佐藤刑事には出来なかった。


彼女の意思も聞かずに、ただただこっちの思惑だけで猿回しのように扱うことは絶対正義ではないと判断できた。


しかし上層部が自分の事を高く評価してくれているということもまた事実だ。


いろんなものに両挟みされなかなか良い返事が出せずにいる佐藤刑事に西内警部は諭すように語りかける。


「ねえ佐藤君。君はきっとまた難しいことを考えているんだろうけど、1つだけ言っておくわ。サクラちゃんと相棒バディー関係を結ぶことはもちろん君自身のこともあるけれどそれよりもこの子の為になるからよ」


「………サクラの為、ですか?」


「そうよ。甘噛 サクラは危険なバンパイア型の夢魔むま。だから基本的にどの団体も彼女のことを良くは思わない。何故なら危険だという認識があるから。人間とは上手くやっていけないという先入観が邪魔をしているから」


予想の流れとしてはこれほどまでに当然なことはないだろう。


周りが危険だと言うから受け入れない。


過去にもっともな実例を何度も出しているから尚更怖くて危なくて近づきたくない。


逆に言えばこれだけの情報があるのにもかかわらずバンパイア型の夢魔むまを危険だと感じずに心の底から安心して接していける人の方が異端だと思われるだろう。


だが、それはあくまで過去のバンパイア型の夢魔むま達のことであって甘噛 サクラ個人には全く関係ない。


周囲の人間は記録上の事でしか彼らを知らないだろうが果たして実際に会って目で見て腹をわって語り合ったことはあるのだろうか?


少なくとも佐藤 剛は知っている。


甘噛 サクラが、個人であり単体であり唯一の存在だということを胸を張って言える。


「いきなり事件に首つっこむわ騒ぐわバカやってるわで色々と言いたいことはありますけど……でもそんな色々がこいつの個性なんですよ。バンパイアだとか危険だとかそんな小難しい事ばかりしか見てない奴には分からないでしょうけどそれでも俺は知ってます。こいつはどこまでいってもバカでアホでマヌケな……ただのかわいい夢魔むまなんだって」


見た目で判断するのも良いだろう。


周りの評価から予想するのも間違いではないだろう。


しかしそれはあくまで予想であり予測であり推測であり答えではないのだ。


正解ではない。


真実ではない。


「実際にこうして手で触れて目と目をあわせて語り合って一緒にいることでやっと本質ってのはわかるんです。だから俺だけは分かってあげるつもりです。こいつは危ない存在なんかじゃないって」


誰かが邪険に扱うのなら1日かけて言って聞かせてあげよう。


誰かが変な噂を流すのなら笑いながらそれを論破してやろう。


誰かがこの子を傷つけるのなら拳を握って立ち向かってやろう。


誰かが傷ついて成り立つ世界など必要はない。


必要なのは誰もが手と手を取り合って過ごしていける優しさだ。


西内警部は佐藤刑事の言葉に最初驚いたような顔をみせるが、それからすぐに元の表情にもどって再び話を続ける。


「そう思うのなら君が周りがもっているそのふざけた認識を取り払ってしまえば良いんじゃないかしら?だって分かってるんでしょう?この子は危険なんかじゃないって。私達と共に歩んでいける存在だって」


