異世界に出会えるこの夢たるや

お豆三四郎

第1話:佐藤刑事は夢を食べたい


欲望。


不足を感じてこれを満たそうと望む心。


人にはそれぞれ欲望というものが必ず存在する。


それがたとえ清廉潔白をかざす聖女だとしても、その例外ではない。


欲望のない人間など、その段階で既に生物的な活動意味をなくしており、存在価値でいえばゴミ溜めに積まれた悪臭漂う腐敗物となんら変わりない。


そう断言できる程に人間という生物は欲望というものによって個を成しているといっておかしくはない。


食欲が秀でている者は美食家や料理研究家になり、自己顕示欲が強い者はアイドルやモデルになったりと欲望こそが人格形成の役割を果たしているといっても過言ではない。


性格も然り行動理念も然り。


欲望とは生命活動においてきってもきれない因果の鎖のようなものなのだ。


しかし欲望と聞くとどうにもマイナスなイメージが優先して想像されがちだが一口に欲望といってもこの世には様々なものがある。


先程も少しあげたが食欲・性欲・睡眠欲・金欲・物欲・自己顕示欲などといった生理的なものから心理的なものまであげていけばキリがない。


だがそのどれにもマイナスな面と共にプラスの面があるということもまた曲がりようもない事実ではある。


もっともそのバランスが少しでも崩れたり極端にプラスマイナスの天秤が傾いていたりすると俗に言う犯罪行為に繋がってしまうわけだが……。


そんな数多ある欲望の中にはもちろん耳を疑うような特異なものも存在している。


例えば靴や衣服といったものしか性的興奮を覚えない性欲異常者であったり。


自分しか愛せない絶対的な自信に溢れた自己顕示欲の塊であったり。



御歳30歳になる佐藤 つよしはもれなくそのパターンに当てはまるというよりも唯一の存在である。


しかしながらいきなり夢を食べたいと聞くと単なるカニバリズムの異常者が常軌を逸した己の欲を恥じることなく吐露しているだけと感じる人も多いはずだ。


いや、たとえ佐藤 剛がカニバリズムではなく普通の思考回路をもつ一般人だとしても犯人を食べたいなどと言っている段階で既に普通というカテゴライズには該当しないだろう。


とはいえこのままでは佐藤 剛がただの異常者であるという結論に至ってしまいそうなので、ここで彼と彼を取り巻く世界を語っておこう。


佐藤 剛は、はっきりいって普通の人間である。


特殊な能力が備わっているわけでも特徴的な外見をしているわけでもない。どこにでもいそうな歳相応の見た目のごく普通の男性だ。


彼が一般人ではないと呼べるものといえば、それは佐藤 剛が夢魔むま取締課こと通称 夢魔むま課に所属している刑事ということくらいだろう。


夢魔むまとは人間が見る夢の中のビジョン、夢意識むいしきが生み出した特異な存在だ。


人間の夢にも様々なものがある。


人間にいくつもの感情があるように夢にもそれがダイレクトに影響している。


といってもなにも難しく考える事はない。ゲームの後には楽しい夢を見るように。ホラー映画の後には怖い夢を見るように。


夢とは現在の感情値に近いものを映し出す精神の鏡といっても差し支えない。


夢意識むいしきとはそんな夢を見ている時の精神意識の事を指している。


眠りから覚めた時、自分が見ていた夢をなんとなく覚えているといった経験がある人は案外多いのではないだろうか。


それは夢意識むいしきの記憶が残っている影響であり、その存在を証明している。


夢魔むまとは夢意識むいしきの中でみたビジョンが実体化したもの。または人間の一定の感情値が多数同調し内包しきれなくなった精神面から漏れ出たものが実体化してしまった存在を指している。


