第10話:佐藤刑事は相棒が欲しい

「それでさっきの話の続きなんですが……」


「どうして自分みたいなこれといった業績もあげていない下っ端刑事が夢魔むま相棒バディー関係を結ぶのか…ってことかしら?」


なにもそこまで悲観的に思ってはいないのだが…と喉元まで出かかった言葉を必死の思いで飲み込んだ佐藤刑事は口角をひくつかせながら平静を保とうとする。


とはいえたしかに疑問に思っていなかったわけではない。


夢魔むま相棒バディー関係になるということは即ちそれなりの責任と管理能力、ならびに刑事としての力量が求められる。


なんせ夢魔むまと人間の間にはどうしようもない壁が存在する。


壁というのは心の距離や意思疎通といった不確定なものではない。


それは種族的な壁という望む望まずに限らず彼ら夢魔むまに与えられた抗いようのない決定事項だ。


いくら人間との親交を快く思っていようと害を及ぼす気がなかろうと彼ら夢魔むまのものさしで物事をはかればそれはあっという間に崩落する。


夢魔彼らにとってはごくごく当たり前の事だとしても、それは人間この世界にとっては普通ではないのだ。


そんな夢魔彼らを人間界に馴染ませ尚且つ本人たちがストレスに感じない範囲で気をつかいながら生活する上で必要な友好関係や他者との親密度をこちらがリードして築き上げてやる。


考え方としては手に負えないとんでも能力をもった赤ん坊を一人前の大人に仕上げるという感じだ。


そこらのベテランお母様方でさえ手をあげそうなこの相棒バディー制度を、しかし西内警部はどうして妻子も持たない自分に任命したのだろうか。


相棒バディー制度が樹立されたのは今から2年前と意外とタイムリーな制度だ。


内容は言葉の通りで、夢魔むまと一蓮托生の協力関係を結び世の為人の為行動を共にするというものだ。


もちろん特別な力をもつ夢魔むまと協力すれば相手がどれだけ手強くても難易度は何倍も軽減される。


しかしながら上記の内容から分かる通り、その責任はあまりにも重い。


よってせっかく出来た相棒バディー制度もほとんどの者が手を出さず、現在本部に登録されているのもせいぜい15組程度であった。


そんなそこらの重りよりも重い責任を背負わされつつある佐藤刑事を、しかし西内警部は楽しげに見つめる。


「答えは簡単。それが上からのお達しだからよ」


「上からのお達しって……俺クレーム的なものしか聞いたことないんですけど?」


「そう、そのクレーム的なものが君を今回の相棒バディー制度に一任した理由よ」


え?となに1つ理解出来ていないアホ面の中年をおいて西内警部は淡々と言葉を吐き出していく。


「君が前々から指摘されていたのは夢魔むまよ。何度も聞かされているわよね?同情することは構わないけれど事件を未解決で済ませすぎだって」


「そりゃ、あいつらにも理由や思うところがあってのことですし…それに未解決で済ませたやつだってそれはもう事件を起こす可能性がなくなったからであって……」


「ええ分かってる分かってる。それが真実だということも間違いじゃなかったということも」


でもね、と西内警部は区切りを入れる。


「君のその行為が真に納得のいく結果なのかと言われればそれはNOなのよ」


「……事件を起こした夢魔むま夢意識むいしきに帰さなきゃ納得がいかないってことですか?」


「違うわよ。私が言いたいのは君の行為そのものを周りの連中に納得させられる安心材料がないってこと」


さりげなく発せられた安心材料という単語に首をかしげてみせる佐藤刑事。


対して西内警部は変わらぬポーカーフェイスで指先だけを楽しげに横にゆらしている。


「ようは同じ行為をするにしてもそれを行う個人の価値で物事の解釈は変わっていくのよってこと」


考えてもみなさいと西内警部は出来の悪い生徒をあやす教師のような口調で話を進める。


「これといった実績をもたない君と世界を救った英雄。この2人が事件を起こした夢魔むま夢意識むいしきに帰さずそのまま人間界に放つという行為をとったとして一体上層部はどちらを信用してどちらを怪しむと思う?」


「それは……まぁ…後者ですよね」


「そうでしょ?つまりなにを言いたいかっていうと上層部はあなたのその行為に不信感をもっているってわけ。その後問題が起こってないのが唯一の救いだけど、もし仮に今後問題を起こし続ける夢魔むまが現れた場合、君は裁判にかけられるかもしれない」


「…う………ッ…」


ぐうの音もでない完璧な論破に顔色を苦いものへと変える佐藤刑事。


考えてみれば当然のことだ。


たいした実績もあげていないのにもかかわらず自分の自己満足に近い同情や慈悲の念に従って行動していたというのだからむしろ今の今まで大きな問題にならなかった事自体が奇跡的なのだ。


