第9話:佐藤刑事と西内警部
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「あらあらおかえりなさい佐藤君」
署に戻るなりまず発せられた第一声はそんな他愛もないものであった。
本来であれば特に気にとめる必要性もないごく普通の言葉。
普段の佐藤刑事であれば呑気にあくびをしながらその言葉に反応を示していただろうが、あいにくと今回ばかりはどうやったってそういうわけにはいかなかった。
佐藤刑事はズカズカと一歩一歩に力を込めながら先程自分に何気ない一言を発した人のところに近づいていく。
その人とは佐藤ら
ブランド物のスーツにブランド物のメガネと全身にブランドというブランドを身に纏う1人の女性。
下唇の辺りにあるホクロが特徴的な佐藤刑事の直属の上司。
そんな良く分からない三拍子が揃った女性警部こと西内 京子に佐藤は剣幕鋭く声を荒げる。
「西内警部!さっきの話、一体どういうことですか!?」
バンッ!と西内警部の机に両手を叩きつけてシンプルな疑問をぶつける佐藤刑事。
だがそんな佐藤刑事とは真逆に、というよりもはなからまともに相手をする気などないように西内警部は自分の枝毛を見つけては裂き見つけては裂きの単調な作業を繰り返しているだけで特にこれといった驚きもみせてはいないようであった。
それどころか予想通りとばかりの呆れた印象さえ感じさせる。
西内警部はクルリと回転椅子を回すと、器用に佐藤刑事の正面で椅子を止めて顔を合わせてみせる。
メガネのレンズが怪しく光り佐藤刑事の意識をちぢこませる。
「な、なんですかその態度は。悪いですけどねどちらかといえば俺の方がそんな冷めた反応をしてやりたいところですよ!なんですかさっきの突拍子もない命令は!!」
「あら嫌だったの?私としては
言葉とは裏腹にあまり残念がっていない様子の西内警部に若干の苛立ちを覚えながらも、そこでいちいちたてついていては仕方がない。
もっとも社会人とは上司の不条理な要求に対して何1つ異を唱えず、つくり笑い1つと根性とちょっとばかりの残業でその場をのりきっていくものなのだ。
こんなことでブーブー文句を言っている段階で、それは社会人としては赤点である。
その為あまり感情を表に出してはいけないと落ち着きながら佐藤は再び会話を切り出す。
「……まず確認したいんですけどあの話は本当なんですか?」
「
西内警部の言葉に嘘偽りがないという事実に佐藤刑事は立ちくらみのようなものを覚える。
それはつまりドッキリという救いすらなく突然の変更もなく言葉通り抗いようのない一直線な結果となってしまうということになるからだ。
「確かに
しかも……と続けざまに何かを言おうとした佐藤刑事であったが、その言葉は後方の扉を勢いよく開けた少女から放たれた言葉に易々と遮られた。
「おまわりさんおまわりさん!あそこの自販機すっごいの!署の人は無料で貰えるんだって!……ん?ってことはウチも無料で貰えるっていうこと!?いやったぁぁっ!!これで悩むことなく新発売のジュースを何本も飲める〜っ!」
何年も務めている佐藤は既にそのことは知っているしついでにそんなことでいちいち報告にくるとは想像もしていなかった。
上司と話があるから待っているようにと言っておいたはずなのに、まさかこうもマッハのスピードでそれを破りにかかってくるとは。
主に残念な意を込めて流石だと言わざるをえなかった。
「……ほらこの通りのデンジャラスアクティビティーガールですよ?こんなのと
「む…なにさなにさ!その言い方は!それだとなんだかウチがおまわりさんの足を引っ張るダメダメで、でもちょっとそういうところがかわいらしい女の子みたいに聞こえちゃうじゃん!!」
「お前のそういうポジティブなところだけは本当にすごいと思う」
「えへへ〜褒められちゃった〜」
「お前の耳は自分にとって利益となるところしか聞けないように改造でもされてんのか?」
佐藤刑事の嫌味ちっくな一言にも、しかし金髪少女は気付いてはいないようでまだお仕事中の若干ぴりぴりムードの刑事達がいる
佐藤刑事が体格が良いのを知ってわざと飛びついてくるのかはたまた金髪少女の抱きつき癖なのかは分からないが少なくとも人目のつくところでやるべき行為ではないことは確かだ。
「あら……今日会ったばかりだからもっと他人行儀だとばかり思っていたのに随分とまあ手懐けたものね佐藤君」
「にゃはは〜ウチおまわりさんに手懐けられちゃった〜」
「……頼むから考えなしにそういう発言をするのはやめてくれ」