ある学者がいうには夢魔むまが夢を見たら人間世界にくるとも言われている。彼らにとってはこっちの世界が夢意識むいしきなのではないか、と。


夢魔むまについてはまだまだ分からないところが多く、実際のところこれが本当に合っているのかすら怪しい程だ。


よって現在進行形で調査というか研究は続行中なのだが実際今となってはどうでもよくなってきたというのが世論だ。


夢魔むまといっても別に人間を食べたり襲いかかったりするものばかりではない。


なかには人間との共存を求めて新しい世界で第二の人生とやらを初めていこうと平和に暮らす夢魔むまもそう珍しいことではないからだ。


最初こそ恐れられていた夢魔むまであったが結局は人間が生み出したものであり感情や考え方は人間のものにどことなく近いものがあり、それも相まってか世界が彼らとの共存を認めるのにそう時間はかからなかった。


よって現在我々が住んでいる世界は夢と共に生きるという探究心溢れる欲望で埋め尽くされている。


しかしながらなかには凶暴な夢魔むまがいることもまた事実だ。


連続殺人を繰り返したり建物を破壊したりなど夢魔むまによる犯罪行為が今となっては事件の大半を占めている。


そんな悪意溢れる夢魔むま達を取り締まる為に夢魔むま課についてから早数年。


お洒落に疎く万年ボサボサ頭の佐藤刑事は現在一般道を推定時速200kmで走っている馬車に乗った頭のない鎧をパトカーで追跡していた。


「おい、いい加減止まれ!止まれっての!お前さっきから一体どのくらい走り続けてると思ってんだ!取り敢えず止まっとけって話なら聞くからさぁ!!」


「ええい黙れっ!俺様は無くなった頭を探さんといけんのだ!貴様のような鉄の塊に頼る男にとやかく言われたくないわ!」


「お前だって馬に頼ってんじゃねぇかよっ!?なーにを自分1人で走ってるみたいに言いやがって!いいから一般道を馬で走んのは止めろ!……ったく、あと何台の車をおじゃんにする気だ?」


はぁ…と深くため息をつく佐藤。


あの頭なしの鎧が暴走してスクラップ行きにした車の数は今の段階で31台。


これでは捕まえたところで上司にしこたま叱られて始末書類をオールナイト書かされる刑に処されるに決まっている。


だが取り逃がしたとなれば始末書類だけでは済まないので結局のところ待っているのは地獄か大地獄かの違いだけなのであった。


「ふざけんな!昨日やっと徹夜が終わったばかりだってのにこれ以上俺の生活時間を狂わされてたまるかってんだ!」


もうエナジードリンクが恋人な今日この頃に嫌気がさしてきた佐藤は変なスイッチが入ったのか周りを気にすることな全力でアクセルを踏み込んだ。


もう一枚でも始末書類を減らしておきたい佐藤は夢魔むま用に作られたパトカーをフルスロットルで走らせなんとか頭のない鎧が座っている馬車の横につくことに成功した。


「信号無視に衝突事故に速度違反に警告無視!夢魔むま用の法律でもれっきとした交通違反だぞ!さっさと止まっとけ!な!?な!?」


「ふんっ!なにを言おうと俺様は誰かに指図されるような覚えはない!いい加減消え失せろ警察の犬め!」


「最近の不良でもそんなくっさい台詞吐かねぇよ……ったく、どうしたもんかねぇ…」


『なんかすっごいバカみたいな速さでバカみたいな格好をしたバカが一般道でバカやってる!』との通報を受けてから佐藤刑事がこの夢魔むまを追跡している時間は実に1時間半。


そこらの飲み放題のプランだとラストオーダーがとられそうな時間まで悲しいランデブーを繰り返していた。


さすがの夢魔むま課の刑事さんも三十路ということもあってか、そろそろ体力やら精神力やらが限界に近づいていた。


もう強引にでもこのバカを止めるしか方法はない。


そう考えた佐藤は鎧の夢魔むまの乗っている馬車に車体を近づけたと思ったらそのまま迷うことなくパトカーをガンガンと馬車に向かってぶつけ始めた。


「おらおらおら!!さっさと止まらねぇと馬車が壊れて地面に落ちてジャパニーズもみじおろしの一丁あがりになんぞこらぁっ!」


「えっ、ちょっ、それはズルいんじゃない!?大質量の鉄の塊を木製の馬車にぶつけてくるってそれは流石にないんじゃない!?さっきまでの謙虚な態度はどこにいった!?」


「うるっせぇんだよ、こん畜生が!こちとらお前のせいで今日から願ってもねぇ残業やらされるんだ!これくらい許容範囲内だろうが!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁすっ!?わ、分かったから!もう止まるから!!これ以上やられたら頭どころか全身もれなくバラバラになっちゃいそうだから頼むから止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!???」