もしかしたらそこには西内警部を含めた自分の上司がなんとか場をとりつくろっていたという経緯があったのかもしれない。


兎にも角にもあまりにも身勝手な行動に遅れながらに反省する佐藤。


「君の刑事としての評価はとても低いけれど佐藤 剛個人の評価はすこぶる高い。取り除くことは簡単だけれどそれは惜しい。そんな調子で今まできたわけなんだけどいよいよそうもいかなくなってきてね。そこで提案されたのが夢魔むまとの相棒バディー制度ってわけさ」


「…えっと……何がどうなってそんな提案をする事に…?」


「君も知ってるとは思うけど相棒バディー制度は相当な責任を背負わされるものよ。でもそれは言い方を変えればそれに見合った信用を得る事が出来るという事。つまりあなたが相棒バディー制度を受け入れれば」


「これからも今まで通りのやり方で夢魔むま達を救える……ってことですね」


「そういうこと。君としても今から事件を起こした夢魔むまは強制帰還させるなんてスタンスに変える気はさらさらないだろ?だからこその相棒バディー制度というわけさ」


佐藤刑事は思う。


西内警部の提案通りにサクラと相棒バディーを組めば今まで通りのやり方でも文句を言われる筋合いはなくなる。


だが、それは単に自分のやり方を強引に貫き通しているだけではないのだろうか?


というのも相棒バディーというくらいなのだから当然サクラにも仕事は協力してもらう。


しかしながらサクラにもサクラの世界がある。


もっといえば彼女が佐藤刑事のやり方を貫くために生贄になる必要は何1つないのだ。


「そもそもどうして俺の相棒バディーがこいつなんですか?それも過去に面識があるわけでもない今日あったばかりだって奴に」


そういって視線をサクラの方へと移すが、肝心の当人はというと佐藤刑事に頭を撫でられてご満悦なのかなんとも腑抜けた表情をしており、表現としては心ここに在らずというものがぴったりと当てはまる。


お前の話をしているんだぞ?と目線だけで伝えようとする佐藤刑事だが、頭がお花畑の金髪少女にそれが伝わることはない。


「なによ佐藤君、その子が相棒バディーだとなにか不満でもあるのかしら?」


「いや不満とかそういうのじゃなくって、どうして数ある夢魔むまの中からサクラが選ばれたのかって話ですよ。一体どんな決め方で選んだんですか?」


佐藤刑事のこの質問に西内警部は『ふむ……』と少々真面目な顔つきになる。


「その子がバンパイア型の夢魔むまということはもう知っているね?」


「ええ、まあさっき本人からも少し聞きましたから……それが何か?」


「じゃあ君はバンパイア型の夢魔むまがどれだけ貴重でどれだけ凶悪なものなのかも知っているのかしら?」


「凶悪?こんな頭撫でられたくらいで人の話も聞かなくなる程リラックスしてるこのアホバンパイアが?」


改めてサクラを見てみる佐藤刑事だが、相も変わらずその顔はアホ面と呼ぶにふさわしいものとなっている。


というかそもそも頭を撫でられたくらいでここまでなるか?と思う佐藤刑事であったが、バンパイアは全ての感覚が人並み外れたものとなっている為、快感という感覚もまた人並み外れたものになっているのだ。


その為多少他の人よりもオーバーな反応になってしまうわけだが、感覚が鋭すぎるというのも一見便利なようにみえてよくよく考えれば不便な面も多い性質のようだ。


しかしそれらを踏まえてもなお彼女が危険な存在だとは到底思えなかった。


夢魔むま課の刑事が外見や、ぱっと見の表層心理で危険度を判断するものじゃないよ」


「それはそうですけど…そもそもバンパイア型の夢魔むまがどうして危険なんですか?」


もし西内警部が伝承やおとぎ話の影響でそんなことを言っているのだとしたらそれはとんでもなく愚かな行為だ。


しかし次に西内警部の口から発せられた言葉はそんな書類上のものではない現実味溢れるものであった。


「………バンパイア型の夢魔むまは過去に4回だけ発見されているわ。でもそのどれもが強制帰還の対象になっていたの」


「それはどうして…?」


佐藤刑事の問いかけに西内警部はサクラの顔を見た後、言いにくそうな顔で重たい口を開いた。


「バンパイア型の夢魔むま夢魔むまの王とも呼ばれる程強力な個体よ。それ故に戦闘本能が異常に高くてね……ある者は夢魔むまという夢魔むまを狩り尽くし、ある者は娯楽の為に大量の人間を襲い、ある者は夢魔むまを率いて人類と全面戦争を起こそうとしたりと、そのどれもが危険度上位の事件として今も記録に残されているわ」


だから、と西内警部は続ける。


「そんな危険な夢魔むまを上手く扱えることが出来る人間になら何も文句は言わないという理由で彼女は君の相棒バディーに選ばれたってわけよ」


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