今の発言を事情を知らない人が聞いたりしたら、それこそ同業者である我らが警察に追いかけまわされる事態になってしまう。
一体全体なにが恥ずかしくて同業者にそういったふしだらな理由で追いかけられなければいけないのだ。
どうせならもっと恥ずかしくない誇れる理由でそうなりたいものだと切に思う佐藤刑事。
もっとも警察沙汰になるという段階で既に良いもなにもないわけだが……。
「む、そういえばお姉さん誰?おまわりさんの上司の人?」
夏場の蝉のごとく佐藤刑事の背中にひっつきながら金髪少女は目の前の西内警部に興味をもったようで、ようやく紹介の流れをつくることに成功する。
佐藤刑事はゴホンと軽く咳払いをした後、一応は自分の直属の上司ということでごますりというわけではないがそれでもマイナスなイメージを与えないように注意しながら紹介を始める。
「えーっとだな、この人は西内警部って言って俺の上司にあたる人なんだ。だからお前もほらいつまでも俺の背中にひっついてないで降りてちゃんと挨拶しろ」
「でもこの人おまわりさんより何歳も若そうだよ?それなのにおまわりさんよりも偉いの?」
「社会人ってのはそういうものなの!いいからさっさと自己紹介の1つでもしろ!」
そういって佐藤刑事は背負い投げの応用的な技を使って背中にくっついている金髪少女を強引に降ろして西内警部の前に突き出す。
なんだか抱いた犬を渡すような見た目になっているが、そんなことをいちいち気にしていてはキリがない。
少なくともここで手を離して金髪少女を自由の身にしたらまたこの紹介の流れにもっていくのは困難になるだろうと思っての佐藤刑事なりの浅はかな考えからきた行動であった。
金髪少女もまだ色々と言いたいことはあったのだろうが佐藤刑事の気持ちを察したのだろう。
これといった反抗をみせることなく素直に自己紹介を始める。
「ええっと…
「なんで最後疑問系なんだよ」
金髪少女ことサクラは
高校生ということで一般教養はある程度身についてはいるらしいが、こういった目上の人との会話というものに関してはあまり耐性を持ち得ていないらしい。
とはいえここまで人間らしい
どれだけ人間界に馴染もうとしても、その大半はどうしても人との距離をあけてしまったり周りの目を極端に気にしてしまったりと
見受けられなかったといっても今日初めて会ったような人間が簡単になにを言うかと思われるかもしれないが佐藤 剛は
相手の一挙一動で真偽を見極めるような職に就いている人間が1日行動を共にしたのだからそれこそ間違いようがない。
「(って言っても珍しいのはそこだけじゃないんだが……)」
佐藤刑事は自己紹介を終えたサクラから手を離すと、手を後ろに組んで西内警部の話しを聞く体制になる。
急に手を離されてなんだかよく分からなくなったサクラは、取り敢えず真似をしとけと佐藤刑事と同じ格好を見よう見まねでとる。
そんな2人を見てうっすらと微笑を浮かべながら西内警部は椅子に座ったまま改めて自分の口から紹介を始める。
「私の名前は西内 京子。あなたの大好きなおまわりさんのいる
挨拶を終えるのと同時、西内警部はそこまでが一連の流れというように手を差し出す。
手を差し出されたサクラは似合わない緊張感をもちながらその手を握る。
やや尖った耳がピクピクしているのはおそらくは緊張の表れだろう。
後ろでそれを見ていた佐藤刑事は今までの活発な姿からは想像もできないサクラのその姿に思わず口元を緩める。
そんな小馬鹿にしたような視線に気づいたのかサクラは後ろを振り返って、ジトッとした目で佐藤刑事の顔をうかがう。
「………………今ウチのこと見て笑ってたでしょ?」
「いや別に。ただお前の姿が錆び付いたロボットみたいで面白いなーって思っていただけだ」
「やっぱりバカにしてんじゃん!ムッキー!!おまわりさんの前だからって慣れないことにもウチ頑張ったのに!」
「あーはいはい。よく頑張ったな、やればできるじゃないか」
「およっ?えへ、えへへへ〜…それほどでもないよ〜。ま、まあウチだから出来たってところもあるのかもしれないけどね〜」
「よーしよし良くやったなー。頭撫でてやるから大人しくしててくれなー」
感情の一切を含まない棒読みで言いながら佐藤はサクラを器用に手懐ける。
そこらの子供より扱いやすいサクラの頭を撫でながら佐藤刑事は西内警部に先程の話の続きを要求する
。
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