そう言うと頭のない鎧は徐々に減速し、律儀に一通りの少ない場所に馬を止めてから静かにボロボロになった馬車から降りてきた。


以下、歩道にて。


「……で、お前はどうしてあんなに爆走してたわけ?」


パトカーから降りた佐藤は若干へこんだ車体に寄りかかりながらそう尋ねた。


頭のない鎧はなにか怖いことでもあったのかその場に正座してガクガクと全身を震わせている。


「え、ええっとですね……実は頭をどこかに置き忘れてきたらしくそれで自分が走ってきたところを見て回れば見つかるのではと思った次第でして……」


「頭と胴体が離れてるってことはやっぱりお前はデュラハン型の夢魔って事で良いんだな?」


「はい……そうでございます」


そうかそうか、と言いながら佐藤は車内に一度引っ込み、そこから書類とペンを持って再び外に出てきた。


「それで一体いつからこっちの世界に?」


「つい2日前です。こっちに来たその日に日本一周をしていたので、間違いないですはい」


その身なりで日本一周とは一体何人のドライバーが犠牲になったのだろうか。


そう考えただけで思わず合掌したくなる気持ちを抑え書類に記録しようとしたその瞬間。


「(……待てよ)」


佐藤 剛の脳が待ったをかけた。


間抜けな顔とは正反対に彼の脳内では今国際会議さながらの白熱した会議が行われていた。


2日前から騒いでいたというこのデュラハン型の夢魔むま


となると2日前からこの事件を起こしていたということになる。


それはつまり自分が始末書類を書く必要はないということではないだろうか?