「……なんだか気付いたら逃げ道は全部封鎖されてるみたいっすね…」


「あら嫌な言い方ね。こういう時は答えが見つかったって言うのよ三下刑事君」


無駄にやり慣れた様子でウィンクをかます西内警部に反射的につくり笑いを浮かべてみせる佐藤刑事。


この人程傲慢で強欲で頑固な人はいないだろうと今までの事を思い出しながら佐藤は結論づける。


「(やれやれ……また面倒なことになってきたが…まあ、快く受け入れよう)」


今まで頭を撫でていた手を離し佐藤刑事はサクラの方を向き目と目があうように姿勢を低くする。


頭から手を離されたことに疑問を思ったのだろう。


先ほどまでなんともだらしのない顔をしていたサクラは、やや不満そうな顔をしながら姿勢を低くした佐藤刑事の顔を見つめる。


「む〜…なんで頭撫でるのやめたの?ウチもっと撫でられたかったのに〜……」


「はは、そいつは悪かったな。でもこんなおっさんが撫でても嬉しくないだろ?」


「なにそれ自虐ネタ〜?おまわりさんもとうとう自分の体臭を考える年頃になったか〜」


「ふざけんな、まだ加齢臭はでてねぇよ。それに俺は清潔だけが売りの爽やか系刑事なんだからな」


「たしかにおまわりさんって良い匂いだよね。さっき背中に飛びついたときも良い匂いだなぁって思った!ますます好感度あがったよー!」


にしし、とイタズラに笑いながらサクラはそんなことを言う。


やはりそうだ。


この子は誰かを傷つけるような危険な夢魔むまなどではない。


こうやって誰かと一緒にいて。


誰かとバカやって。


誰かと語り合って。


誰かと笑顔になれるようなそんな夢魔むまなのだ。


「なあ甘噛 サクラ」


「およ?ど、どしたのさいきなりそんな他人行儀な……?」


いきなりフルネームで名前を呼ばれたことに若干の戸惑いを表しながらサクラは佐藤刑事の顔を見る。


海のように綺麗な青色の瞳。


雪のように白い肌。


活発そうな顔立ちに似合った鋭い二本の犬歯。


バンパイア型の夢魔むま


そんな金髪少女を正面から見据えながら佐藤 剛は柔和な笑顔と共に手を前に差し出す。


まるで絵本の一ページのお姫様に手を差し伸べる王子のように。


「お前にいっぱい迷惑や苦労やらかけるかもしれない。もしかしたら途中で全部投げ出して逃げちまうかもしれない」


お世辞にも自分が完璧だなどと言えるような存在ではない事は重々承知している。


特別頭が良いわけでもないし。


特別身体能力に恵まれたわけでもないし。


特別これといった特技があるわけでもなし。


でもたった1つだけ誇れることがあるとするならば、それはきっと夢魔むまを心の底から思い、慕い、愛しているというこの気持ちだ。


もちろんそれだけでうまくいけるほど世の中はうまくできていない。


ならば。


いや。


「だからこそ」


佐藤 剛は同じ思いをもつ者と共にそれを成し遂げたい。


1+1が何になるかはわからない。


もしかしたら10になるかもしれないしそのまま2で終わってしまうかもしれない。


だが、それがマイナスや1以下になることは絶対にない。


「そうならないように俺を助けてくれないか?」


彼女は言ってくれた。


自分は夢魔むまの笑顔と『ありがとう』の為に銃を向けているのだと。


そんな優しい答えを教えてくれた彼女が側にいてくれるのなら。


きっともう迷うことはない。


悩むことはない。


サクラはこの言葉に何を感じただろうか。


だらしのない他力本願な男だと思っただろうか?


情けないひ弱な人間だと軽蔑しただろうか?


嫌だというのならばそれでもかまわない。


どんな言葉でも受け入れよう。


「うーん……25点」


その言葉に思わず「へ?」と間抜けな声をあげてしまった。


結構な覚悟のもと待っていた言葉が25点というよくわからない言葉だった為か佐藤刑事は豆鉄砲をくらった鳩のように目をパチクリと開閉させている。


「え、と、どういうこと?」


「だから〜、その言い方はかたっ苦しくて嫌いってこと!おまわりさんも大人ならもう少しかっこいい決め台詞とかもってないの?」


意表をついた疑問に思わずたじろいでしまう佐藤刑事30歳。


まさかイェスノー判断ではなくそんなところを指摘されるとは微塵も思っていなかったからだ。


「け、結局お前は俺と相棒バディーになってくれるのか!?まずはそこだけハッキリさせてくれ!」


「へ?そんなの当たり前じゃん」


サクラは今更何を言ってるの?とでも言いたげな顔で佐藤刑事が聞きたかった答えをあまりにも淡々とした口調で答えた。


一蓮托生の関係となるのだから多少なりともちょっとした感動シーンを期待していた佐藤刑事からしてみればこの展開はあまりにも雑で適当で……ようするに求めていたものと何か違う感がして仕方がなかった。


簡単に言えば不完全燃焼である。


「おまっ……ここ結構大事なシーンだろ!?もうちょい空気よめよ!俺の気持ちをくみとれよ!!」


「くみとれって言われてもウチさっきまで頭撫でられてて何も聞いてなかったし、それにあんな堅苦しいセリフだったらね〜。あんなのじゃ50歳のおばさんくらいしかときめかないよ〜」


「別にいいだろ!?一体全体なんなんだよお前は!?」


佐藤刑事のその一言に金髪少女ことバンパイア型の夢魔むまである甘噛 サクラはニカッとご自慢の二本の犬歯を大きく見せるように笑いながらこう答えた。


「そんなの決まってんじゃん!ウチはおまわりさん専用の愛玩奴隷なのだ!!」


「確かに相棒バディーであることに変わりはないけどお前それだと全然意味違うからな!?」

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