逆にいえば多くの被害を出した夢魔むまを確保したということで賞状なんかもらえちゃったりするかもしれない。


思わずニヤリと笑みがこぼれるが、すぐにそれを内面に押し殺す佐藤。


仮にも刑事が犯人の前で手柄がどうとかいうわけにも顔にだすわけにもいかない。


軽く咳払いをしておかしな空気を切り替える。


「じゃあお前はその無くなった頭とやらが見つかったら良いんだな?」


「それはもう!頭さえ見つかればもうこんなことはいたしません!」


どうやら悪意があってのことではないらしい。


人間の佐藤には分かるはずもないが自分の体の一部をどこかに落としてしまったということは気が動転して違反爆走するほどのものなのだろう。


事情をキチンと話せば被害にあったドライバーの方々も納得してくれるとは思うが、しかし肝心なのはその無くした頭をどうやって見つけるかだ。


「お前自分がどこらへんから頭がなくなったとか覚えてないわけ?」


「さぁ……自分別に頭がなくても前とか見れるんで。ぶっちゃけ頭は飾りみたいなものなんで」


「飾りって…ならお前が探してる頭の意味って一体……」


「いえいえちゃんと利点もありますよ?頭から見た視点と胴体から見た視点は違うので実質視覚が2つあるようなものですから」


「っていうとなんだ?お前はなくなった頭が見てる景色が今見えてるってことか?」


佐藤の問いかけにデュラハン型の夢魔むまは、えぇまぁ…と答える。


「なら話は簡単だ。お前の頭が今見ている景色から場所を特定するんだよ。それならむやみやたらに走り回る必要はなくなるだろ?」


「おお!確かにその通りですね!……ですが私もこの世界にきてまだ間もない為、一体ここがどこなのかさっぱりなんですが…」


「なんかないか?目印っぽいものとか店の名前とか。とりあえず場所が特定できそうなものがあったらなんでも言ってくれ」


そうですねぇ……とやや前かがみになるデュラハン型の夢魔むま


どうやら目を凝らして景色を見ているらしいのだが頭のない胴体だけの状態でそんなことをされてもなんともシュールな絵面になってしまう。


こいつに任せて大丈夫かな?と不安になり始めた佐藤刑事が別の方法を考えようとするとデュラハン型の夢魔むまがそれに待ったをかけてきた。


「刑事さん!魚がいます!それもたくさん!」


「魚……?となると漁港…海に面してる県とかになるのか?他はなんかないか?」


「あとはそうですねぇ……あ、カニがいます!サメもエイもマグロもイワシも。色んな生き物がいてなんだか水族館みたいです」


「……サメやエイは」


欲望。


不足を感じてこれを満たそうと望む心。


人にはそれぞれ欲望というものが必ず存在する。


それがたとえ清廉潔白をかざす聖女だとしても、その例外ではない。


欲望のない人間など、その段階で既に生物的な活動意味をなくしており、存在価値でいえばゴミ溜めに積まれた悪臭漂う腐敗物となんら変わりない。


そう断言できる程に人間という生物は欲望というものによって個を成しているといっておかしくはない。


食欲が秀でている者は美食家や料理研究家になり、自己顕示欲が強い者はアイドルやモデルになったりと欲望こそが人格形成の役割を果たしているといっても過言ではない。


性格も然り行動理念も然り。


欲望とは生命活動においてきってもきれない因果の鎖のようなものなのだ。


しかし欲望と聞くとどうにもマイナスなイメージが優先して想像されがちだが一口に欲望といってもこの世には様々なものがある。


先程も少しあげたが食欲・性欲・睡眠欲・金欲・物欲・自己顕示欲などといった生理的なものから心理的なものまであげていけばキリがない。


だがそのどれもにマイナスな面と共にプラスの面があるということもまた曲がりようもない事実ではある。


もっともそのバランスが少しでも崩れたり極端にプラスマイナスの天秤が傾いていたりすると俗に言う犯罪行為に繋がってしまうわけだが……。


そんな数多ある欲望の中にはもちろん耳を疑うような特異なものも存在している。


例えば靴や衣服といったものしか性的興奮を覚えない性欲異常者であったり。


自分しか愛せない絶対的な自信に溢れた自己顕示欲の塊であったり。



御歳30歳になる佐藤 つよしはもれなくそのパターンに当てはまるというよりも唯一の存在である。


しかしながらいきなり夢を食べたいと聞くと単なるカニバリズムの異常者が常軌を逸した己の欲を恥じることなく吐露しているだけと感じる人も多いはずだ。


いや、たとえ佐藤 剛がカニバリズムではなく普通の思考回路をもつ一般人だとしても犯人を食べたいなどと言っている段階で既に普通というカテゴライズには該当しないだろう。


とはいえこのままでは佐藤 剛がただの異常者であるという結論に至ってしまいそうなので、ここで彼と彼を取り巻く世界を語っておこう。


佐藤 剛は、はっきりいって普通の人間である。


特殊な能力が備わっているわけでも特徴的な外見をしているわけでもない。どこにでもいそうな歳相応の見た目のごく普通の男性だ。


彼が一般人ではないと呼べるものといえば、それは佐藤 剛が夢魔むま取締課こと通称 夢魔むま課に所属している刑事ということくらいだろう。


夢魔むまとは人間が見る夢の中のビジョン、夢意識むいしきが生み出した特異な存在だ。


人間の夢にも様々なものがある。


人間にいくつもの感情があるように夢にもそれがダイレクトに影響している。


といってもなにも難しく考える事はない。ゲームの後には楽しい夢を見るように。ホラー映画の後には怖い夢を見るように。


夢とは現在の感情値に近いものを映し出す精神の鏡といっても差し支えない。


夢意識むいしきとはそんな夢を見ている時の精神意識の事を指している。


眠りから覚めた時、自分が見ていた夢をなんとなく覚えているといった経験がある人は少ないはすだ。


それは夢意識むいしきの記憶が残っている影響であり、その存在を証明している。


夢魔むまとは夢意識むいしきの中でみたビジョンが実体化したもの。または人間の一定の感情値が多数同調し内包しきれなくなった精神面から漏れ出たものが実体化してしまった存在を指している。


ある学者がいうには夢魔むまが夢を見たら人間世界にくるとも言われている。彼らにとってはこっちの世界が夢意識むいしきなのではないか、と。


夢魔むまについてはまだまだ分からないところが多く、実際のところこれが本当に合っているのかすら怪しい程だ。


よって現在進行形で調査というか研究は続行中なのだが実際今となってはどうでもよくなってきたというのが世論だ。


夢魔むまといっても別に人間を食べたり襲いかかったりするものばかりではない。


なかには人間との共存を求めて新しい世界で第二の人生とやらを初めていこうと平和に暮らす夢魔むまもそう珍しいことではないからだ。


最初こそ恐れられていた夢魔むまであったが結局は人間が生み出したものであり感情や考え方は人間のものにどことなく近いものがあり、それも相まってか世界が彼らとの共存を認めるのにそう時間はかからなかった。


よって現在我々が住んでいる世界は夢と共に生きるという探究心溢れる欲望で埋め尽くされている。


しかしながらなかには凶暴な夢魔むまがいることもまた事実だ。


連続殺人を繰り返したり建物を破壊したりなど夢魔むまによる犯罪行為が今となっては事件の大半を占めている。


そんな悪意溢れる夢魔むま達を取り締まる為に夢魔むま課についてから早数年。


お洒落に疎く万年ボサボサ頭の佐藤刑事は現在一般道を推定時速200kmで走っている馬車に乗った頭のない鎧をパトカーで追跡していた。


「おい、いい加減止まれ!止まれっての!お前さっきから一体どのくらい走り続けてると思ってんだ!取り敢えず止まっとけって話なら聞くからさぁ!!」


「ええい黙れっ!俺様は無くなった頭を探さんといけんのだ!貴様のような鉄の塊に頼る男にとやかく言われたくないわ!」


「お前だって馬に頼ってんじゃねぇかよっ!?なーにを自分1人で走ってるみたいに言いやがって!いいから一般道を馬で走んのは止めろ!……ったく、あと何台の車をおじゃんにする気だ?」


はぁ…と深くため息をつく佐藤。


あの頭なしの鎧が暴走してスクラップ行きにした車の数は今の段階で31台。


これでは捕まえたところで上司にしこたま叱られて始末書類をオールナイト書かされる刑に処されるに決まっている。


だが取り逃がしたとなれば始末書類だけでは済まないので結局のところ待っているのは地獄か大地獄かの違いだけなのであった。


「ふざけんな!昨日やっと徹夜が終わったばかりだってのにこれ以上俺の生活時間を狂わされてたまるかってんだ!」


もうエナジードリンクが恋人な今日この頃に嫌気がさしてきた佐藤は変なスイッチが入ったのか周りを気にすることな全力でアクセルを踏み込んだ。


もう一枚でも始末書類を減らしておきたい佐藤は夢魔むま用に作られたパトカーをフルスロットルで走らせなんとか頭のない鎧が座っている馬車の横につくことに成功した。


「信号無視に衝突事故に速度違反に警告無視!夢魔むま用の法律でもれっきとした交通違反だぞ!さっさと止まっとけ!な!?な!?」


「ふんっ!なにを言おうと俺様は誰かに指図されるような覚えはない!いい加減消え失せろ警察の犬め!」


「最近の不良でもそんなくっさい台詞吐かねぇよ……ったく、どうしたもんかねぇ…」


『なんかすっごいバカみたいな速さでバカみたいな格好をしたバカが一般道でバカやってる!』との通報を受けてから佐藤刑事がこの夢魔むまを追跡している時間は実に1時間半。


そこらの飲み放題のプランだとラストオーダーがとられそうな時間まで悲しいランデブーを繰り返していた。


さすがの夢魔むま課の刑事さんも三十路ということもあってか、そろそろ体力やら精神力やらが限界に近づいていた。


もう強引にでもこのバカを止めるしか方法はない。


そう考えた佐藤は鎧の夢魔むまの乗っている馬車に車体を近づけたと思ったらそのまま迷うことなくパトカーをガンガンと馬車に向かってぶつけ始めた。


「おらおらおら!!さっさと止まらねぇと馬車が壊れて地面に落ちてジャパニーズもみじおろしの一丁あがりになんぞこらぁっ!」


「えっ、ちょっ、それはズルいんじゃない!?大質量の鉄の塊を木製の馬車にぶつけてくるってそれは流石にないんじゃない!?さっきまでの謙虚な態度はどこにいった!?」


「うるっせぇんだよ、こん畜生が!こちとらお前のせいで今日から願ってもねぇ残業やらされるんだ!これくらい許容範囲内だろうが!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁすっ!?わ、分かったから!もう止まるから!!これ以上やられたら頭どころか全身もれなくバラバラになっちゃいそうだから頼むから止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!???」


そう言うと頭のない鎧は徐々に減速し、律儀に一通りの少ない場所に馬を止めてから静かにボロボロになった馬車から降りてきた。


以下、歩道にて。


「……で、お前はどうしてあんなに爆走してたわけ?」


パトカーから降りた佐藤は若干へこんだ車体に寄りかかりながらそう尋ねた。


頭のない鎧はなにか怖いことでもあったのかその場に正座してガクガクと全身を震わせている。


「え、ええっとですね……実は頭をどこかに置き忘れてきたらしくそれで自分が走ってきたところを見て回れば見つかるのではと思った次第でして……」


「頭と胴体が離れてるってことはやっぱりお前はデュラハン型の夢魔って事で良いんだな?」


「はい……そうでございます」


そうかそうか、と言いながら佐藤は車内に一度引っ込み、そこから書類とペンを持って再び外に出てきた。


「それで一体いつからこっちの世界に?」


「つい2日前です。こっちに来たその日に日本一周をしていたので、間違いないですはい」


その身なりで日本一周とは一体何人のドライバーが犠牲になったのだろうか。


そう考えただけで思わず合掌したくなる気持ちを抑え書類に記録しようとしたその瞬間。


「(……待てよ)」


佐藤 剛の脳が待ったをかけた。


間抜けな顔とは正反対に彼の脳内では今国際会議さながらの白熱した会議が行われていた。


2日前から騒いでいたというこのデュラハン型の夢魔むま


となると2日前からこの事件を起こしていたということになる。


それはつまり自分が始末書類を書く必要はないということではないだろうか?


逆にいえば多くの被害を出した夢魔むまを確保したということで賞状なんかもらえちゃったりするかもしれない。


思わずニヤリと笑みがこぼれるが、すぐにそれを内面に押し殺す佐藤。


仮にも刑事が犯人の前で手柄がどうとかいうわけにも顔にだすわけにもいかない。


軽く咳払いをしておかしな空気を切り替える。


「じゃあお前はその無くなった頭とやらが見つかったら良いんだな?」


「それはもう!頭さえ見つかればもうこんなことはいたしません!」


どうやら悪意があってのことではないらしい。


人間の佐藤には分かるはずもないが自分の体の一部をどこかに落としてしまったということは気が動転して違反爆走するほどのものなのだろう。


事情をキチンと話せば被害にあったドライバーの方々も納得してくれるとは思うが、しかし肝心なのはその無くした頭をどうやって見つけるかだ。


「お前自分がどこらへんから頭がなくなったとか覚えてないわけ?」


「さぁ……自分別に頭がなくても前とか見れるんで。ぶっちゃけ頭は飾りみたいなものなんで」


「飾りって…ならお前が探してる頭の意味って一体……」


「いえいえちゃんと利点もありますよ?頭から見た視点と胴体から見た視点は違うので実質視覚が2つあるようなものですから」


「っていうとなんだ?お前はなくなった頭が見てる景色が今見えてるってことか?」


佐藤の問いかけにデュラハン型の夢魔むまは、えぇまぁ…と答える。


「なら話は簡単だ。お前の頭が今見ている景色から場所を特定するんだよ。それならむやみやたらに走り回る必要はなくなるだろ?」


「おお!確かにその通りですね!……ですが私もこの世界にきてまだ間もない為、一体ここがどこなのかさっぱりなんですが…」


「なんかないか?目印っぽいものとか店の名前とか。とりあえず場所が特定できそうなものがあったらなんでも言ってくれ」


そうですねぇ……とやや前かがみになるデュラハン型の夢魔むま


どうやら目を凝らして景色を見ているらしいのだが頭のない胴体だけの状態でそんなことをされてもなんともシュールな絵面になってしまう。


こいつに任せて大丈夫かな?と不安になり始めた佐藤刑事が別の方法を考えようとするとデュラハン型の夢魔むまがそれに待ったをかけてきた。


「刑事さん!魚がいます!それもたくさん!」


「魚……?となると漁港…海に面してる県とかになるのか?他はなんかないか?」


「あとはそうですねぇ……あ、カニがいます!サメもエイもマグロもイワシも。色んな生き物がいてなんだか水族館みたいです」


「……エイやサメならなんとなく分かるがマグロやイワシなんか展示してる水族館なんてあったっけ…?」


「あとは沈没船があります」


「沈没船!?」


「ええ、近くに宝箱的なものもあります。あ、あと骸骨も何体か沈んでますね」


「お前それ海の中じゃねぇか!!」


「たしかに周りは水で囲まれてますね」


「そりゃそうだよ!?だって水中なんだもん!もれなく深い深い海中なんだもん!!」


まさかの落し物は海の中。


これではいくらなんでも発見は不可能に近い。


そもそもそれが日本の海域内にあるのかどうかさえ怪しい。


海流に乗って外国まで行ってしまったという可能性もなきにしもあらずなのだ。


これはどうしたものかと頭を悩ませてるがこれといった名案は閃かない。


しかし探してやるといった以上、途中でハイ無理でしたはさすがに気がひけた。


だが答えは出てこない。


いくら経験豊富といっても世の中にはできることとできないことがあるのだ。


「あのぅ……」


「あぁ、待ってくれ。必ずなにか良い案出してみせるからさ」


「とはいってもさすがにこの広い海のどこかにあるものを探すとなると刑事さんでも無理なんじゃ…?」


「うーん……方法がないわけでもないんだけど…でもそれはあんまりオススメしたくないしなぁ…」


「え!?あ、あるんですか!?一体どうやって!?」


あまり気のりしていない佐藤刑事とは真逆に頭が見つかる可能性があるというその方法にデュラハン型の夢魔むまは期待いっぱいに詳細を求めてくる。


佐藤刑事はそんなデュラハン型の夢魔むまの熱のこもった視線(顔はない)にやられたのか、渋々その方法を教える。


「まぁ……その…お前が夢意識むいしきに帰ればそれで解決するんじゃないか?」


佐藤の言葉にデュラハン型の夢魔むまは、へっ?と気の抜けた声を出す。


「いやだからお前が本体なんだとしたら本体が夢意識むいしきに帰れば頭がどこにあろうが自動的に一緒に元の世界に飛ばされるって話なわけで」


「それでいきましょう!!よかった!これで安心できます。……でも私、自分の力で戻れないんですけど……?」


「あー……それなら大丈夫だ」


佐藤はいたって簡単にデュラハン型の夢魔むまの悩みを解決した。


別次元の世界に戻すことをまるでカップラーメンを作る程度の気軽さで応じた佐藤は腰の辺りに手を伸ばしそこから一丁の拳銃を取り出した。


海賊あたりが持っていそうな黒塗りのフリントロック式の拳銃。


佐藤はそこにポケットから取り出した青色が特徴的な弾丸を1つ装填した。


「こいつは覚醒弾っていってな。お前ら夢の存在を夢意識むいしきに飛ばす代物だ。お前らにとっちゃここが夢みたいなもんだろ?だからそれをこいつで目覚めさせてやるってんで覚醒弾って言うんだ」


「そ、それを撃ち込むんですか?い、痛くありません?」


デュラハン型の夢魔むまの先ほどまでの騎士道たっぷりの強気な性格はどこへやら。


鎧をガチャガチャと鳴らしながら恐怖をもって尋ねてきた。


「注射と一緒だと思え。そんなことよりお前、目はどこにあるんだ?」


「…目でしたら消えた顔についてますけど……」


「バカ野郎。そっちの目じゃなくって心の目のことを言ってんだよ」


そういって書類の裏側に小さく絵を描いてみせる。


「お前ら夢魔むまを眠らせてるやつだ……っと、そうそうこんな感じのやつ。体のどっかにないか?多分こっちの世界に来た時にどこかしらに出来ると思うんだが……」


佐藤が書いたのは1つ目の周りに複雑な模様が描かれたロックバンド辺りがトレードマークとして使っていそうな心の目と呼ばれるものだ。


心の目とは夢魔むまが現実世界に出現した時に刻まれる刻印で、それがある限り永遠に夢魔むまは眠りから覚めず現実世界に彷徨うことになると言われている。


覚醒弾とはつまるところこの心の目に目薬をさして目覚めさせてやろうという代物なのだ。


「あ、ありましたありました!ここです背中のここに!」


デュラハン型の夢魔むまが指で示した所に顔を近づけてみる佐藤。


そこにはたしかに黒い線で描かれたような心の目が刻まれていた。


「じゃああとは覚醒弾を撃ち込むだけなんだが…お前本当にいいのか?」


「いいって、なにがですか?」


ごほん、と軽く咳払いした佐藤刑事は拳銃を手にしたまま語りかけるように問いを発する。


「夢から覚める準備はもう出来たのかって意味だ」


「……覚めるもなにもわたし頭ありませんしそもそも寝てないですし。え、一体何言ってんですか?」


「よしお前をこのまま製鉄所にでも連れてって新品のフライパンに加工してもらうとしよう」


「嘘です嘘です嘘ですってば!!夢意識むいしきに帰る準備は出来たかってことですよね!?わかりましたから製鉄所に連絡するのはやめてください!?」


このままいけば主婦達ご愛用の調理器具の1つになりかねなかったデュラハン型の夢魔むまは慌てて佐藤の問いかけの概要的な事を口にする。


それからようやくデュラハン型の夢魔むまは無い首をひねるような仕草をしながら佐藤の問いかけに対する返答内容を考える。


それからデュラハン型の夢魔むまは、やがてゆっくりと自分の背中を佐藤の方へとむけた。


「考えましたけどもう日本一周もできたし思い残すことはないです。それに夢はそう長くみるものではないので」


「だが一度夢意識むいしきに帰ったらまたこっちに来るのは不可能かもしれない。もしかしたらもう2度とこっちにこれないかもしれないんだぞ?……それでもいいのか?」


「ええ、構いません。どうぞお願いします」


その言葉を聞いて一瞬。


思い悩むような表情を浮かべた佐藤刑事は静かに拳銃を背中に刻まれた心の目に向けた。


夢から覚めてもらう為に拳銃を抜く。


たとえそれが殺人などではないにしても同じ生きているものに対して問答無用で命を奪うものを向けるのには抵抗があった。


本来であれば心の目を撃つのにいちいち夢魔むまに許しをもらう必要はない。


しかしながら佐藤 剛は普通の人間だ。


平凡が故にその思考回路も普通の人間と大差ないのだ。


だからこそ相手がたとえ夢魔むまであろうと命を奪うものを向けるのにはかなりの抵抗があった。


夢意識むいしきに帰して、もしかしたら後で救いようのない絶望を味あわせてしまうかもしれない。


自分の浅はかな行動のせいで一生ものの後悔をさせてしまうかもしれない。


だからこそ引き金をひくことは最低限拒んできた。


なぜなら自分の行っている行為は夢の中にいる存在を、殺しているようなものなのだから。


こんな思いをするくらいならいっそのこと自分が化け物にでも生まれてくれば良かったと思う。


辛い思いも苦しい思いもすることなく、ただ欲望のままに命を奪えるそんな存在に。


だからこそ佐藤 剛の欲望はたった1つだけ。


自身の胸に残るモヤモヤも勝手にこの世界に飛ばされたせいで犯罪行為をおこなう夢魔むまが感じている憤りや悲しみもそれら全てをまとめて一気に。




















食べてやりたいのだ。

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